第32話 旦那様と添い寝をしよう!
「抱き枕ぁ?」
「はい。今度はこんなのを作ってみようと思いまして」
自室のベッドで待っていた私は、設計図案を旦那様に提示した。とりあえずアイデアを二つに絞ったのだ。ひとつは無難に真っすぐ、抱っこしやすいやつ。もうひとつはU字型の首や肩周りを覆ってくれるタイプ。
「なので、本日は旦那様に枕役として添い寝していただきたく」
その設計図を見せながらそれぞれに生じるであろう利点と欠点を説明しようとすると、みんなとお揃いの桃色のジャージを着てくれている旦那様が深々と嘆息する。
旦那様の肌は湯上りのせいかほんのり紅潮しており、髪もまだしっとりと濡れているようだ。
「……そんなとこだろうと思ったさ」
「あっ、髪を乾かしましょうか? お風邪を引いてしまいます」
「いい。どうせ奇跡を使うつもりだろう? マナの無駄遣いをするな」
――旦那様が健康でいられるなら、無駄遣いじゃないと思うのですが。
少々ムッとするものの、旦那様は肩にかけたタオルでご自身の髪をわしゃわしゃ拭いて。私の設計図を片手にとってくれる。
「なるほどな。けど添い寝なら、コレット相手でも良かったのではないか?」
「あっ」
――全然思いつかなかった……。
コレットさんに旦那様に頼むよう助言を受けて、そのまま鵜呑みにしてしまった。
でも……改めて検討してみても……。
「それでも旦那様がいいです」
「どうして?」
「私の理想とする形が……旦那様に近い気がするので」
私は旦那様を見やる。ジャージ越しでもわかるがっしりとした肩回り。太い腕。緩めた襟元から覗く胸板。そんな肉圧に包まれることを想像するだけで、かなりの安心感を得られそうだもの。
だけど……なんかそれを言うのは恥ずかしいような……?
旦那様の顔を窺い見ると、旦那様の顔はさらに逆上せているようだった。
「……まあいい。きみに『ぐーたらを極める』よう命じたのは俺だ――それで、俺はどうすればいい?」
「はい、ベッドに横になってください」
「……ああ」
ワンテンポ遅れてから、旦那様はもぞもぞとベッドの上で身体を倒してくれる。
私もその隣で横向きに寝そべってみた。
「後ろから腕を回してもらうことは可能ですか?」
「……こうか?」
回された腕は想像以上に太かった。ちょっと触ってみるとやっぱり硬い。私の細くて棒のような腕とは大違い。腕の筋肉ってこうなっているんだね。固いと言っても弾力もしっかりあって、血管が浮き出ている。手の方も以前繋いだ時にも思ったが、やっぱり肉厚。それでも指は一本一本節ばっており、だけど所々固いのはペンだこと剣の柄を握る時の――――
思わずそんな観察を続けていると、後ろから焦ったような声が飛んできた。
「ど、どうなんだ?」
「あっ、なんかやっほいな感じです」
背中を包まれる抱擁感。あたたかくて、適度な切迫感もあって……上手く言い表せないけれど、思っていた以上にほっとしてしまう。
その感覚を心の中にメモしてから、私は次のお願いをした。
「そちらを向いてもよろしいでしょうか?」
「もう好きにしてくれ!」
「ありがとうございます」
やっほい。自由にしていい許可がもらえた!
私はモゾモゾと方向転換する。腕を回したくても、私の腕が短くて上手く抱っこできなかった。だから結局身体を丸めて旦那様の胸に額を押し付けてみる。
こないだの街の時とは違う、コロンの匂いがほのかにする。嫌いじゃない。
そっと旦那様が私の背中に腕を回してくれると、身体も心もすごくほんわかする。
すごくやっほいで、私は顔を上げた。
「この枕好きです!」
「そりゃあ良かった」
「つまり、旦那様そっくりの枕を制作してもらえばいいんですね!」
「いや、それは……なんか気持ち悪いからやめてもらいたい」
「がーんっ」
まさか却下されてしまうとは……。
ショックを受けていると、旦那様がお腹を震わせて笑う。こんな間近で旦那様のお顔を拝見するのは初めてだけど、笑うと目じりにしわができるらしい。
「本当に『がーん』というやつは初めて見た」
「……やっぱり私、おかしいですか?」
「あぁ、おかしいな」
そんな可愛らしい旦那様ははぁと一息ついてから、目じりを拭っていた。
「だから外ではやめてくれ。この屋敷の中だったら、いくらでもおかしくていいから」
「嫌じゃありませんか?」
人と違うことは、人に不快に思わせる。
私はそう司教様に教わっていたけれど、おかしい私を決して折檻しようとはしないらしい。
「あぁ。きみが俺に笑われて嫌でないのなら」
「嫌じゃないです」
――こんな旦那様の笑顔だったら、何回でも見たいから。
心がほんわかあたたかくなる。この感情を、なんていうんだろう。
その答えを、私はまだ知らないけれど。
「それじゃあ寝るぞ。一晩寝てみないと、実際の寝心地がわかったとは言えないだろう?」
「はいっ!」
その夜、何か夢を見た。
どんな夢かは思い出せないけれど、すごくすっごく幸せな夢だったと思う。
翌日。
元気いっぱいの私は今日も『らぶらぶ奥さん』がんばるぞ! と仕事に臨んだ時だった。
「今日はラーナ休みでさ」
「有給か?」
今日お迎えに来たのはバルサさんだけ。いつも賑やかなラーナ様がいないのはとても不思議な感覚で。それは旦那様も、バルサ様も同じみたい。
「いや、なんか熱があるんだって」
ラーナ様のいない朝は、いつもよりだいぶ静かだった。
それでも、私のするべきことは変わらない。
「行ってらっしゃいませ」
「あぁ、行ってきます」
私は『らぶらぶ奥さん』らしく、今日も旦那様を笑顔でお見送りをする。
――ラーナ様、お風邪かな。心配だな……。
何日か様子みて、それでもお辛そうなら私が治療に行くことを提案してみようかな。
そんなことを考えながら、今日もぐーたら時間に昨日の経験を基に開発書を練り直していると。珍しくセバスさんが部屋にやってくる。
「奥様、お客様です」
「おきゃくさま?」
もちろん今はぐーたら時間。
よって、私の着ている服はいつもの桃色ジャージだ。
だけど、着替える暇すらなかった。
だってセバスさんの後ろから、お元気そうなラーナ様がにっこり微笑んでくるんだもの。
「ノイシャさん。一緒に来てもらいたい所があるの」