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第二十二話 破滅する悪代官

 

 二週間後。

 ドラン男爵はお気に入りの茶葉を仕入れようと馴染みの商人と会っていた。

 本来なら茶葉を買うだけで男爵が商人と会ったりはしないものだが、さまざまな国の茶葉を仕入れる男の話は良い情報源にもなり、ドラン男爵は商人を重用し、こうして定期的に面談の機会を設けていた。


 ただ、今回の面談は様子が違った。

 いつも自信ありげに入室してくる商人がどこかおどおどしたような顔をしていたのだ。


「どうした、今日は顔色が悪そうだが?」

「あぁいえ、その……はい」


 席に着くように促すも、商人はなかなか席に着こうとしない。

 痺れを切らした男爵が口を開こうとした瞬間、彼はその場で頭を下げた。


「申し訳ありません! 実はご注文の品を用意出来ず……」

「なに?」


 ドラン男爵は眉根を上げた。


「どういうことだ。あれは我が領地で栽培している茶葉だろう?」

「はい。そのぉ、実は茶畑が魔獣にやられたようでして……」

「なんだと?」

(おかしいな。あそこは魔獣に襲われるはずがない場所だが)


 ドラン男爵は顎に手を当てながら考える。

 魔獣が人間の畑を荒らすという事例はもちろん知っているが、男爵はしっかりと対策をしているはずだった。平民の家々ならいざ知らず、自分のお気に入りが被害を受けるようなヘマはしない。考えられるとすれば人間が魔獣を誘導したという可能性だが……


(まぁいい。念のために警備を増やしておくか)

「分かった。魔獣は天災のようなものだ。そなたが気に病む必要はない」

「そ、そうですか?」

「あぁ。その代わり、次の注文の時は……分かるな?」

「はっ! それはもちろん、融通させていただきますとも……!」


 いつもの半額で取引をするように約束をした男爵。

 お気に入りのお茶が飲めなかったのは残念だが、一度の失敗で情報源を切り捨てるような男爵ではない。むしろ、次からの注文は半額で三倍の量を頼めばかなりお得にもなる。


(ふははは! 金が貯まる貯まる! 次はどんな彫刻を買おうか……!)


 久しぶりに妻にドレスを贈ってもいいかもしれない。やれ流行だのとうるさい妻はドレスが大好きなのだ。あるいは貴族院に通う娘が喜ぶようなものでもいいだろう。


(やはり金! 金はこの世を支配する!)


 ひとしきり愉悦を感じたところで、ドラン男爵は身を乗り出した。


「それで、最近はどうだ。周辺諸国や、他領の様子は?」

「そうですね……どこも落ち着いてますね。男爵様の隣のリーベル子爵領では武具の仕入れをしていたようです。また、フリューベルク準男爵領では小麦の値段が上がっていましたね。もし男爵様がお許しくださるなら、男爵領の小麦を売りに行くのもアリだと思っているのですが」

「ふむ。小麦か……まぁ、いいだろう。うちは小麦など有り余ってるからな」


 あくまで男爵の屋敷に溜め込んでいるだけで平民に十分行き渡っているかと言えばそうではないのだが──男爵は素知らぬ顔で続ける。


「それで、オルロー公爵領のほうは?」

「あぁ。あそこはダメですね。もうほんとダメです。仕入れられるものもないし、売るようなものもない。獣臭くてあそこの領から持ってきただけで門前払いを受けるらしいですし。うちじゃあそこの商品は扱いませんねー……魔石なら話は別ですけど」

「ふっふ! 魔石は枯らしているからなァ。売るものもないだろう」


 やはり自分に泣きついてくるのも遠い日ではない。

 周辺の領地で小麦の値段が上がっているなら尚の事だ。


(食糧を自給できない奴らは我輩に頼るしかないのだ……!)


 ドラン男爵はそう信じていた。


 それが、愚かな幻想であることにも気付かずに──





 ◆◇◆◇




 ドラン男爵が決定的な違和感に気付いたのはさらに一週間後のこと。

 いつものように森で狩りを楽しもうとしたら、魔獣に襲われたことがきっかけだ。幸いにも怪我はなかったが、絶対に安全だと思っていた場所に魔獣が現れた衝撃は大きかった。


 森から出た草原で男爵は荒く息をついている。


「どういうことだ。ここにはエンゲージ草を植えておいたはずだろう!」

「か、確認してきましたところ、実はエンゲージ草が全部枯れているようでして」

「なにぃ!?」


 執事の言葉に、ドラン男爵は飛び上がった。


「なぜだ! 魔獣はアレの匂いに敏感で近づけないはず……人為的なもの(・・・・・・)か!?」

「目下調査中です……」

「えぇい、調査など遅すぎる! 今すぐ新しいのを持って植えてこい!」

「それが、既に在庫は空になってます。そもそも男爵閣下が平民の農地を守る分をここに植えていたわけで……」

「……っ」


 何かがおかしい、あまりにも出来すぎている。

 ドラン男爵がその違和感に気付いた時、既に手遅れの状態だった。


「閣下! ご報告申し上げます! 男爵邸に群衆が押し寄せており……!」

「は?」

「食糧の供給と魔獣退治を求めています。至急対応されませんと……」


 ドラン男爵は自身の敷地に優先的に魔獣除けの香草──エンゲージ草を植えることで財産を守っていた。しかし、魔獣除けは殺虫剤のように魔獣を殺すわけではなく、別の場所に魔獣を誘導する諸刃の剣だ。自分のことしか考えない男爵は平民の土地がどうなろうと知ったことではなかったが、そのツケがここに爆発していた。


「き、騎士団は何をしている!」

「平民の鎮圧に乗り出していますが、いかんせん魔獣の数が多く……このままでは」

「……今すぐ屋敷へ戻る。我輩の財産には絶対に手を出させるな!」


 幸いにも騎士団のおかげで平民たちの暴動はおさまった。

 結局のところ、武器を持つ騎士団に平民たちが敵う道理はない。

 ただ、騎士団には平民出身の者達も多く、その不満が男爵に向けられていることは言うまでもないだろう。


 豪華な執務椅子に座りながら、ドラン男爵は頭を抱えた。


(ついこの間、小麦を輸出したばかりで在庫が少ない……加えて魔獣被害で収穫高が激減。領内で飢餓が広がってる……このままでは本格的な暴動が起きて、我輩は没落……!)


 自領の騎士団を魔獣退治に向かわせているが、追いついていない。

 王国騎士団に要請をしてみたが、『魔獣の増加だけでは対応出来ない』とのことだった。


 どこの領地も魔獣被害には悩まされている。

 大災厄──魔獣の大発生でも起きない限り王国が動くことはない。


 ドラン男爵の打てる手は一つだった。


「至急公爵家に早馬を向かわせろ。先日の取引を再考したいとな!」

「仰せのままに」


 執事に公爵へ手紙を出させるが、しかし。


『準備を整えて出立する。三日ほど待たれたし』


 ドラン男爵は返事の手紙を握りつぶす。

 普通なら公爵にアポを取って三日待つのは当たり前──というより、むしろ早いほうだが、今の男爵には長すぎる。


(見透かされている)


 三日。

 平民たちが再び暴動を起こさず、なおかつ男爵領の食糧が尽きない期間。

 奴らはこちらの状態を把握して自分たちを高く売りつけようとしているに違いない。


「くそ……」


 がっしゃーん! ドラン男爵は机の上の物を腕で払いのけた。


「くそ、くそ、くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 それでもドラン男爵には、待つしか道はない。



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