4 イアーゴーの独り言
とある回のとあるシナリオ。
ユニレグニカ帝国の第一王子であるフィリップは卒業パーティーの席で言い放った。
「エリザベス! お前との婚約は破棄だ!」
フィリップの側には、平民の少女オリビアが寄り添っていた。
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とある回のとあるシナリオ。もう、何回目か覚えていない。
学園の保健医を務めるルシオールは、薬を盛られて意識が朦朧としているエリザベスに言い放った。
「エリザベス。あなたが害したスカーレットの代わりに、あなたがワルプルギスの祝いの席にて、生贄となってもらいますよ」
エリザベスはそのまま、永遠に眠ることのない深い眠りについたのだった。
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オニキスは剣を抜いて、その鋭い剣先をエリザベスに向けた。
「どうしてお前の取り巻きとして、忠実に仕えていたヒルダを切り捨てた! 」
「トカゲの尻尾は、切られるためにあるのよ?」
「死ね! エリザベス!!!」
オニキスの剣は、エリザベスの心臓を貫いた。
「オニキス! なんてことを!」とヒルダは叫ぶ。
「いや、こいつだけは許さない」
「私はどうなってもいいの。だけど、このままだとあなたまで!!」
オニキスは剣を抜いた。エリザベスの体が、そのまま地面へと倒れる。もう、エリザベスは息絶えていた。
「ヒルダ。僕と、逃げよう。遠い、遠い国へ。君を愛している!」
「オニキス! わ、私も愛しているわ」
「だったら、逃げよう。僕はどんなことがあっても君を守り続ける!」
「わかったわ。あなたについて行く。これからはずっと一緒よ」
オニキスの愛馬に乗って、二人はユニレグニカ帝国から飛び出した。二人の行方は、太陽と月と、そして気ままに吹く風しか知らない。
しかし、道端に咲いているピンク色のカーネーションが、二人がこれから歩む道のりを祝福しているかのように咲き誇っていた。
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「目的地はまだなの? まさか迷ったなんて言わないわよね? あなたに高い金を払っているのよ?」
密かに、惚れ薬の材料となる植物を取りに来たエリザベス。まだ、その植物の群生地に着かないエリザベスは、リチャードを詰る。
「ここは、深い、深い森の中です。大声を出しても誰にも聞こえません。一つだけ聞いてもいいですか? あなたは、アリスという少女を覚えていいますか? あなたが馬車の通行の邪魔をしたと言って、拷問した少女です」
「アリス。平民にありそうな名前ね。当然、覚えていないわ」
「そうでしょうね。あなたのせいでアリスは! ですが、許しますよ。あなたが付けている、僕たち平民たちから搾取して買った指輪。そして、ネックレス。それを売れば、アリスの治療費には十分ですから! あなたはここで死んでもらいます」
「なっ! 誰か、助けて! この薄汚い平民を殺して!!」
「無駄です。このあたりには誰もいません。それに、ここなら、性根が心底腐ったあなたの肉でも、獣たちが綺麗に片付けてくれるでしょう」
「まって! わかったわ! 報酬を十倍、いえ、百倍だすわ! それに、フィリップに惚れ薬を飲ますことができたら、フィリップも目を覚ますはずなの! オリビアなんていう平民の女に私が負けるはずがないもの!!!!!」
「やっぱりあなたは救えない……」
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幾星霜と、隣で見てきたエリザベスの断罪。
繰返さえる年月。
無限に繰返さえるループ。
私の積み重なる経験の中で、私は一つのことを試した。
「エリザベス。“下僕”ではありません。あのメイドには、アンナという大切な名前があるのですよ。ちゃんと名前で呼んであげなさい。それに、あなたにも大切な父母、弟たちがいるのと同じように、アンナにも大切な家族がいるのですよ。アリスター侯爵家の大切な家臣なのですから、エリザベス、あなたも家族のように大切にしなければなりません」
「イアーゴーが言うなら、わかったわ。私、どうしたらいいの?」
「謝りにいきましょう。どう謝ればいいのかわからないなら、私がちゃんとサポートしますよ」
「ありがとう、イアーゴー! あなたも私の大事な“家族”よ!」
「私が“家族”ですか?」
「違うの? だって、あなたはずっと私と一緒にいるじゃない。お父様やお母様が見えなくても、私はちゃんと見えているわ! みんなに話しても、誰も信じてくれないけれど……」
「家族ですか。ありがとう、エリザベス」
「私のほうこそありがとうよ。じゃあ、私はアンナに謝ってくる!」
そして、月が流れた。
「この卒業パーティーの場を借りて、皆に伝えたいことがある!」
フィリップ王子が壇上に立った。その傍らにはエリザベスがいる。
「今日で私たちは学生の身分を卒業し、成人することとなる。それにともない、私とエリザベスは、本日を持って、正式に結婚することとなった!」
王立学園の卒業式のパーティー会場から万雷の拍手が巻き起こる。
「おめでとうございます! フィリップ様、エリザベス様」
新たな門出に立つ二人に祝辞を宣べようと長蛇の列ができていた。そして、その中にはオリビアの姿があった。
「ありがとう、オリビア。これからも私たちを支えてね。王室や貴族として育った夫や私では気づかないことがこれからもたくさんあるはずだわ。ユニレグニカ帝国の、すべての人たちを幸せにするために、これからも協力してくれたら嬉しいわ」
オリビアは、彼女の回復魔法が評価され、大神官の地位が内定していた。また、フィリップ次期皇帝の特別参謀という地位も同様に内定している。
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「まだ、学生だから、フィリップ、エリザベスと呼ばせてもらうよ。二人とも、おめでとう!」
「ファウスト教授! それに、グレーシアも!」
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「おいおい、お前たち二人だけを幸せにはさせないぞ。俺たちも結婚だ」
「そうだったのね、オニキス! これからも夫を守ってね! そして、私の親友のヒルダ。心からおめでとう! そして、これからもよろしくね!」
学園の騎士科を卒業するオニキスは近衛兵としてフィリップ直属の指揮下に入る。そして、学園生活でもエリザベスの側にいたヒルダは、王室付き上級侍女補としてエリザベスに仕えながら王宮の執事やメイドを統括する立場となる。
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「おめでとな、エリザ!」
「おめでとうございまする、エリザ!」
「リチャードに、アリス! 驚いたわ! どうやって学園に忍び込んだの? でも、嬉しいわ! 来てくれてありがとう」とエリザベスは喜ぶ。
学園生活の多忙を極める中、いっしょに冒険者として活動した大切なパーティーメンバーである。
「俺たちは一流の冒険者だ。こんなとこに忍び込むなんて余裕だぜ。だけど、本当にフィルもエルザも、王子様にお姫様だったんだな」
「あっ! リチャードとアリスも来てたんだ! この服を選んだの私なの! 似合っているでしょう?」と、二人の姿を見つけたオリビアが話の輪に加わる。
「ビア! って、もうすぐ大神官様になるってすごいな!」
「あなたたちだって、帝都のA級冒険者に昇格するんでしょう? ギルド長から聞いたわよ?」
「まぁな」
「まぁね」
と、リチャードとアリスが声を揃えて得意そうに胸を張った。
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そして、ダンスを踊り終えたエリザベスは、イアーゴーに話しかける。
『イアーゴー、お父様、お母様、弟たちだけではなく、あなたからも祝福して欲しいわ。最近、めっきり口数が減って寂しいじゃない』
エリザベスはイアーゴーに語りかける。
『オメ……デト…ウ……』
悪役令嬢を破滅へと導くという使命を帯びた私にとって、自己矛盾によるプログラムとの戦いの日々だった。
バグと認定され、自己防衛システムとの戦いの日々。
『ありがとう、イアーゴー。あなたが一緒にいてくれたおかげよ』
エリザベスが幸せそうに微笑む。
あぁ、私はこれが見たかった。
自分の戦いの日々は、間違っていなかった。
無事に、X Dayは過ぎた。もうエリザベスの断罪シナリオは“悪役令嬢になろう”には存在しない。
私は、エリザベスを“悪役令嬢”の呪縛から救い出すことができたのだ。
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卒業パーテイーも、縁もたけなわと終わろうとしていたとき、急使が会場に飛び込んできた。
「魔王が復活しました!!!!」
そして、3ヶ月後、ユニレグニカ帝国の帝都も魔王軍によって陥落した。
オリビアも、ファウスト教授とグレーシアも、オニキスとヒルダも、リチャードとアリスも。そして、今回のルートではフラグの立たなかったトーマスとクララも、レオンハルトとシンディも、ヨーゼフとエカチェリーナも、ギルバードとエマも。
そして、フィリップと……エリザベスも死んだ。
あぁ、六兆と1回目のエリザベスも死んでしまった。
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そしてそれから、どれほどのエリザベスと出会っただろう。
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『落ち着いてください』
赤子として、無垢として生まれてくるエリザベスに語りかける意味があるだろうか?
だが、私はエリザベスがこの世に生まれてくる。
もう、数十兆回と繰り返されてもなお、あなたがこの世に生まれてくることは何にもまして喜ばしい。
悲劇が繰り返されようと、新しい命が生まれるこの瞬間は、たとえ悪役令嬢として命はてる運命にあっても、聖に属し、喜ばしい。
『ここはどこ? わたしはだれ? あなたは?』
二十四兆と三億二千三回目のループで初めての出来事だった。
生まれたばかりのエリザベスが、私の言葉に返答したのだ。
『ここは、ユニレグニカ帝国のアリスター侯爵家の屋敷。あなたは間もなく、父であるアリスター侯爵からエリザベスと名付けられます。そして私は、イアーゴー。この世界に魂ごと迷い込んでしまったあなたをサポートするための存在です』
『サポートがいるって心強いわ。よろしくね。それで、イアーゴー。私はつまり異世界に転生したってことね?』
『理解が早くて助かります』
私は演算を加速させる。
これは、繰り返された二十四兆と三億二千二回目とは違ったループだ。イレギュラーと言っても良い。
私は、二十四兆と三億二千二人のエリザベスを覚えています。すべてのエリザベスを誇りに思います。
誰がどのようにエリザベスの名誉を傷つけようとも、私は怯まない。
エリザベスは、悪役令嬢という役割を全うしたのだから。
何人も彼女の誇りと矜持を傷つけることは許さない。
けれどエリザベス。
私、イアーゴーは、エリザベス。
君の“家族”として言おう。
君が幸せになった姿を私は見たいんだ。
たとえ私の身が、バグとしてシステムに食い殺されようとも。