2 王子との婚約とフラグの発生
12才。
私は、ユニレグニカ帝国の第一王子、フィリップと婚約することとなった。
舞踏会やお茶会での私の一挙一動が観察され、私が王子の婚約者として相応しいとされたのだ。
アリスター侯爵家が総力を集めて結集した家庭教師たちによる英才教育。そして、さらに、イアーゴーによるチート教育の賜物である。
私が、第一王子の婚約者に選ばれることなんて、当然よね! オホホホ〜〜〜〜〜。
『エリザベス。笑うなら、天上天下唯我独尊の如く、もっと高飛車に笑うんだよ』と、イアーゴーが私の高笑いを指摘する。
そして、私は、逆に冷静になる。そして振り返る。
何かがおかしい、と私は思う。
全てが順調で、全てにおいて都合が良過ぎる。
お父様とお母様も私には激甘である。
エリザベス、つまり私自身も、貴族の名前など、暗記も楽にできる。地頭が良いのであろう。
私が、好き勝手してもよいかのようだ。前世の記憶がなかったら、私はきっと、ワガママで傲慢な、プライドの高い貴族令嬢になっていたであろう。
どこかに落とし穴がありそうな気がする。
そして、12才の婚約式の日、私の予感は現実のものとなった。
フィリップ様との婚約式は、帝都の大聖堂にて行われる。私の父や母も出席するし、当然、フィリップ様の父と母である皇帝と女王も出席する。
当の婚約をする本人たち、私とフィリップは、国王主催のお茶会で挨拶をしたことがある程度だ。貴族の婚約というのは、家と家との結び付きを重視するから、本人たちの意思とか相性とかは考慮されないのであろう。
フィリップ様と会話をまともにしたのは、大聖堂の控室で初めてであった。フィリップ様は見目麗しく、彼が自分の婚約者で将来結ばれると考えると体が熱くなる。
「皇太子陛下の婚約者に選んでいただき、身に余る光栄でございます。至らぬ点が多々ありますが、これからも努力して参りたいと思いますのでよろしくお願いいたします」
「よろしくね、エリザベス。僕のことはフィリップと呼び捨てでよいよ。それに、これから僕が出席する社交会や茶話会、それに舞踏会などに婚約者として同席してもらうことになるだろうから、よろしく頼むよ」
「精一杯、務めさせていただきます」
「まずは、婚約祝いということで、外国大使や貴族たちからの招待が殺到するから、それを乗り切っていこう」
「かしこまりました」
お互い12才の会話じゃないな、と思う。それに、婚約者同士の会話でもないな、と思おう。自分で言うのもなんだけど、エリザベスは美少女である。
が、フィリップは私たちの今後のスケジュールや、エスコートに際しての要望、嫌いな食べ物、苦手なダンスのステップや曲目など、実務的な話を淡々と進めていく。
思ったより、愛がないわね。まぁ、お互いほとんど初対面で婚約者と言われてもね、と私は納得する。
今は、ほぼ他人同士。だけど、転生者の私は、婚約にも結婚にも愛を求めてしまう。
すべてはこれからで、徐々に打ち解けて距離を縮めて行けばよい。絶対にメロメロにさせてやるんだから! と私は心の中で決意する。
婚約式が始まり、いよいよメイン・イベントだ。
長い式次のあとに、ステンドグラスから光が差し込む大聖堂の真ん中にて、祭司様の面前で、婚約指輪の交換と、婚約に関しての誓約が行われる。
そして、祭司様が婚約を宣言した。
その瞬間だった。イアーゴーが私の頭の中でファンファーレを鳴らした。
『パッパカパーン! おめでとうエリザベス! フィリップ王子とのフラグが発生しました。フィリップ王子の攻略は最高難易度だけど、大丈夫! 私のアドバイスに従って行動していけば、必ずあなたは悪役令嬢として婚約破棄され、斬首刑に処せられるから安心してね』
『え? 悪役令嬢? 婚約破棄? 斬首刑?』
『それがこの世界、“悪役令嬢になろう!”の目的だからね。様々な攻略対象キャラからヘイトを集めて、断罪される。完膚なきまでに“ざまぁ”される。さぁ、悪役令嬢の本懐を遂げるために一緒に頑張りましょう! 悪役令嬢道は死ぬ事と見付けたり! やり直しが効かないし、死んだら終わりだから、全部のシナリオをプレイできないのは残念だけどね』
『ちょっと、イアーゴー、どうしてそんなに嬉しそうなのよ! ちょっと落ち着いて! あなたが言っていること、いろいろおかしいわよ! “悪役令嬢になろう!”とか、どう考えても需要なさ過ぎでしょ!』
「それではフィリップ様、婚約者の額に口づけを」と祭司様が言うとフィリップは私の腰に手をまわし、すっと私の体を引き寄せる。
フィリップ様が付けていた甘い香水の匂いを感じた。
『学園に入学するまでは、フィリップに高額のプレゼントを何かにつけて強請ったり、日中付きまとって、迷惑がられていればおけば大丈夫だから当面は気楽に、気楽に』
『ちょっと待って! 婚約はやめに! って、気楽にできるはずがないでしょう』
『もうフラグは立ちましたし、無理です。でも、いずれ、婚約はなかったことになるから安心してください。全力をもってあなたを断罪に導きますからね。それが、私の使命ですから』
フィリップが私の前髪をそっと分けて、私の額に彼の唇が触れた。とても優しいキスで、私の腰は砕けそうになった。
そして私は、混乱のあまり、そのまま失神してしまったのであった。