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第二十三話 成金令嬢の本領

 

 わたしたちは手紙で知らせた通り、三日空けて男爵領へ赴いた。

 男爵邸から出てきたちょび髭男には白髪が生えている。

 心なしか体つきも痩せて、ちょび髭も元気がないように見えた。


「ようこそおいでくださいました、公爵様方。ささ、中へどうぞ」

(ふふ。胸がすく思いだわ)


 この前は明らかにこちらを見下した感じだったしね。

 ただ、こんなもので済ませるわたしじゃないけど。

 急いだように歩く男爵の背中を横目に収めながらわたしは言った。


「アルフォンス様。あちらの調度品をご覧になって? ずいぶんと綺麗な女神像だこと。あれは地母神アウラかしら?」

「あぁ、綺麗だね」

「男爵様は本当にさまざまな調度品をお持ちだわ。あれなんて……」


 ゆっくりと、廊下を歩きながら調度品を眺めるわたしたち。

 そこへ、苛立ったように男爵が言った。


「御二方、出来れば早めにお願いしたいのですがね。そちらと違ってこちらも忙しい身なので」

「まぁ!」


 わざとらしく口元に手を当てる。


「アルフォンス様、男爵様はお忙しいそうよ。せっかく呼んでくれたけど、やっぱり日を改めては?」

「え」

「そうだね。前はゆっくり見て欲しいって言ってたし。そうしようか」


 急いで用を済ませたい男爵と、余裕のあるわたしたち。

 その構図は、先日訪問した時とはまるっきり逆になっていた。


「では男爵、せっかくだがまた後日──」

「いや待て──待ってください! 話はまだ終わっておりません!」

「あらそう? でもお忙しいのでしょう?」

「お二方のために取る時間はあります。ですからどうか……!」


 わたしはにやりと笑った。


「そうね、そしたらお邪魔しようかしら」

「取引の話もしたいしね。前向きに考えてくれるんだろう?」

「も、もちろんです……」


(ふふ。あー、スッキリした。牽制はこれくらいでいいかしら)


 これでどちらが主導権(イニシアチブ)を取っているか分かっただろう。

 そう、わたしたちはあくまで狩人。

 今からお金を毟り取られる男爵は哀れな獲物なのだ。


「じゃあ早速、本題に入ろうか」


 わたしたちは応接室のソファで向かい合う。


「今日の交渉はわたしが務めさせて頂きます。よろしくお願いしますわ」

「はぁ……ラプラス令嬢が、まぁこちらは構いませんが」


 ドラン男爵の目がにわかに輝いた。

 わたしを女だからと侮っているに違いない。

 その証拠に、彼は横柄に背もたれに身体を預け、葉巻に火をつけた。


「ふぅ……では、取引を。まず我輩からの条件ですが──」

「わたしたちからの条件は以前と同じですわ」


 侮るなら好都合。わたしは先制攻撃を仕掛ける。


「まずは先日出した条件の確認ですが……」


 ・傭兵の派兵は月に100万ゼリルとし、一年単位での更新制とする。

 ・魔獣素材はすべてドラン男爵側が買い取る。

 ・迫害を受けている亜人たちの生活保障・および移住許可。

 ※なお、移住する場合はすべて男爵が費用を持つこととする。


 わたしが書き連ねた文言に男爵は渋々と言った様子でため息を吐いた。


「……仕方ない。獣臭いのは我慢してや──」

これに加えて(・・・・・・・)


 わたしはにやりと笑った。


「双方間での貿易における関税の撤廃、および男爵領に魔獣税を設け、魔獣素材の売り上げから月に20パーセントを公爵領へ納めるものとする」

「はぁ!?」


 要するに男爵領側の儲けは殆どゼロ。

 わたしたちの側が一方的に得をするという提案に男爵は怒り心頭だ。


「ふざけるな! そんな提案呑めるわけがないだろう!」

「別に構いませんよ? うちは別に困っていないですからね」

「ぐ……足元を見やがって……」


 確かにオルロー公爵領の小麦はドラン男爵領からの輸入に頼っている。

 今まで公爵は自領で小麦を栽培し、どうにか輸入費用を安く抑えられないかと苦心してきたけれど、わたしたちが今育てているアルカ芋なら、十分公爵領に行き渡ることが可能だ。


 現状維持をするだけなら、ドラン男爵に取引を持ち掛ける余裕はない。

 まぁそんなつもりは毛頭ないからこうしてここにいるわけだけど。


「そもそも公爵の名代を任されているわたしにその態度、いかがなものかしら」


 身分を弁えろとわたしは忠告する。

 初対面の時の横柄な態度がずっと気にくわなかったのだ。


「……申し訳ありません」


 まずは立場を分からせないとね。


(ふふ。あなたの財産を毟り取るのはこれからよ?)


「それで、どう? 条件を呑む?」

「……無理です。関税の撤廃ならまだしも……魔獣税が20パーセントなど。せめて5パーセントで」


 わたしは立ち上がった。


「どうやらお話は終わりのようですね。帰りましょう、アルフォンス様」

「うん、分かった」

「ま、待て! いや待ってください! 7だ! 7でどうだ!?」

「アルフォンス様、何か聞こえます?」

「あいにくと、君の可愛らしい声しか聞こえないな」

「まぁ。お口がお上手ですこと」

「……っ、分かった、10だ。これ以上は出せん!」


 わたしは振り向き、ドラン男爵を見つめた。


「……エンゲージ草」

「!?」


 ドラン男爵の肩が跳ねあがった。


「な、なにを」

「魔獣除けの香草として知られるエンゲージ草ですが、ご存知ですよね?」

「そ、それはもちろん、知っているが」

「ならばエンゲージ草の栽培が法律で規制されており、王国が許可した地域でしか植えることを許されていないのは?」


 ドラン男爵は滝のような汗を流し始めた。


 ──そう、これこそナナンがもたらしたドラン男爵の弱みだ。


 ドラン男爵は自分の私有地に不正にエンゲージ草を植えて魔獣が近づかないようにした。けれど、エンゲージ草はあくまで魔獣を遠ざける役割を持つだけで、魔獣を殺すような香草ではない。むしろよその土地に魔獣を押し付ける結果となり、歴史的にはこの草が原因で戦争になったこともある。だが、彼は悪代官。彼が避けた魔獣が平民の農地に行っても、彼は知らぬ存ぜぬを通していた。尤も、そのせいで平民への被害が激増し、暴動まで起きたらしいが。


「男爵様はとても貴族らしいお方で在りますが……どんなに晴れている空でも自然は移ろうもの。雨だって降りましょう」


 秘密がバレたらどうなるか想像しなさい、とわたしは仄めかす。


(ま、彼の畑を焼いたのはわたしたちだけどね。立派に犯罪行為だけどあっちが先に犯罪を犯してるんだから遠慮なんてしてやらない)


 他にもドラン男爵は色々とやらかしているのも調べがついてる。

 だけど、あくまでもわたしたちがどこまで知っているのかは言わない。


 ()()()()()()()()()()()()()()


「そ、それは」


 ドラン男爵は弱々しく呟いた。


「取引の条件に……含まれるのですかな?」

「そうね。お互いの事業(・・)には口出ししないと明記しましょう」

(もちろん、よそに情報を流すことは制限させないけどね?)

「ならば」


 男爵はぐっと奥歯を噛み締め、絞りだすように言った。


「11……」

「はい? よく聞こえませんねぇ」

「12だ。12パーセントもあれば十分だろう!」


 ニィ、とわたしは口の端を吊り上げた。


「15パーセント。これ以上は引きませんわ」

「なっ」

「嫌なら結構ですわよ? 公爵位であらせられるアルフォンス様を呼びつけ、贅沢を振りかざした挙句、おのれのせいで被害を被った領民を見捨て、しかも窮地を脱するチャンスを自ら捨てる領主……果たして領民がいつまで耐えられるか見ものですね。あー、そろそろ時間が……アルフォンス様?」

「そうだね、ディナーの予約に遅れてしまう。帰ろうか」


 ドラン男爵が勢いよく立ち上がり、わたしに指を差した。


「分かった、分かった! 15パーセントだ! それで契約成立と行こうではないか畜生め!」

「……はぁ。言葉遣いがなっていないようですが?」


 わたしは顎を反らし、虫を見るような目でドラン男爵を見る。

 怯んだ男爵に向けて居丈高に言い放った。


「契約させてください、の間違いでしょう?」

「……ぐ……ぅうう……」


 ドラン男爵は膝を突き、頭を垂れた。


「契約、させてください……お願いします……オルロー公爵様、ラプラス嬢……」

「男爵はこう仰っていますが、いかがされますか、アルフォンス様?」

「許そう」


 アルフォンス様は冷たい眼差しで言った。


「だが……もし次に私の婚約者を愚弄すれば、私も公爵として動かざるを得ない。心に留めておくように」

「はは──っ!!」


 こうして、わたしたちはドラン男爵と傭兵契約を結んだ。

 毎月100万ゼリルに加えて魔獣税として振り込まれる金額も馬鹿にならない。

 公爵領の経営はまたたく間に上向き、男爵邸からは調度品が消えていったという。



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