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残されていた手がかり

 (しゅう)はやがて現実の生活に戻る。図書館へも(たま)にしか通わなくなった。母親が夜仕事にでかけた後の自宅アパートの薄暗い明かりの下で、使い古された古本の参考書を開き、受験に対応できるよう勉強に勤しんだ。決して経済事情は良くなかったが、心を入れ替えた母親の地味で質素な生活のおかげで国公立の大学へは行けるかもしれない。そんな淡い期待があったからだ。

 ノートを捲っているうちに一枚の紙切れが出てきた。丁寧に折り曲げられた紙。見ただけでそれが何なのか分かる。あの時図書館で受け取った彼女のメッセージ。たった一行のメッセージ。なんとなく明かりに透かして見たり、匂いを嗅いでただの再生紙の匂いを感じたり、いろいろ弄くっているうちにあることに気づいた。メモ用紙として使われた紙だが、表には利用者登録用紙の様式が印刷されている。勿論未使用なので空欄だが、良く見るとペンの筆圧による凹みがうっすらと残っていた。興味を感じた周は、机から赤い色鉛筆を取り出し、紙の上を薄く塗ってみた。名前の欄に文字が浮かぶ。

「栗原知里」という文字。しかも見覚えのあるゴシック体に丸みがある文字。興奮を抑えられずさらに住所欄を擦り塗りする。「長野県○○聖麗女学館若葉寮」の文字が浮かび上がった。彼女が利用者登録を行う際に申し込み用紙に記載したときの直ぐ下の用紙だったのだろう。大変な手掛かりを得たと周は興奮した。

 あの少女の名は栗原知里というのか。住所欄に聖麗女学館若葉寮とあるから、聖麗女学館高校の生徒でしかも寮生なのであろう。高校の名は聞いたことがあった。確かミッション系のお嬢様学校だ。あの藤色の制服は聖麗の制服だったのか。イメージがどんどん膨らんでいくのを感じた。そしてどうにかしてもう一度あの少女に会いたい。周の想いは増幅していった。今までに感じたことのない感覚だった。初恋の感覚とはこういうものを指すのだろうか。考えてみれば自堕落な生き方をしてきた、いや生き方というにはおこがましい、自堕落な日々を送ってきた周には、本当の意味で女性に恋するという経験がなかった。自分に纏わりつく女達は、当然のように体の結びつきを求めてきたし、それに応えるのが礼儀とさえ考えてきたのだ。自分の方から女性に会いたいと思ったことなどなかった。それも容易には実現できないとなると愈々挑戦したくなる。

 周は早速次の日図書館を訪れ、パソコンの端末からインターネットを駆使して情報を集めだした。聖麗女学館が日本各地に学校を持ち、長野にある全寮制の学校が本校であること。さらには寮生に連絡を取ることは至難の業であることなど。特にいわゆるオタク系の輩がログする掲示板からは、嘘か真か、主主雑多な情報が玉石混淆していたが、本校の寮生が男女交際禁止で、制服姿のまま若い男子、特に同年代の中高生や大学生と会話したりしているところを教官に見つかるとみっちり指導を受けたり、また携帯電話の所持が認められていないためにインターネットのメールで連絡を取ろうとしてもサーバー内で教官のチェックが入ることや、手紙のやり取りでさえ検閲の可能性があることなど、実しやかに伝えられていた。

 ここで周は単純に栗原知里に手紙を書くという方法が適当でないことに気付かされた。第三者に気付かれず知里と上手く連絡をとる方法はないだろうか。いきなり偽名の差出人で封書を送りつけても手に取ることすらないかも知れない。尤もらしい方法とは何か。思案した挙句、周は図書館の案内という方法に思い至った。

 早速窓口や閲覧室に置いてあるチラシや広報を集めた。後は図書館の封筒だ。周は何食わぬ顔で窓口の担当者に声をかけ、広報などを入れるために用いると偽って封筒を手に入れた。そして広報に混ぜて、彼女が使った利用者登録用紙を用意し、インクの出ないボールペンを使って氏名と住所を入れ、欄外にメッセージを書き込んだ。「会いたい」

 周は、嘗てない動悸を感じつつ、封筒にそれらを納め封をした。

 あとは聡明な彼女の機転に託すのみだった。彼女はきっと自分の期待に応えてくれるだろう。

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