第二十話 傭兵派兵、公爵領の外へ
傭兵事業の計画も整い、お金もたんまりと手に入った。
このお金で必要な武具を買い揃え、開業届けも提出した。
あと残っているのは領地同士の折衝くらいなものだ。
とはいえ、これが一番難関なんだけど……。
まず、オルロー公爵領の隣はドラン男爵家が治めている領地だ。
山脈から流れてくる川の水のおかげで土地が潤い、豊かな大地である。
だけどその分、かなりの魔獣被害に苦しんでいると聞いたことがあった。
……まぁ、実際に調査して見ないと何とも言えないわね。
「どうかしら。あなたの見解を聞きたいんだけど」
「それでわざわざ公爵領くんだりまで呼び出したんですかい。あちきも暇じゃないんですがねぇ」
公爵の婚約者を相手に足を組んでいるのは鼠の亜人だった。
ききッ、と八重歯を見せた気のいい女の子はわたしの懐刀である。
「あちきなんかを頼りにするなんて、公爵夫人はよっぽど人手不足とみえやす」
「まだ夫人じゃないし──あなたの情報は信用しているわ、ナナン」
「ききッ、あちきみたいな鼠を信用するなんて、やっぱりあなたは変わり者だ」
ナナンはわたしが侯爵領に居た時に頼りにしていた情報屋だ。
お父様は使い物にならないし、社交界で舐められていたわたしは情報を仕入れるために外部を頼るしかなかった。ナナンは厄介な商売相手の弱みや土地の情報、収穫高、果ては不倫や浮気の話まで、どんな情報でも仕入れてくれる。
「ねぇナナン。やっぱりあなたわたしに雇われない?」
「ありがてぇ話ですが、あちきみたいなのが近くに居るとお嬢の品格が疑われやす──遠慮しますわ」
「それは構わないと何度も言っているのに」
「ききッ、ま、忠実なワンコが近くにいるんでね。あちきは影ながら応援させてもらいやす」
そう言ってナナンが目を向けたのはわたしの後ろで控えているシェンだ。
「ワンコも元気そうで。相変わらずお嬢に引っ付いてますな」
「その口の利き方。お嬢様が許していなければ叩き斬ってるところです。ネズミ」
「ききッ、あぁ怖い。やっぱりあちきには根無し草がお似合いでさぁ」
わたしはため息をついて言った。
「時は金なりよ、二人とも。無駄な争いでわたしのお金を浪費するのはやめて」
「へぇへぇ。じゃあ、さっさと本題に入りやしょうかね」
ナナンは二ッ、と口の端を吊り上げ、身を乗り出した。
「で、何が聞きたいんですかい?」
◆
「何もドラン男爵領じゃなくてもいいんじゃない?」
揺れる馬車の中で、アルフォンス様は言った。
「あれは典型的な貴族だよ。たぶん、君とは合わないと思うな」
「わたしもそう思います」
「だったらどうして?」
「だからいいんですよ。遠慮なく殺れるでしょう?」
にっこりと笑うと、なぜかアルフォンス様がドン引きしていた。
「時々、君が敵じゃなくてよかったと思うことがあるよ……」
「いやですわ。わたしがアルフォンス様の敵に回るなんてあり得ないのに」
「うん、味方で良かった。というか婚約者で良かった」
アルフォンス様が腰に手を回してきた。
その瞬間、わたしの顔にサッと熱が集まってしまう。
「おかげでこうして君の可愛い所を見られる」
「~~~~~っ、そういうところは嫌いです!」
(ほんとに女たらしなんだから! 他の人にも言ってるんでしょ!?)
しかも、可愛いと言われて喜んでしまう自分が心底憎い。
アルフォンス様だって本気で言っているわけじゃないだろうに。
「──と。どうやら着いたようだね」
馬車が止まり、ドラン男爵邸の前に止まる。
事前に知らせていたためすぐに門扉が開き、家の中から貴族の男が出てきた。
「ようこそいらっしゃいました! オルロー公爵様方!」
背の高いちょび髭の生えた男だ。
気のいいおじさんという印象を周囲に与える彼はアルフォンス様と握手する。
「お招きいただきありがとうございます。ドラン男爵殿」
「いえいえ、こちらも名高きオルロー公爵を迎えられて光栄ですよ。そしてこちらが……」
ドラン男爵から見られた瞬間、全身に怖気が走った。
品定めするような、全身を舐めるような目に気持ち悪さを覚える。
ニコリ、と男爵は笑った。
「ラプラス令嬢ですな! お噂はかねがね。ここまで随分と遠かったでしょう。まぁあなたからすれば、どんな所でも庭同然かもしれませんが」
「……男爵?」
「おっと失礼! さぁどうぞどうぞ、遠慮せずに上がって行ってください!」
尻の軽い女は男がいるならどこでも行くだろう、と暗に言ったドラン男爵。
アルフォンス様の牽制にビクともせず、彼は踵を返した。
「……大丈夫?」
「問題ありません。むしろ調査通りの男で助かっています」
「……君に頼まれていなかったら公爵として正式に抗議しているところだ」
それはやめてほしい。
せっかくの金づるを逃がすのは惜しいもの。
「この機会にゆっくりと、我が家の絵画や陶芸品を見ておくのもいいでしょう。なにせそちらの家では見ることもない品々でしょうからな。はっははは!」
ドラン男爵領は模範的な悪代官だ。
自分よりも弱い貴族を家に招いては贅を見せつけて悦に浸り──
自分の金欲しさに税金を吊り上げ賄賂を受け取り、親族を要職に就かせている。
そして彼はわたしの元婚約者、ジェレミー殿下の派閥に属していた。
つまり、わたしに冤罪を着せた家の筆頭とも言えるわけで。
「お心遣いありがとうございます。遠慮なくお邪魔しますわね」
彼から金をむしり取るのに、些かの躊躇もなかった。