繰り返すあの日
短いですが楽しんで頂ければ幸いです。
夢を追いかけられる人はいつだって綺麗だ。
この職に就いたのは今から4年ほど前。
20歳を過ぎ本に対する思いでこの世界に入った。
別に後悔はしてなかった。
「黒崎くん、今日からこの人の担当ね」
「…了解です。」
上司が雑誌を手渡してきたので
そこに書かれている小説家の名前を見た。
……なるほど、憂鬱だ。
―瑠伊馬 悠―
この業界にいると嫌でも耳に入ってくる名前だ。
彼は芸能人顔負けの整った顔を持っておりながら、
彼の書いた小説は尽くヒットし飛ぶ様に売れる。
そんな天才じみた才能を持っている人だ。
「なんでこの人がうちで連載を?」
「それが、君を担当者にするならと快諾してくれた
んだよ。不思議なことってあるもんだね」
呑気に笑っている上司を横目に僕は今ある仕事を
終わらせようとする。
「あ、明日から泊まり込みで君が彼の所に行ってね」
「……は?…えっーと、どういう事ですかね?」
「条件だよ条件。うちで連載してもらう為の」
「……」
「君には悪いと思っているがこれを逃したら次は無いかもしれないんだ。大目に見てくれよ。」
「わかりました。明日からですね。なら今日はもう帰ってもいいですか?明日から定時も残業も無いので」
「…ああ!もちろんさ、ゆっくり休めよ」
翌朝、指定された時間にマンションのチャイムを鳴らした。すると数えない内にドアが開き中から顔が覗いてきた。
「中竹出版社から来ました。黒崎です。」
「あ!待ってたよー瑠生、覚えてる?」
「…覚えてますよ」
「ははっ、だよねー」
招かれて家に入ると生活感のないだだっ広い部屋が現れた。
「住み込みですよね」
「そそ、聞いてるでしょ?瑠生の部屋はこっちー」
急に名前呼びで呼ばれ驚いてる事に悟られないよう、
碧衣の後ろをついて行く。
「ありがとうございます」
「ねぇ、敬語やめない?あと本名で読んでね。覚えてるんでしょ?」
「……わかった」
用意されてた部屋のベットに2人で座った。
鳥谷勇吾。それが彼の本名だった。
「で、なんで俺を?」
「だって前言ってたじゃん。」
「…知らない」
本当はなんの事を言っているのか分かっていたがシラを切った。
「覚えてないか…そうだよね…。」
「いつの話?」
「僕たちが付き合ってた頃の話。ほら、別れ際言ってたじゃん。覚えてない?」
「ごめん、嘘。知ってる」
シラを切っても無駄だと悟り素直に白状した。
「なら話は早いね。
「勇吾の夢を叶えたら俺を迎えに来て」だったよね。ねぇ、今なら文句ないでしょ?
前言ってた通り、僕は瑠生一筋なんだって。」
「鳥谷は俺なんか勿体なさすぎるだろ…」
妙に照れくさくて思わず顔を手で隠そうとするが
鳥谷の手がそれを阻止した。
「瑠生癖だよね、顔隠すの。」
「……っ、だって恥ずかしいだろ。見られんの」
「そんな、全然? 可愛いよ。というか
ねぇ、瑠生もういいでしょ、付き合ってよ、」
縋るようなその目に見つめられると
あの日のことを思い出して何も言えなくなった。
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「るーいー、また小説書いてるの?恋人である僕には構ってくれないわけ?」
「書いた小説が全部当たる天才小説家さんにはこの必死さが分からないかもしれないですけどねー」
「別に僕も頑張ってるし…」
「知ってた。ごめんね、意地悪した。でも頑張ってるの勇吾もわかるでしょ?」
「でもさ……」
「ごめんね?でも小説が好きだから。」
ふふっと笑うと、その顔ずるい…と勇吾が抱きついてくる。
「それに募集期間もう少しだし。今度こそは掲載狙うぞー!」
「夢を追う瑠生に惚れたのは僕だしね」
「ん?何か言った?」
―この度は誠に残念で―
全て見なくても、その一言を見ただけで俺の作品は選ばれ無かったんだという現実を突きつけられた。事実を認めたくなくてぐしゃりと紙を丸めるとゴミ箱に投げ捨てた。
いつからだろうか。小説を楽しんで書けなくなっていたのは。いつの間にか、高くなり過ぎてた理想像に縋るだけになっていた。
「くそっ……」
何かがこみ上げてくるのを抑えた。
そうでもしないと押し潰されそうだから。
親はきちんと就職して欲しいのだろう。
俺が高校から卒業するまでに自分の書いた小説が選ばれなかったら、一旦小説を書くのは置いておき、きちんと就職先を決めてとお願いされた。
もうタイムリミットがすぐそこまで迫ってきてる。
焦りにも似た感情が全身を覆い尽くす。
色んなことをグルグルと考えていたら、涙が溢れてきたのでベットに移りそのまま眠ることにした。
少し眠るつもりがそのまま朝になり、隣にはいつの間にか帰ってきた勇吾が眠っていた。
「なぁ…勇吾。俺が夢を追いかけられなくなっても、俺はお前を応援してるから…。」
寝ている勇吾に話しかけ俺はベットから離れた。
勇吾が起きてくると、一緒に朝ごはんを食べた。 パンを食べながら勇吾の顔を盗み見る。
二人の視線がぶつかると、不意に二人で笑いあって。俺の大好きな時間。
こんな幸せな時間はもう二度と手に入らないと知りながら。
勇吾が
「勇吾。俺たち別れよっか。」
「なんで…?」
初めて見る勇吾の不安げで何とも言えない表情を見ると、これから失うものへの恐怖もあったがそんな気持ちを殺した。ただ、これからはこの表情を忘れることはないんだろうなと不意に思った。
勇吾と過ごした日々が不安に変わっていってた。
置いていかれるのはいつだろう。
捨てられるのはいつだろう。
自分の夢を追う為の時間が無くなっている事は痛いほど知っていたし、勇吾の隣にいることが不安にもなってきて。
「……だから、この本あげる。」
「は……?」
渡そうと思い手元に置いていた勇吾の本を渡した。
勇吾が初めて世に出した本だ。
「俺はもうこれから引っ越して就職活動しなきゃいけない。
もう、小説をこくことは無理だと思う。」
「は、諦めんのかよ!?お前の夢だったじゃん…」
「ごめん。親からは今回の募集で決まらなければ就職しろって…。」
「……。」
「俺はタイムリミットだから勇吾が夢を叶えたら俺を迎えに来て。その時のチケット。」
「……わかった。」
「自分勝手でごめん。今までありがと。」
つくづく自分はずるい奴だと実感する。
自分から離れる癖に勇吾の記憶には残るようにすること、
こんなときも自分の声が震えてないかと自分の事ばかり考えてることも。
「ほんとにごめん…、俺のこと許さないで。」
「俺、頑張るから…。それまで待ってて。」
「最後までお前は優しいね。」
くしゃりと笑った拍子に涙が流れたのは気づかないふりをした。
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「ほら、チケット持ってるよ。」
そう言ってズボンのポケットからあの頃の本を微笑みながら見せた。
「……っ、なんでお前はそうやっていられるんだよ…
いっその事怒れよ、怒鳴れよ、俺の事を…っ
どうしてあの時あんな事言ったんだって……」
「だって好きだもん。瑠生の事が。」
そう言うといつの間にか泣いていた俺を優吾は
優しく抱きしめた。
そのまま勇吾の胸の中で気が晴れるまで泣いた。
「あの時は本当にごめん。結局今俺は夢を諦めてるし、自分で勇吾のこと沢山傷つけたって自覚してる。」
「別に昔のことだしどうこう言っても仕方ないでしょ?それよりもこれからどうしてくれるの?一緒にいてくれるの?」
ああ、忘れもしないあの表情だ。笑い冗談めかして言いながらも、不安げな目だけは隠せてない。
あの日の表情とは違っていて、とても似ている。
「決まってるじゃん、勿論!」
「ふふ、よかった。」
二人でもみくちゃになりながらベットに転がった。
視線がぶつかり合ってこぼれるように笑う。
ああ、忘れることのなかった自分の大好きな時間。いつの日の朝。
戻ってきた実感がこみ上げてきて、枯れるくらいに泣いたのにまた涙が溢れてきた。
「瑠生の泣き虫」
そう言いながら頭を撫でる手のひらの温度が温かい。
幸せを感じながら勇吾を見ると勇吾も泣いていた。
「今度は離れんから,覚悟しておいて。」
「そのほうが嬉しいんだけど。」
「絶対幸せにする」
「楽しみに待ってる。瑠生もいてくれれば、もっといい小説が書けそうだね。」
新しい二人の幸せな生活。二人は抱きしめ合いながら、待ち焦がれるように瞼を閉じた。
二人のその後みたいなのを後日書けたらなぁ、と思っています。
皆様の感想が届くのがとてもうれしいです。
数ある作品の中から、ここまで読んでくれてありがとうございました!