コミック3巻発売だ、やっほい!!!(ノイシャのバレンタイン大作戦)
久々に書いたら、地の文の雰囲気が違うかもですが……!
コミック3巻が発売されましたので、記念SSをどうぞ!!
「コレットさん、私、バレンタインをしたいです!」
バレンタインとは、古文書に載っていた儀式の一つです。
とある定められた日に、女の子が、大切な男の子にチョコレートをあげると、一年男の子に祝福がもたらされるのだとか。
教会にいた頃からやってみたいなと思っていましたが、その頃はチョコレートなんて贅沢品は手に入りませんでした。
だけど、今の私は公爵夫人!
最近知ったのですが、毎月夫人用の予算というものをリュナン様とセバスさんが分けてくださっているようで、いわばお小遣いがもらえるようになったわけです。
「これでカカオ豆ってどれだけ買えますか?」
「待って? ノイシャ様、ガチ原材料から作ろうとしている?」
「やっぱり……豆の栽培から行うべきでしたか……」
「何年越しの大計画をするおつもりで?」
余談ですが、カカオ豆の栽培は、樹を植えて四年目くらいから収穫できるとのこと。樹になるまでの期間も考えたら、果たして私が死ぬまでにできるのか……と考えるのも不自然ではありませんが、私には奇跡があります。種から三日もかからず収穫まで育てられると訴えましたが、コレットさんから笑顔で「ど阿呆」と言われてしまいました。しょんぼり。
ということで、すでに板状になっているチョコレート板を大量に買ってきました!
いつもキッチンにはヤマグチさんがいますが、ヤマグチさんは男性です。バレンタインは、当日まで男子に内緒のミッションでなければ効力が半減してしまうといいます。
なので、ヤマグチさんが月に一回の山賊狩りに行っている間に済ませなければなりません。
「それで、ノイシャ様はどんなお菓子を作るおつもりなんですか?」
「めちゃくちゃやっほいしてもらえるお菓子です!」
「ぶっちゃけ旦那様はノイシャ様から贈られたらなんでもやっほいすると思うのですが……具体的には何を? ブラウニー? トリュフ? わたしも正直お菓子作りには疎いので、ただ型に入れて冷やすだけでも――」
「全部作りましょう!」
「えっ?」
コレットさんにエプロンを着けてもらったら、作業開始です。
小麦粉やお砂糖の量を計って、チョコレートを刻んで、生クリームを泡立てて。お菓子作りは正確な作業が必須です。「テキパキ、テキパキ」と口ずさみながら、作業を進めていると、コレットさんが目を丸くしてきます。
「待って、ノイシャ様。今、なんかの奇跡使ってます?」
「何にも使ってませんよ。あ、コレットさん、こちらの林檎をすりおろしてもらってもいいですか? 隠し味に使いたくて」
「そんなことは構いませんが……ノイシャ様、いつお菓子作りを覚えたんですか!?」
さすがです、コレットさん! 片手でぎゅっと握るだけで、林檎からぎゅーっとジュースができています! 私は急いでボウルを用意しながら、質問に答えます。
「教会にいた頃によく作ってましたよ。参拝者に配るイベントが定期的にあったので、その前日はずっと作業場を借りてひとりで……」
「滅しなきゃ、んな教会……いや、すでに滅してたわ」
なんだかコレットさんが二個目の林檎をぎゅっしてくれました。こんなにいらないのですが……生搾り林檎ジュースは絶品です。あとで美味しく頂戴することにしましょう。
そんなこんなで、無事にヤマグチさんが帰ってくる前に、チョコレート菓子フルコースを作ることができました! 今日はリュナン様も早番だということで、夕方には帰宅してくれて。
ダイニングでご披露すると、リュナン様が目をまんまるにされました。
「これ、二人で全部作ったのか?」
「ほとんどノイシャ様お一人です……」
「こんな技術どこで……いや、やっぱやめておこう。答えるな、たぶん、俺の胃が痛くなる」
別にいいのに。昔の苦労も、今、リュナン様たちにやっほいしてもらえる糧となるなら、やっほいな経験でしかないのに。
でも、今、それを言及するのはなんか違う気がするので、私は自信作のチョコレートプリンを差し出しました。
「食べて、もらえますか?」
「勿論だ」
私はドキドキしながら、リュナン様がプリンを飲み込むのを待ちます。
大きな喉仏が、ゆっくりと動いて。なんとなく、私は自分の喉に触れてみます。当たり前ですが、私にはない喉のでっぱりに、なんだか特別な感情を抱く。
この感覚は、最近私をよく襲うもの。
私が凝視していると、リュナン様が目尻にしわを作ります。
「すごく美味い!」
「やっほい!」
その後、みんなでわいわいしながらチョコレートフェスティバルを楽しみました。さすがに口が甘くなってきたとき、ヤマグチさんがどこからともなく『ぬか漬け』なるお野菜を出してくれました。甘い→しょっぱい→甘い→しょっぱい……お腹がはち切れるまでエンドレスやっほい! 楽しい夜になりました。
これにて、私のバレンタインはおしまい――には、なりません。
コレットさんには内緒でしたが……むしろ、ここからが本番です。
実は、ダイニングの並べた他に、特別に作ったチョコレートがあるのです。
私はお屋敷全体にほんのり睡眠の奇跡をかけてから、リュナン様の寝室をノックします。
「リュナン様、起きてますか?」
返事はありません。私が奇跡をかけたから当然ではあるのですが。
私がこっそりリュナン様の寝室に忍び込むと、さすが騎士様。ゆっくりと身を起こします。
「ノイ……シャ?」
「はい、ノイシャです。お休みのところすみません」
「どうした?」
あくびを押し殺すリュナン様。お疲れのところ申し訳なかったかな。
だけど、ここまで来て諦めてしまうと、一生渡せない気がする。
私は背中に隠してあったものを出した。
「実は……リュナン様にお渡ししたいものがございまして」
おずおずと、小さな箱をお渡しする。
リュナン様が「開けるぞ?」と中身を開けば、トリュフが四つ。特別製です。
「俺にくれるのか?」
「……リュナン様が、お嫌じゃなければ」
「きみが俺のために贈ってくれるものは、なんでも嬉しい」
そして、リュナン様がトリュフの一つをぱくり。
すぐに「美味しいぞ」と言ってくれますが、今、味は二の次なのです。
「ムラムラしますか?」
「は?」
「チョコレートには媚薬の成分が含まれているとされてまして」
「び、やく……?」
「特に、そのトリュフには多く該当成分が抽出されるように奇跡をかけてます」
「なる、ほど……」
私たちが結婚して、ずいぶんが立ちました。
最近、私はずっと気になっていたのです。
リュナン様の喉仏や、手の筋など――女の私にはない部分。
私は、なんて悪い女なのでしょう。
リュナン様の男の部分に触れたいから、大切な儀式であるバレンタインを利用しようとするなんて。
でも、いいよね?
私はただのノイシャ。もう聖女じゃないんだもの。
私はノイシャで、公爵夫人で、リュナン様の奥さんのノイシャ。
だったら、旦那様にムラムラしても、いいんだよね?
ムラムラ……してもらっても、いいんだよね?
「私に、ムラムラしますか?」
「ムラムラ、していいのか?」
「……して、ほしいです」
まっすぐ聞かれると恥ずかしくて、目を逸らしてしまいますが。
ちゃんと、私はネグリジェを着てきました。
お義母様にいただいたものではありません。新しいものを用意しました。
お買い物はコレットさんに付き合ってもらいましたが、私が自分で選んだものです。薄桃色の……透け感は少ないかもしれないけど、レースがかわいくて、触り心地がなるべくよいものを吟味しました。
「私と、やっほいしてくれますか?」
「いや、こういうときにやっほいで喩えるのはどうかと思うが」
そんなこと言いつつも、リュナン様が両腕を広げてくださいます。
私がその腕の中に飛び込むと、リュナン様がトリュフを私の口に当ててきます。
「とりあえず一緒に食べるか」
「はい」
私たちのとても不器用で、甘い夜はこれから――――。
【ノイシャのバレンタイン大作戦 完】






