3分聖女のバレンタイン!③(完)
そして、バレンタイン当日。
まず、朝一でコレットさんに渡してみた。違うクラスだから、授業中の間では迷惑になるかと思って。
「これ……つまらないものですが……」
「どこがつまらないんですか? ノイシャちゃんからのバレンタインがつまらないなら、世界中のチョコレートがただの砂糖の塊にすぎませんが?」
たしかに、チョコレートの主成分はカカオと砂糖と油脂である。カカオは身体にいい部分もあるけれど……砂糖と油脂はよほどの飢餓状態じゃない限り、摂りすぎはよくないとされているものだ。
はっ……これはもっと栄養価を考えたものを作るべきだったのでは?
「ごめんなさい。今すぐ新しい物をご用意――」
「ノイシャちゃん?」
コレットさんは笑みを浮かべたままだけど、目の色が怖い。
私は渡しかけたものを引っ込めようとするも、コレットさんがガシッと掴んでしまい微動だにできなかった。
「ありがとう、ノイシャちゃん。大事に大事に頂戴するね?」
語尾の『?』に込められた圧力に、私の方が思わず手をひっこめた。
そうか、そんなに砂糖の塊が欲しかったのか……。
だったら今後はもっと甘い物をプレゼントしよう。砂糖の塊といえば……金平糖やマシュマロが適切かな?
私はしっかりと心のメモ帳に書き込んでいると、コレットさんが「そういや!」と両手を叩いてくる。
「ノイシャちゃん、こんなバレンタインのマナー知ってる?」
私は聞いてなるほどふむふむした。
次のチャンスはお昼休みだ。
お昼休みはやっぱり同じクラスの人たちにあげるのが効率的だろう。
「ラーナさん、いつもお世話になっております」
「あらあら。それじゃあ、これは私から」
なんと! ラーナさんも私にくれるとか⁉
嬉しい! やっほい!
とても上品な包み紙だ。BVLGA……なんか聞いたことあるメーカーな気がする。これ、とても高価なアクセサリーとかのブランドじゃなかったっけ? チョコレート? チョコレートなの? 裏を捲れば、きちんと製品シールに『チョコレート』って書いてある!
思わずマジマジ見ていると、ラーナさんがクスクスと笑いだした。
「ふふっ、あげた人の前で、そんなジロジロ査定するのは失礼ではなくて?」
「そんな査定だなんで⁉」
そんなつもりは欠片もない!
だからブンブンと首を横に振っていると、私たちに声をかけてくる赤毛の男子生徒がひとり。
「ラーナ、さすがに今回は、これ見よがしに高級ブランドをかざす方が性格悪くない?」
「そんなことを言うなら、バルサにはこの無名ブランドをあげるわよ?」
「え~? まぁ、貰えるなら何でも文句はありませんけど。その分お返しもラクだし」
ラーナさんがバルサさんにあげたのは、可愛い包み紙の小さな箱だった。そしてバルサさんと隣にいたリュナンさんには、きちんと私が貰ったのと同じ高級ブランドの包みをあげているようである。
そんなやり取りを見ていると……あれ? リュナンさんと目が遭う。だけどすぐに逸らされた。あれれ? そんな間にラーナさんが戻ってきては、私に耳打ちしてきた。
「ダシに使っちゃってごめんなさいね。バルサにあげたのだけ……私の手作りなの」
「なんと!」
「お詫びに、ノイシャさんのだけ他の人よりいいやつにしてあるから、それで許してくれる?」
別にダシに使われたとか、そんな些細なことは気にしないけど……。
そうか、バルサさんにだけ特別か。なんかいいな。可愛いな。
ラーナさんの顔は今日も化粧がばっちりで綺麗だけど、なんだか今日は可愛らしい。
だから私は、今度は縦に首をブンブンと振った。
そして、放課後だ。
生徒から先生に食べ物を渡すとか、模範や規律的にどうなんだろう……と思いつつも、断られたらすぐに引き下がればいいだろう、と職員室を訪れてみた。
セバス先生に「もし受け取ってくださるのなら……」と渡してみた結果――
「生涯の、家宝にいたします……‼」
なんてこったい。泣かれてしまった。
しかも家宝にされても困るので、「すぐに食べてください」と頼んだら、その場で食べてくださった。他の先生たちが苦笑失笑している中、セバス先生は「美味しい……こんな美味しいものは食べたことがない……」と感涙してくださるから。
正直悪い気はしなくて、私は「また来年も作りますね」と言ったら、養子縁組の書類を渡された。それは他の先生方の圧しもあって、あれよあれよと保留にすることになった。
そして、訪れる場所はもう一か所。そう、食堂のヤマグチさんである。
もちろん中身はバレてしまっているので、ラッピングだけ特別にした。といっても、デフォルメ化したヤマグチさんの似顔絵をたくさん描いた手書きの包装紙を作成しただけだが。
それでも、ヤマグチさんはとても優しい顔で「ありがとうございます」と頭を下げてくれたから。
私は素直に「やっほい!」と喜ぶことができた。
そして、ウキウキと寮へ戻ろうとした時だ。
「おい」
下駄箱で声をかけられる。
誰だろう、と振り返ったら、そこには生徒会長のリュナンさんがいた。
「会長、どうなさいま……」
ハッと、途中で言葉が止まる。今日は生徒会の活動がないつもりだったのだけど、もしや私が忘れていただけなのでは? 私、悪いことした⁉ 今度こそ鞭で打たれる!
そう背中を向けようとすると、「だから打たんから」と呆れたように言われて……。
あれ、「ど阿呆」が飛んでこない?
その違和感に視線を向けると、会長は頬を掻いていた。
「お、俺に何か用はないのか……?」
「特に……ないですけど……」
「そうか……そうか……」
そうして、肩を落として去っていく会長のリュナンさん。
何だったんだろう? もしや、コレットさんの助言通りに下駄箱に入れておいたチョコレートに、何か不都合があったのでは⁉
そうして慌ててリュナンさんの下駄箱を覗いてみると、下駄箱の中は私がチョコレートを入れた時のまま。そのままの箱が入っている。だから……これが原因じゃない……よね?
まだまだ『普通の女子高校生』って難しいなぁ。
これからも頑張るぞ! やっほい!






