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第十話 その涙の正体は

 

「……彼女はなぜ泣いていたんだ?」


 ベアトリーチェが居なくなった室内で、アルフォンスは呆然と佇んでいた。

 伸ばした手の先には誰もおらず、気まずい空気が室内を流れている。


「僕がまた何かしてしまっただろうか」

「そういう感じには見えませんでしたけどね」


 筆頭執事であるジキルがフォローするも、アルフォンスは落ち込んでしまう。


「やはりこの見た目が……」

「あ、あの」


 そこで声をかけてきたのは亜人の侍女──シェンだ。

 アルフォンスが顔を上げると、シェンはおずおずと前に進んで、


「発言をお許しいただけますか。旦那様」

「もちろん構わない。そう固くならずに──君は何か知っているのか?」

「はい。あまり他言はしないでいただきたいのですが……」


 ここに居るのはアルフォンスとジキル、そして公爵家の文官が二人だ。

 信用のおける者だと判断してアルフォンスは先を促す。


「実は、お嬢様は……」


 そうしてシェンは語った。

 ベアトリーチェが受けてきた理不尽すぎる仕打ちと、父親の残酷な振る舞いを。領地のためにお金のことを大事にするあまり、成金令嬢と呼ばれるようになった経緯を。話を聞くにつれて、アルフォンスの眉間に皺が深く刻まれていく。


「……そうか」


 きつく目を瞑った彼がソファに背を預け、発したのは一言。


「貴族社会には外道しか居ないのか?」


 性格の不一致で婚約破棄することは珍しいが、ないこともない。

 だが、舞踏会のように公の場でつるし上げるように婚約破棄を言い渡すのは常識外だ。舞踏会の主催者にも失礼だし、両家の品位を著しく下げる。


 その場にいて王子を諫めなかった家臣連中も軒並みアウト。

 一万歩譲って婚約破棄の理由がベアトリーチェにあるとしても──

 冤罪をかけて女性を貶めるなど、人の道に逸れた行いだ。


「彼女はなぜそれを言わなかったんだ? 言ってくれれば支援したのに」


 アルフォンスが聞いていたのはラプラス家の令嬢が婚約破棄をされたところまで。それ以上の経緯は聞かなかったし、この見た目であるから、正直なところすぐ逃げ出されるかと思っていた。婚約を打診しても相手が気を許すまで深入りしない、その処世術が仇となった形だ。


「信じてもらえると思わなかったからかと」

「……そっか。そうだよね」


 ベアトリーチェは貴族社会に──否、ありていに言えば人間関係すべてに絶望していた。父親からも裏切られ、借金のカタにされたのだ。婚約したとはいえ、色々と悪い噂も流れている自分に頼れるはずがない。


「今のは僕が浅はかだった。ごめん」

「旦那様が謝られることでは……」

「格好がつかないね、まったく」


 アルフォンスは息をつき、


「教えてくれてありがとう。えっと……」

「シェンと申します」

「シェン。可能な限りで良いから、またラプラス嬢のことを教えてくれないかな」

「もちろんです。あ、あの。私そろそろお嬢様のところへ」

「うん。行ってあげて」


 侍女が一礼して去ると、アルフォンスはすとん、と表情を落とした。


「……すべて聞いていたな。ジキル」

「はっ」


 彼の声は筆頭執事が背筋を伸ばすほどの怒気を孕んでいる。

 シェンの前では抑えていたが、内心では煮えたぎるような感情が渦巻いていた。


「僕に出来る全てを以て彼女を支援する。準備しろ」

「仰せのままに」


 ラプラス侯爵家ではなく、ベアトリーチェ個人に対する遇し方を、と。

 主の含むところを察したジキルに、アルフォンスは付け加えて言った。

 

(普段は深入りしないけれど……これは見過ごせない)


 ベアトリーチェは自分を嫌がらなかった。

 この見た目でもためらうことなく手を取ってくれた──

 理由としては、それで十分だ。


「それから領地運営に関して彼女の言う通りにやるように」

「……本気ですか? 確かに的を射た発言ではありましたが、まだ婚約披露宴もしていない他家の人間ですよ?」

「今は公爵家の人間だ。これからも、僕はそのつもりだよ」

「……」

「ジキル。二度は言わない」

「……御意」



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