コミック2巻発売だ、やっほい!!(ノイシャが天才だった話)
やっほい体操ってなんだろう……??
「小腹が空いたな……」
くぅ、と鳴りそうなおなかを撫でる。
時計を見れば、午前十一時。
今日は屋敷に人が少なく、コレットさんとヤマグチさんは朝から近くの山に山菜を採りにでかけている。私も行きたいと訴えたところ、「とっても汚くてうるさくて凶暴なので、ノイシャ様は屋敷ぐーたらしていてください」と言われてしまった。汚いなら、それこそ私の出番だと思うのにな。しょんぼり。
だけど人間は不思議なもので、やっほいしても、しょんぼりしても、おなかは減る。朝ごはんもちゃんと食べたつもりだったけど、やっほい体操の考案でいつもより身体も使っていたせいか、おなかがさみしくなってしまった。
「お昼もおやつも、用意してあると言っていたけど……」
ちなみに今日のお昼ご飯はサンドイッチ。スープは時間になったら一緒にお留守番のセバスさんが温めてくれるという。おやつはアイスだ。保冷庫に作り置きしてあるので、三時になったらわたしが器に盛って、セバスさんにもお届けする予定となっている。
私個人の事情で、スケジュールを変更させるのは忍びないし……。
「そういや、ヤマグチさんが言ってたな」
私は今朝のヤマグチさんとの会話を思い出してみる。
『アイスと一緒にブルーベリーも凍らせてありますので、お好みであればバニラアイスのトッピングにお使いください』
『果物って凍らせても食べられるんですか?』
『そのまま食べるのももちろんですが、氷の代わりに飲み物に入れてもやっほいするかと』『やっほいですと!?』
ということで、山菜ついでに明日のおやつの飲み物に入れる果物も採ってきてくれることになったのだけど……そのまま食べられるって、言ってたよね。
「少しだけちょうだいしても大丈夫かな……」
たぶん怒られない。教会にいた頃なら鞭打ちだけど、レッドラ家のみなさんは怒らない。第三者の意見で考えたとしても、私はこの屋敷の夫人なのだから、屋敷の中の食べ物を多少拝借したところで、何も問題ない立場だろう。
「……よし」
ちょっと冒険。そんな気分で、わたしは厨房へと向かう。
セバスさんは書類仕事がたまっているらしく、特に会うことはなかった。あ、忘れていたけどリュナン様はいつも通り王城でお仕事中である。最近は盗賊被害がどうとかで、深夜帰りが続いている。だから特に、今日の人の少ないお屋敷がちょっぴりしょんぼり。
だけど明後日はお休みって言ってたな。観劇というのに連れて行ってくれるらしい。わくわく。
さて、厨房についたぞ。保冷庫の中には……おぉ、今日も三種類のアイスが用意されている! さすがヤマグチさん! 『スペシャル』と言っていたのは、この薄緑に黒い点々がついているやつのことかな。どんな味がするのだろう。食べたい! いますぐ食べたい!!
……だけど、それは三時までの我慢。
ひとりでやっほいするより、セバスさんとやっほいするほうがやっほいやっほいだもんね。今は、バニラアイス用の……あったぞ。濃い紫が目に優しそうなブルーベリー。けっこう大きな容器に山盛りあるから、多少拝借しても問題なさそうだ。たしかに冷凍しておけば日持ちするよね。教会にいた頃も、司教様にばれないようにそうして保存していた経験がある。
なので、そんな冷凍ブルーベリーを小さなガラス容器に少しだけ分けてもらって……喉も渇いたな。牛乳が飲みたい。
……と、そこで私は閃いてしまった!
このブルーベリーの器に、直接牛乳も入れてしまえば、めちゃくちゃぐーたらでは? だって器とスプーンと、さらにコップも持つのは大変だし。
どうせ口の中で一緒になっちゃうわけで。味を想像しても、おいしくなることはあっても、まずくなる想像はできない。
すごく、すごくぐーたらだ!
むしろ画期的なのでは? これぞぐーたらの神髄なのでは!?
「くふふ……極めちゃったかも。もしかして本当にぐーたら極めちゃったかも」
こんな大発見が成功したら、リュナン様にも褒められるかな?
私はやっほいしながら、冷凍ブルーベリーの牛乳がけを近くのお部屋へと運ぶ。
「やっほいやっほい~♪」
ソファに座ってから、考案中のやっほい体操第一のメロディを口ずさみ、なんとなくスプーンでかき混ぜていたときだった。
おや? 牛乳が、固まってきたような……?
そのままぐるぐる。どんどん牛乳がシャーベット状になっているぞ?
シャリシャリ……これは、もうアイスでは!?
なんてこったい! 牛乳があっという間にアイスに変化した!!
「ええええええええええええええ!?」
思わず叫んだときだった。
いきなりドアがバンッと開かれる。そこには刀を構えたセバスさん。私の声を聞いてきてくれたのだろうけど、セバスさんがいたはずの執務室からこの部屋までは、それなりの距離がある。早すぎないかな。
だけど、それを問うよりも前に、真剣な顔のセバスさんが訊いてくる。
「ノイシャ様! 敵襲ですか!?」
「もっと大変なことが起きました!」
「虫ですか!?」
「冷凍ブルーベリーに牛乳をかけたらアイスになりました!!」
「………………ふむ」
セバスさんがゆっくりと刀を鞘におさめる。
あ、とりあえずセバスさんに謝らないと!
「あ、勝手に厨房のものを食べてすみません」
「それは問題ないですぞ。ノイシャ様はこの屋敷の主なのですから。この屋敷にあるものすべてはノイシャ様のものです」
……この屋敷の主って、次期公爵のリュナン様じゃなかったっけ? 私はあくまで、その夫人。だけどセバスさんはこの話はそれで解決と、私の持っていたガラスの器をのぞき込む。
「ブルーベリーと牛乳以外に、何か入れたものは?」
「ありません!」
「なら、毒が生じたとは考えづらいですが……先に味見をさせていただいてもよろしいですかな?」
その優しい問いかけに、私は即答する。
「いやです!」
「えっ?」
なので、私はためらわず、冷凍ブルーベリーのシャリシャリを食べた。
だって、セバスさんが先に味見をするということは、何か毒性が生じていたらセバスさんが苦しむことになってしまうよね。私が起こした事件だ。責任は私がとるべき。死ぬなら、私。
シャリシャリ。あっという間に、口の中で溶ける。
牛乳のいつもよりさっぱりとしたまろやかさに、冷凍ブルーベリーの酸味が溶け合う。
「ノイシャ様……?」
セバスさんが心配そうな顔で私を見てくる。
これは……まさに、まさに……。
「やっほーーーーーーいっ!」
こんな素敵なやっほいのマリアージュがあってよいのだろうか。
ちょっと口寂しいときに最適。お砂糖も入れていないからすこぶる健康的。
そしてぐーたらできる簡単すぎるアイス!
私のぐーたらから、こんなすてきなやっほいを生み出せるなんて!
もしかしたら、私、天才なのかもしれない……。
――そんなことがあったと夕飯時にリュナン様に報告したら、リュナン様はお鍋をつつきながら苦笑していた。
「今日も平和だったようでなによりだよ」
「それだけですか?」
「それ以外に何があるんだ!?」
「がーんっ!」
そんな……私がぐーたらの天才だって発覚した大事件だったのに……。
でもとりあえず、今日のヤマグチさん特製お鍋がおいしい。
山菜採りに行っていたコレットさんとヤマグチさんは、珍しくリュナン様と一緒に帰ってきていた。「手応えのないザコザコ山菜でしたよ~」なんてコレットさんが口をとがらせていたけど……山菜にボスも雑魚もあるのだろうか。まだまだ社交界の不思議はいっぱいである。
だけど最近リュナン様は盗賊被害かなんかで残業続きだったので……一緒に夕飯を食べるのは久々である。
やっぱり、このお屋敷にはリュナン様とセバスさんにコレットさんとヤマグチさん……みんなでいるのが幸せ。やっほい!!
【3分聖女コミック2巻発売記念SS おしまい】






