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殿下と学園長の長い一日

国立学園の学園長は、学園長室に住んでいる。

そんな噂が流れる程、朝早くから夜遅くまで学園で過ごしている人物である。

見た目はまあ、どこにでもいる銀髪メガネの紳士だが、魔術研究の第一人者で、特に魔法陣の開発に力を注いでいる。

彼の描く精密画のような魔法陣はそれ自体が芸術とされ、一部の好事家の間ではコレクションとして求められているほどである。

本人は普段学園勤めで滅多に人前に出ない為、作成される偏執的なまでに精緻な魔法陣から、知的なイメージが先行したミステリアスな人物として噂になっている。

だがそんな一部では有名な人物も魔法陣も、価値を感じない人間にとっては

「うーわ、相変わらず頭のおかしい陣描くなーあの魔法陣オタク」

と言う感想になる。

「ヴィノ・ラッカ!また君は私の陣を破壊して!どうしていちいち壊して歩くんだ!」

涙目で学園長室から飛び出して来た学園長の目の前で、彼が苦労して壁や天井に埋め込んだ魔法陣が無効化されて行く。

「何かぞわぞわすると思ったらまた監視用の魔法陣こんなに隠して…いい加減にその人見知りとコミュ障治した方が良いんじゃないですか?」

「うるさい!誰が来たか事前に分からなきゃ扉を開けられない人間の気持ちなんか君には分からないだろうね!余計な事をするのはやめてくれないか!?」

「この階に踏み入った瞬間まるで100人の人間に取り囲まれて至近距離でガン見されてるような気分になる人間の気持ちもわかって欲しいもんですが」

その為反射的に悪寒の元凶である魔法陣を攻撃してしまうヴィノである。

因みに普通の人間なら察知する事も出来ない隠された魔法陣を正確に無効化出来るのはヴィノの魔力が学園長を上回るからである。

ヴィノが入学して以来、魔法陣を壊される度に我を忘れて泣いて訴える事を繰り返してきたおかげ(?)か、学園長も最近はヴィノに対して人見知りしなくなってきた。

ある物は光りながら、またある物は音を立てながら砕け割れては消えてゆく魔法陣を泣きながら見送って、学園長がヴィノに向き直る。

「それで、今日は何だい?授業開始直前まで寝てる君がこんな朝早くにわざわざ来るなんて」

知的でミステリアスな研究者などそこにはおらず、いい年こいて人嫌い(若干恐怖症)を拗らせた引きこもり魔法陣オタクが半べそかいているだけだ。

しかし幼少期より様々な悪行で老若男女を泣かせてきたヴィノはその光景を何とも思わず、2枚の紙を無言で差し出した。

「欠席届?ヴィンセントさんとオズマ殿下の…ってコレ両方、あからさまに君の筆跡なんだけど?」

「二人ともペンも持てない有様なんで」

「オズマ殿下は体調不良だけど、ヴィンセントさんは看病だろう?何でペンが持てないんだ?」

「とにかく!そう言う事なんで。後は頼みますねー」

クルッと踵を返し走り去る…寸前、ヴィノが学園長室の扉に両の掌を叩きつける。

「これで警備と先触れは完璧ですよがくえんちょー!ついでに対人のトレーニングも頑張って!」

礼は要らねぇぜっ!と叫びながら今度こそ走り去るヴィノをあっけにとられて見送っていると、先程叩かれた扉が光りだした。

「は!?魔法陣…何の!?」

扉に現れたのは学園長の物に比べると簡素と言ってもいいほどシンプルな魔法陣。

それにとてつもなく嫌な予感を感じる学園長。

やがてズズズ、と扉に浮かび上がった2つの魔法陣から人の形をした何かが吐き出される。

「等身大の…ドール?凄い、人間みたいだ」

通常は媒体となる人形に魔術で機能を付与して作るドールを、陣を使用して100%魔力のみで形成しているのだろう。

「器用どころじゃないな…」

一体は筋骨隆々といった体躯に軍服によく似た服装をし、手には槍、腰には剣を装備した厳つい顔の男性。

その横に並んで、肉感的な体つきを強調するようなスーツをまとった派手な顔立ちの美女。

「警備は某にお任せください」

ガンッと槍の尻を床に叩きつけて男が言えば、

「来客の対応は秘書の私が致しますね」

と、女がやけに胸元を見せつけながら笑顔を浮かべる。

「喋った!?」

等身大で見た目も質感も人間そのもの。

しかも流暢に話されてしまえば、出処を知らない者には人にしか見えないだろう。

研究者としては非常に興味深い陣とドールではある。

あるのだが。

「いや、けどこれは…」

ドールたちは全身で学園長を威圧してくる。

たった今魔法陣から生み出されたばかりなのに、歴戦の猛者もかくやという覇気をみなぎらせる二人。

学園長が一番苦手なタイプである。

敬語を使われても頭を下げられても、謙られている気が全くしない。

「返品で!あぁぁぁ、この魔法陣どうやったら解除出来るんだ?」

探究心より、恐怖心が勝った。

製作者がヴィノである点も恐怖を煽った要因であろう。

扉に取り付き魔法陣の解読を始める学園長を自称警備員の男がヒョイと持ち上げ、無言で室内に放り込む。

「お茶でもいかがです?それとも何かご用がありますか?」

閉じられた扉を背にした自称秘書の女が浮かべる笑みにも、怯える学園長には何か裏があるようにしか見えない。

「ヴィヴィ…ヴィノ・ラッカをここに呼んでくれ!」

ジリジリと後退りながらこの事態の元凶を呼び出すよう伝えると、

「申し訳ありません。それは出来ません」

妙に無機質な声と口調で女があっさりと断ってきた。

「なんでだよ!?」

学園長は泣き崩れた。


その日、学園長室への立ち入りは謎の警備員と秘書に厳しく制限され、学園長に会えた人間は誰もいなかった。


学生会長オズマの朝は早い。

体力作りのジョギングや護身用の鍛錬で体を動かし、魔力制御の為に瞑想し、新聞各紙に目を通しながら朝食を取った後、身支度を整える。

どこかの侍女とは違う有能な世話役のサポートを受けながら朝の日課を終えたら、世話役に見送られながら部屋を後にする。

いつもなら授業開始の大分前に校舎に入り、学生会室にて仕事や予習に勤しむのだが、その日は校舎のどこにもオズマの姿は現れず、学園長の秘書から各所へオズマ殿下欠席の報が伝えられたのである。

入学以来初のオズマの欠席に皆は驚き、突如現れた学園長の秘書についての話題はかすみ、いつも以上に姿を見せない学園長についても言及されることは無かった。

体調不良と共に要安静、かつアマリアが看病に付くことも伝えられ、部屋への訪問は禁止された。

オズマの世話役はいつも通り部屋を出る主人を見送っているのでまさかオズマが行方不明になっているなどとは思いもしない。

かくしてその日、オズマとアマリアが寮の部屋どころか学内のどこにもいないことに気付く者はいなかったのである。


「ここは、何処だ…?」

自室から出た途端見知らぬ場所に放り出されたオズマは呆然と呟いた。

驚くほど天井の高い部屋は、凝った彫刻の施された壁からあちらこちらに飾られた花まで、室内にあるもの全てが白一色で統一されている。

一面ガラス張りの壁の向こうには雪原が広がり、適温が保たれている室内とは別世界だ。

「待て。雪だと?」

これから暑くなろうかというこの季節に?

ありえなさ過ぎて逆に落ち着きを取し戻すオズマ。

彼はこうした不条理をもたらす存在を身近に知っている。

「ヴィノか」

苦々しく呟くと、背後から忍び笑いが聞こえてくる。

振り向けば、先程まで無人だった室内に昨日ぶりの婚約者が笑っている。

白いドレスを身に纏い、白いテーブルに座り、白いティーカップを持ちながら。

「アマリア」

「ヴィノの世界へようこそ殿下。」

お座りくださいなと席をすすめられるが、のんびりとお茶を飲んでいる場合ではない。

「誘拐ごっこはまた今度にして、元の場所に戻してくれないか」

「大丈夫ですわ殿下。今頃は私達の欠席届が受理され、関係者に周知されている頃です」

「欠席届を書いた覚えはないんだが?」

何一つ大丈夫な要素の無い話にオズマの顔が引きつる。

回答を求めてアマリアを見つめても、笑顔を浮かべて答えないあたり、何かまたろくでもない事をしたのだろう。

欠席届を提出したのはここにはいないヴィノだろうか。

誰に渡しても詳細を求められるのは必至だろうに、一体どうごまかしているのか。

「今日は授業以外にも予定があるんだ」

「学生会の会議と転入生の引率、ですか?別に他の方でも事足りますでしょう?」

無駄だと思いつつの訴えは案の定無駄に終わった。

ここが魔術で構築した空間だと言うなら魔力をぶつけて破壊できるかもしれないが、取り込まれた自分たちがどうなるかが分からない為試す気にはなれない。

空間を拡張して無機物を収納する魔術は一般的だが、人間を取り込んで持続する空間魔術など聞いた事もない。

溜息をつきながら音を立てて引いた椅子にドッカと腰を下ろし高々と足を組む。

行儀の悪い真似は不服を伝えるせめてものパフォーマンスだったが、目の前で面白そうにしている婚約者には何のダメージも無さそうだ。

「大丈夫ですわ殿下。たとえ一国の王が急にいなくなっても、後から見れば何事も無かったかのように歴史は続きます。学生会長如きが一日不在にするくらい、何と言う事もございませんわよ」

「その不敬すぎる例え話は聞かなかったことにしてやるが、ではなぜお前たちは俺をここに閉じ込めるような真似をする?俺が1日休むくらいの事、何ほどのものでもないんだろう?」

「歴史には影響が無くとも、私達にはあるかもしれないからですわ。一度は眠気に負けてしまって、本人が来てみないことには対策の立てようもないと投げやりに終わったのですが、再度話し合ってやれる事は全て試してみようと言う事にヴィノと決めましたの」

「次からは結果を出す前に俺も話し合いに参加させて欲しいものだが。つまり?」

姿勢を正してアマリアに向き直れば、アマリアもカップをおろしてオズマを見つめる。

いつもアマリアの側にはヴィノがいる為、オズマがアマリアと二人きりになる機会はほとんど無い。

互いにそれを望むことも今まで無かったからだが、話していて邪魔が入らないというのは良いものだなとオズマは思った。

「殿下に本日やって来る転入生と、出会って頂きたくないのです。そして出来るなら、本日以降も距離をとって頂きたいのですわ」

思わぬ事を言われ、オズマは瞬きを繰り返す。

アマリアがオズマの人付き合いに口を出すのはこれが初めてである。

本来なら不敬であると不愉快に思うところだが、オズマはただ意外性に驚いただけだった。

通常ならば嫉妬からの発言とも取られかねない内容だが、まだ会った事もない人物との接近を禁止されると言うのも不思議な話ではある。

「…転入してくる令嬢と知り合いなのか?」

言外に以前何か揉めたのか?と問えば、アマリアは否と答えた後深刻そうに言葉を続ける。

「ですがおそらく、この先揉め事の素になる方です。特にヴィノとの相性が良くないと思われます」

「ヴィノなら魔術でどうにかしそうだが」

何ら罪のない相手を魔術で操ることをためらうヴィノでは無い。

さり気なく進路妨害をしたり、認識を阻害したりとやりようはありそうだ。

オズマには思いもよらない酷い事だってヴィノなら苦もなく考案し、実行するだろう。

「その方、魔力量が並ではないのでそうしたいつもの方法は使えませんの」

「いつもの、と言うほど多用しているとは思ってなかった」

知りたくなかった事実を掘り出してしまったオズマは遠い目になり、外を眺める。

(ヴィノの力が通用しない程の魔力を持つヴィノと相性が悪い存在、か)

相変わらずの雪原と相まって心が凍て付きそうだ、とオズマはいつの間にか手元に現れていたティーカップを手に取り暖を取る。

白に灼かれた目に紅茶の色が鮮やかに揺らいだ。

「そういえば昔、学生会の役員を選ぶ際にヴィノが口を出してきた事があったな」

ふと、学園の人間についてと言う共通点を持つ話題が過去にもあった事を思い出す。

オズマは学生会自体には一年の頃から所属していたが、学生会長になったのは2年生に進学してからだ。

会長権限で役員を選ぶ際に、オズマはそれまでの慣例に従って身分と学力が上位の者を選ぼうとした。

しかし、それを聞いたヴィノが待ったをかけたのである。

曰く、身分の高いモノばかり集めては下の者が声をかけにくいし、勉強のできる者が必ずしも能力が高い訳でない、と。

一理ある、と階級に関わらず能力と人望を基準に選んだ役員は、当初予定されていたメンバーとは全く違う顔ぶれになったが、各自主張ばかり強く協調性が無かった前年度に比べると非常に纏まりのある集団になった。

選出に漏れた面々は自分より下位の者に従うのを嫌がった為学生会を去り、そのまま距離を置くこととなった。

結果的にヴィノの助言はオズマの周りから高位貴族の子弟を遠ざけたとも言える。

今思えば自分とは関係のない事柄について、ヴィノが言及したという事に違和感を覚える。

ヴィノは目の前にいない人間を気にかけることなどしないとオズマは思っているからだ。

ヴィノに限ってオズマの為などと言う事はないだろうし、不特定多数の学園生の為と言う事は更にありえない。

「俺から人を遠ざけて、お前たちは一体何がしたいんだ?」

アマリアとヴィノの間には、オズマには割り込めない何かがある。

それは昔から察していたし不満に思ったことも無かったが、もしかして自分は呑気過ぎただろうかとオズマは反省する。

少なくとも、自分に関わる事は把握しておかねばなるまい。

(それで二人の不興をかったとしても、俺にも果たすべき責任がある)

覚悟を決めて問いかけたオズマに、アマリアは予想外の答えを返した。

「私はただ、殿下と結婚したいだけですわ」

思いもしなかった返答に、オズマはまた瞬きを繰り返すだけの木偶と化した。


(今日は何だか、理解できない事ばかりが起きる日だな)

















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