第十七話 新たな事業
わたしは領地の視察で作物について改善を指摘した。
だけど、食糧問題が解決するのは三か月ほど時間がかかる。
それまで何もしないのは給金泥棒になってしまうので、わたしは別の取り組みを始めることにした。
「鉱山の開発をやめましょう」
わたしの言葉に劇的に反応したのは筆頭執事のジキルだった。
「ですが鉱山事業は先代公爵様からの主要産業で……!」
「でも成果が出ていませんよね?」
魔石の鉱脈は既に枯れている、とわたしは見ている。
少なくとも同じように魔石が産出できるのは百年先だろう。
「事業の維持費だって馬鹿になりません。早々にやめるべきです」
「ですが……!」
「分かった。やめよう」
「旦那様!?」
アルフォンス様は肩を竦めた。
「領民が潤わない事業なんて意味ないよ。魔石に執着があるわけでもないし」
「……」
「それとも、何か困ることでもあるの? 執事の目から見て足りないものがあるとか」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
ジキルさんは歯切れが悪く、わたしのほうをちらちらと見ている。
(まぁたぶん、わたしの言いなりになってる現状に思うところがあるんでしょうね)
ジェレミーもよく同じ反応をしたものだ、と懐かしく思う。
ただ、ジキルさんは話せば分かってくれる人だった。
最終的にアルフォンス様の一言で「分かりました」とすぐに仕事へ取り掛かってくれる。
(話せば分かってくれる人って貴重よねぇ……)
世の中にはこっちの意見を聞かずに自分の意見を押し付ける奴もいる。
ジェレミーとかレノアとかお父様だとか。
そんな人に囲まれていた頃に比べて、今のやりやすさと言ったら!
「ありがとうございます。これで収支が上向くでしょう」
「元々力を入れていた事業でもないからね。雀の涙ほどかな」
わたしは頷いた。
「新たな産業が必要です。この国の主要産業となるものが」
「そうだね……それがないから困っていたわけだけど」
「公爵領は本当に荒れ地が多いですからね。魔獣も出ますし」
領地の八割が砂漠と荒れ地という不毛の大地だ。
ゆくゆくは緑地化計画も進めていけたらいいと思っているけれど、今はまだそんな資金も時間もない。
「それが分かっているならどうするつもりです?」
ジキルさんの言葉にわたしは微笑んだ。
「もちろん、今までやってこなかったことをやるんですよ」
「ですが、そんなお金は……」
「お金は多少あればいいのです。現物は既にありますからね」
アルフォンス様とジキルさんはまだ首を傾げてらっしゃる。
無理もない。彼らにとっては当たり前すぎて『それ』を産業にするとは思わないのだろう。
わたしは「分かりませんか?」と問いかけて、
「傭兵事業ですよ。公爵領にいる精強な騎士団を各領へ派遣するんです」
「「!?」」
わたしが嫁いできた時も思ったことだけど、公爵領は治安が驚くほど良い。
それはアルフォンス様が努力をなさって騎士団をまとめ、兵士たちがよく見周りをしているからに他ならない。
なら、それは当たり前のことだろうか?
答えは否だ。
「人族も亜人も魔獣の被害に手を焼いています。王家はよっぽど被害が大きくならない限り不干渉ですから、各領地は自前の騎士団でことに当たらなければならない。ですが、手が足りていないのが現状です。そこで精強な公爵領の騎士団が活きてくるというわけです」
魔獣一匹に対していくら、とか。駐屯するか否かとか。
色々と考えることは多そうだけど、それなりに上手くいくと思ってる。
アルフォンス様がリーダーを務めているのだし、団結力も期待できるだろう。
「傭兵……思いつきもしなかったな」
「えぇ。亜人は嫌われているので、よその領に派遣するなど……」
「亜人差別が強い風潮の場所には行かなければいいのです。みんな、亜人なんて無害なものより魔獣のような害獣が居なくなるのを望んでいますよ」
尤も、とわたしはアルフォンス様の目を見て続けた。
「これはアルフォンス様が今まで治安維持や騎士団の取りまとめに力を入れてくださったから出来たことです。今までやってきた努力が実を結んだ。それだけの話ですよ」
アルフォンス様は愕然と目を見開いた。
わなわなと唇を震わせ、感極まったように目元を抑える。
「そうか……無駄じゃ、なかったんだ」
「はい。アルフォンス様は未来へ投資していたのです」
「投資、か……投資には悪い思い出しかなかったけど」
アルフォンス様は少年のように笑った。
「ありがとう。ベアトリーチェ嬢。君のおかげで救われた気分だよ」
「……っ、い、いえ。別に、わたしは……」
(笑顔が可愛すぎる……! やっぱりこの人は女たらしだわ……!)
こんな無垢な笑顔を向けられたら巷の淑女は秒で陥落するだろう。
確かに見た目はおデブさんだけど、彼の純真と中身は容姿の欠点を補って余りある。
(というかよくよく見ればそんなに太ってないしね。ぽっちゃりはしているけど……)
「どうしたんだい? そんなにじっと見つめられると照れるんだけど」
ハッ、とわたしは我に返った。
「べべべ、別になんでもありません。傭兵事業について試算していただけです!」
「そうかい? 残念、僕に気があるのかと思った」
「気があってもなくてもお嫁に行くのでご心配なく!」
「そうかな」
アルフォンス様は立ち上がり、わたしの顎を掴んだ。
「たとえ政略結婚でも、惚れた女性には好きになってもらいたいものだけど?」
「……っ」
顔から火が出そうなほど熱くなったわたしはアルフォンス様を振り払った。
「わ、わたしを口説いても一銭の得にもならないんですからね! それでは失礼します!」
自室に帰って勢いよく扉を閉め、わたしは背中を預けてずるずると座り込んだ。
静かな部屋にいると、余計に心臓の音がうるさくて落ち着かなかった。
「何なのよ、もう……」




