男子禁制の園
山奥深くの聖麗女学館本校の正門に差し掛かった。雪が残った森の中に守衛室のある大きな鉄の門が硬く閉ざされていた。初老の男性守衛が二人、安達の車と、乗車している者とをチェックする。勿論ICカードの照合も怠らない。手間をかけて確認した後、扉は漸く開いた。
「ここから先は守衛ですら入れない道をさらに二キロほど進む」
なんとも広い敷地だった。地主だった信者から寄付として譲り受けた広大な土地に本山の礼拝施設や学校を建てたという。奥まったところに三階建ての校舎の玄関口が現れる。その背後に十二階建ての寮の建物が聳え立っていた。
「ありがとうございました」と、笹塚ゆりが嬉しそうな笑顔で安達に挨拶して、周に意味ありげな視線を送ってから玄関の奥へ消えて行った。
「彼女のおかげで少し遅刻になったがな。行くとするか」
安達は表情も変えず呟き、周を連れて中へ入る。周は急いで後に続いた。
照明を少し落とした薄暗い廊下を歩くと、何か微かな芳香が漂う風が顔に感じられる。どこか神秘的な雰囲気を保つ工夫でもしているようだ。薄暗いために目立たないが、至るところに監視カメラが据え付けられていた。女性の館に足を踏み入れた男性という立場なので、ある程度は監視されるのも仕方はないとはいえ、あまり気持ちのいいものではなかった。後ろを振り返らない安達の薄い頭を見ながら、平気な顔をして周は、研修室を訪ねた。
中は明かりが煌々と照る、廊下とは全く雰囲気の異なる別世界。ほんのりと女性の香りが漂い、周はなつかしさを覚えた。二人の教官がホワイトボード側の席に、四人の女子学生が聴講側に着席していた。中に入るときに彼女らの静かな視線を感じたが、普段そうしているように全く無視した仕草で安達の指す方向にある席に着席した。
自分を観察する女の視線には慣れっこになっている。こどもの頃から年上の女たちにペットのように可愛がられ、学校では女生徒たちの羨望のまなざしに晒され、また夜の街では熟しきった女たちの容赦ない舐めるような視線の嵐の中を生きてきたのだ。だがここの女たちの視線は、それらとは少し趣の異なるものだ。どこか遠慮深い、好奇心を押し殺したような、素人のような視線。
(見たければ遠慮なく見ればいいものを)
周は内心ほくそ笑んだが、顔には何の表情も出さず、かといって教官の方を見るでもなく、手元の資料に目を落として、それに集中している振りをした。この部屋においても監視カメラが堂々と周を見張っている。すでに周は気づいていた。見張っているのは、あからさまに据え付けられたカメラではなく、数も把握できないくらいあちこちに開けられた針の穴からひっそりと部屋の様子を観察するピンホール型隠しカメラだった。周の知人の一人にこうした盗撮のマニアがいて、それらの巧妙な手口は熟知している。別に自分がそうしたものを利用しようとは思わないが、人の多い街中で秘かに仕掛けられたツールにたまたま出くわすことは今までもあった。それがここでは無数に存在するのだ。今になって四年前の彼女が手の込んだ手紙のやり取りをしたり、街中でも人の視線を気にして行動していた心のうちがひしひしと分かるのだった。
(こんな異常な世界で暮らしていたのか。そうまでしてここで勉強する意味は何だろう?)
そしてまた、死を決意するに至った心情とは。