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第二十六話 デート&呼び方

 

「ねぇベアトリーチェ嬢。デートしない?」

「……は?」


 執務室で書類を片付けていたわたしは唐突な言葉に反応が遅れた。

 書類から顔を上げると、頬杖を突く公爵様がわたしを見ていた。


「そう、デート」

「デート」


 デート、デート、デート……。

 その言葉が意味するものに理解が及び、わたしは弾かれるように立ち上がった。


「ででででで、デート!?」

「そんなに慌てることないんじゃないかな」

「だって、デートって、あれじゃないですか。男女が、その、仲を深めるために行う儀式のような……!」

「そんなにおかしなことかな?」


 アルフォンス様は笑う。


「僕たちって婚約者同士なんだし、お互いの人となりも分かって来たでしょ? だから、そろそろそういうのもいいかなって」

「う、ううん、そうかもしれませんが」


 ドラン男爵領との取引から既に三か月が経っている。

 慌ただしい日々はあっという間に過ぎて、確かにそろそろ落ち着いて来た。


(でも……)


 わたしの頭は高速で回転している。


 ──アルフォンス様にとってのわたしって領地運営コンサルタントじゃないの?


 ──今まで手を出してこなかったし。まだ寝室も別だし。


 ──デートに誘うってことはそういうこと?


 ──わたしに気があるってこと? そういう目で見てるの?


 かぁぁああ、と身体が熱くなって、わたしは慌てて顔を背けた。

 手鏡で髪型を確認。爪は切ってる。目元にクマは……ない。

 お化粧こそしていないけれど、まぁそこはご愛敬。


「そんなに気にしなくても、ベアトリーチェ嬢はいつも綺麗だよ」

「ぴっ!?」


 この人は! この人という男は!

 なんで! 軽率に! わたしを褒めるかなぁ! もう!


「で、どこか行きたいところある?」

「そ、そうですね……」


 わたしは咳払いして、


「それなら……行きたいところがあります」



 ◆◇◆◇



 ドラン男爵領からお金を毟り取……

 もとい、貿易(・・)で収入を得ているおかげで公爵領は安定の兆しを見せていた。

 公爵城から城下町に行くと、活気のある賑わいがわたしたちを迎える。


「おーい、ソレこっちに運んでくれ!」

「ねぇ! お肉が足りないんだけど! ちょっと買って来てくれない!?」

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!  アルカ芋のスイート焼きだよー! お一ついかが!?」


 人が集まれば経済は出来る。腹が膨れれば働きもする。

 領民に十分な食料が行き渡るようになったおかげで街は活性化していた。

 石造りの街並みにはいつの間にか市場(バザール)が出来て客引きの声が響いている。


「ずいぶん賑やかになりましたね」

「うん。いいことだ」


 もちろんまだまだ改善すべき点はたくさんある。

 医療水準の向上、水道の整備、識字率の向上、などなど……。

 とにかくわたしたちは未来に向けてどんどん稼いでいかなきゃいけない。


 今のところは傭兵業で上手く回っているけれど……。

 他領の騎士団が育ってきて需要が減ればそれも危うくなるし。

 そこでわたしが建設を要求したのが、


「着いたよ。君のご要望に沿ってるかな?」

「わぁ……」


 図書館である。

 亜人たちに教育を施すにあたり、学校と同時に設立したものだ。

 円形の建物には壁に沿うようにして棚が設置され、本が差し込まれている。


 文字を覚えたばかりの亜人たちが興味深そうに図書館内を回っていた。


「本の数はまだ少ないですけど、これから増やしていきたいですね」

「そうだね」


 図書館は子供が文字を学ぶのに最適な場だ。

 おとぎ話、騎士譚、英雄の冒険譚、魔獣と魔王の話、などなど。

 わたしが幼い頃に心を躍らせた物語が収蔵されている。


「出来れば町民たちが自主的にイベントを開催するような場を作りたいですね。わたしたちがいくら文字を覚えろといっても、彼らがやる気にならないことにはどうにもなりませんし」

「それから本の盗難にも注意しないとね。イヴァール騎士団長から報告があったと思うけど、やっぱり心無い人はいるものだし」

「ですね……」


 なんてことを話していて、わたしは気付いた。


「あ、あの……すみません。デートなのに、こんなところに」

「ん?」


 図書館が完成したと聞いてからずっと行きたかったのだけど、普通の男女はデートに図書館なんて選ばない。もっとこう、王都でオペラを見たり、美術館に行ったり、舞踏会で一緒に踊ったり……そんなことをするのが一般的な男女の在り方なんじゃなかろうか。


(休みの時も仕事の話ばかり。こんなんだから、成金令嬢って言われるのよね)


 しゅん、とわたしが落ち込んでいると、


「いや、僕は楽しいからいいけど?」

「え?」


 顔を上げると、アルフォンス様が甘い笑みを浮かべていた。


「君と一緒なら、どこでも楽しめるし。君らしくていいんじゃない?」

「わたし、らしい……」


 心臓が、跳ねる。

 身体中から熱が顔に集まって火を噴いてしまいそう。

 ドキドキしすぎて、頭がくらりとした。


「……わたしは、これでいいんでしょうか」

「君が自然体で居られるのが一番なんじゃないかな」


 アルフォンス様はわたしの肩に手を回した。


「僕はどんな君でも受け止めるよ」

「……っ」


 あぁ、もう。

 こんなわたしを褒めても一銭の得にもならないのに。

 所詮は人間関係なんてお金とお金の繋がりでしかないってのに。


 ──どうしようもなく、嬉しい。


「ありがとうございます、アルフォンス様……」

「アルって呼んでほしいな」

「え」


 アルフォンス様は微笑んだ。


「そろそろあだ名で呼び合おうよ。いいでしょ?」

「………………はい」


 顔を直視できずにわたしが俯くと、アルは言った。


「照れてる君も可愛いね、ベティ」

「~~~~~~~っ」


 公衆の面前でわたしを褒めるアルに、なんだか周囲の目が集まっている気がする。温かいものを見るような視線に耐えきれず、わたしは消え入りそうな声で頷いた。


「アルは……褒めすぎです」

「事実を言ってるだけだよ。さ、今日はそろそろ帰ろうか?」

「……はい」


 その後、ちょっとした買い物なども済ませてから公爵城に帰還した。

 私室に帰ると、わたしに気付いたシェンが眉を吊り上げて、


「お嬢様! デートに行かれるなら一言おっしゃってくださればお化粧とドレスを……あら?」


 シェンはわたしの前で立ち止まって、


「お嬢様、いいことありました?」

「……………………まぁ」


 次第にニヤニヤし出したシェンは柔らかく微笑んだ。


「そうですか。それはよかったですね?」

「……ん。シェン、来て」


 ベッドに座ったわたしがもふもふを要求。

 いつものようにシェンの尻尾を堪能していると、彼女は寂し気に言った。


「…………もう私の尻尾は要らなくなるかもしれませんね」

「それとこれとは話が別」


 もふもふはもふもふでしか摂取出来ない栄養があるのよ。


「……そうですか。ふふっ。お嬢様は甘えん坊ですねぇ」


 シェンは嬉しそうに笑った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 幸せの一歩。 [一言] もしあるなら、そろばん持たしたらにあいそう(笑) 彼女なら頭の中で計算できるけど。
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