来訪者は『アレ』に似すぎている
お題ワード3つを文中に盛り込んだ小説です。
9600字とだいぶ長くなってしまいましたが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
『アレ』ってなんのことでしょう……?(すっとぼけ)
その日、世界が困惑した。
最初に気が付いたのは、国際宇宙ステーションだった。
地球上空を90分間で1周するISSが、衛星軌道外縁に突如現れたソレを一番に発見するのは当然と言える。
しかし観測した職員達には、ソレがなんだか分からなかった。
僅かにわかった事は、推定全長400mほどの大きさだということ、そして全体が波打つように有機的な運動をしているということ。
その様子は、まるで宇宙空間を泳いでいるかのようである。
あまりに理解の埒外な存在、ISS職員はすぐさまNASAへと映像を送ったが、宇宙研究の専門家たちが集うNASAの研究員をもってしても第一印象は『なんだこれ?』だった。
受け取った映像と画像を確認していたザックは、眉間に皺を寄せて隣席の男の肩を叩いた。
「アヴァー。おい、アヴァー!」
「あん?いきなり騒がしいな」
「……なんだと思うこれ?」
「はぁ? ……ISSからの映像か?」
呼ばれてザックのモニターを覗き込んだアヴァーも、すぐさま彼と同様に顔をしかめる。
「わからんが、なかなかでかそうだな。推定……400m? ISSの4倍ぐらいはあるじゃないか」
「しかも、いきなり突然現れたように見えたらしい。他の衛星の観測データを集めてみないと、はっきりとしたことは何も言えないが」
「映像もあるのか。それにしてもこれは、なんかこう、動きが生物的だな」
「だよな。まるでウミウシが泳いでいるみたいだ」
二人で首をひねっていると、ザックのインカムから着信を告げるコール音が流れてくる。
画面に表示されているのは、ISSからの呼び出しを意味する文字だった。
『こちらISSよりタカイ。隣にシーリアもいる。ザック、聞こえるか?』
「ああ、聞こえているぞ、タカイ、シーリア。なんだ、あれは?」
『全くわからない。そちらでも分析してほしくて、急いで映像を送ったんだ。どうだ?』
「どう、と言われても……フロア全体につないでも良いか?」
『もちろんだ』
ザックはすぐさまインカムのマイクをミュートにし、慌ただしく立ち上がり早足で歩きだす。ついてこい、とアヴァーに目線を遣ると、頷いて付いてきてくれる。
目指す先は、フロアを統括する立場でもある上司のデスクだ。
アナログ人間の彼は、難しい顔をして何やら手元のノートに書き込みをしているところだった。
「忙しいところすまない、ベン。緊急だ」
「ちょっとだけまってくれ。ここがこうで、こうか。……よし。なんだ? 緊急とは穏やかじゃないな」
「どうにも、口で説明するのが難しい。ISSから奇妙な映像が送られてきたんだが、フロアのモニターとスピーカーに繋いで良いか? 今タカイ、シーリアとも通信中だ」
「……わかった。やってくれ」
二人の真剣な表情に、ベンはすぐさま了承をし、フロアへと呼びかけを行う。
「全員聞いてくれ! 今ISSから奇妙な情報が届いているそうだ。モニターとスピーカーをつなぐから、いったん作業を止めて確認してくれ」
そのよく通る声に、職員が俄かに騒めく。
デスクに戻ったザックがキーボードを操作すると、ほどなくしてフロアモニターにISSの二人の映像が映し出される。
「これでよし。……タカイ、聞こえるか?」
『ああ、よく聞こえる。ありがとうザック。……こちらISS。NASAの皆、こちらを見てほしい』
先ほどザックに送られてきた映像と同じものがフロアモニターに映し出され、職員達の驚きと困惑の声が溢れ出す。
ベンも目を細め、モニターの映像を注意深く観察している。
『これはつい先ほど、衛星軌道付近に突如現れた物体だ。正直、これが何なのかさっぱり見当がつかない』
「ありがとう、タカイ。しかし、本当に謎だ。かなりの大きさみたいだが、どこからやってきたんだ?」
『少なくとも、こちらでは観測できていなかった。これほどの大きさであれば、事前に捉えられておかしくないのだが……』
「微妙に動いているのか? まるで、生きているみたいだな」
「まさか、宇宙生物、なのかしら?」
「おいおい、SFかよ」
「形はシンプルだな。大きさに対して、厚みは薄いようだ」
「色は……白っぽい、アイボリー色? だろうか」
職員達が口々に疑問を口に出し、フロア全体が騒然となる。
しかし、いくら議論を重ねたところで、その存在が何なのか答えを出せる者はいないようだ。
見た目でわからない以上、様々な角度からの情報を集めなければならない。
『こちらで観測した限り、大気圏に突入するような動きは見られなかった。もしあれが同じ位置にいるのであれば、80分後に再接近する。何か指示があるだろうか』
「ちょっと待ってほしい、こちらでも各衛星のデータを収集しよう。場所は……ちょうどアメリカ上空なのか。おい! 各天文台にも連絡を飛ばせ!」
『――わかった。ではそちらからの指示を待つ』
ベンの指示に、職員達が慌てて動き出す。
電話を矢継ぎ早に掛ける者、激しくキーボードをたたき始める者、資料室へ駆け出す者、等々。
かくして、この奇妙な映像データはNASAの各職員、そして宇宙を観測研究する各国機関へと瞬く間に広められていった。
一方、通信が切れたISSでも、シーリアとタカイが議論を交わしていた。
互いに宙を漂いながら、散々見尽くした映像を前に意見を出すが、やはりこれといった答えは出てこない。
「はーあ。結局、指示待ちになったわね」
「やはりNASAにもわからない、か。未知の宇宙生物なんだろうか」
「どうでしょう。でも、少なくとも彗星やデブリには見えないわ」
「そうだな。しかしそれにしても……なんだか見覚えがある形なんだよなぁ」
「そうなの? 私にはピンとこないわね。強いて言えば……アルファベットの『U』の形かしら」
「――あ、それだ、それだよシーリア!」
「え?」
思い至ったとばかりにタカイが手を打ち、シーリアを見つめる。
「そうか。日本では割とメジャーだけど、海外ではほとんど使わないって聞いたな」
タカイが悪戯っぽくにやりと笑い、携帯端末で調べた「それ」の画像をシーリアに見せる。
しかし、一方のシーリアは見せられてもピンと来ず、眉をひそめ不満気に呟くのだった。
「だから……なんなのよ」
謎の物体との邂逅から、5日が過ぎた。
NASAは、このU字形状の巨大で奇妙な存在に『BCBR』との呼称を定め、様々な研究機関と連携し着々と調査研究が進めていたが、未だこれといった答えは出せていなかった。
その間、奇妙な物体は全身を絶えず波打たせながらもアメリカ上空に静止し、地球と一定の距離を保ったままである。
生物的な動きをしつつ、宇宙空間に突如現れ、しかし位置は動かない。
――その様は、あまりにもチグハグで、奇妙だった。
NASAの会議ブースでは、ベンとザックとアヴァーの三人が、様々なデータを突き合わせながらの議論を行っていた。
先刻、『BCBR』の表面の拡大映像と、電波観測による構成分析、それに追加の写真や映像が送られてきたためだ。
「まずは、表面の映像だな。どれどれ……」
ベンが褐色の太い指でコンソールを操作し、画像をスクリーンに表示させた。
三人は見落としがないように、画像の細かい部分まで目を細めて注意深く観察をする。
「うーむ。こりゃまるで、腸の絨毛みたいだな」
「感覚器官、でしょうか。何やら体表全体から電波的信号を発している様子もあるみたいですし」
しかめっ面のベンの言葉に、手元の資料を捲りながらザックが意見を重ねた。白い肌の彼の目元には、ここ数日の睡眠不足のせいか、くっきりとした隈ができてしまっている。
映し出されたアイボリー色の『BCBR』の表面画像を見るに、びっしりとくまなく突起のようなものが生えているようで、さらにその突起自体にも細かく毛のような物が生えているようだった。
そして各部を移した拡大映像それぞれからすると、どうやらU字の体の全身に均一に備えられた特徴であることが伺える。
全身が感覚器官で覆われている可能性あり、とアヴァーが自分の顎鬚を撫でながら手元資料にメモをし、そこでふと何かに気が付き発言をする。
「もしかして体毛、なんでしょうか。繊維質の集合にも見えますね」
「ああ、確かに。その可能性は十分ある」
「体毛と感覚器官を兼ねているという生物は地球上にもたくさんいますし、こいつもそうなのかもしれませんよ」
「宇宙空間で何故毛が必要なのか……電波信号で、ソナー的なことをしてるんだろうかね」
「他に目のような器官は見当たりませんしね」
うーむ、と低く唸りながら、ベンが黒く縮れた短髪を掻いた。
そして手元のコンソールを再び操作し、次の資料をモニターに映し出す。
「これは、断面ですか? CGに見えますけど」
「内部を透視しようとしたんだが、詳細が分からなかったそうなんだ。だからこれは、断片的に得られた情報を統合して作った、予想の断面だ」
「なるほど。体組織も未知の物質で構成されてるんでしょうか」
「あり得るね。この予想が正しいとすれば……ある程度中空の構造みたいだなぁ。環形動物、のような奴なのかも」
「生物ならそこに内臓が詰まってるのが普通だが、そのような陰影はほとんど見えなかったそうだ」
「完全に袋状の生物、ですか。……ほんと、調べれば調べるほど奇妙ですね」
全身が体毛に覆われている、内臓がなく中空の袋状、とアヴァーはメモを書き足す。
いくらメモを考察しても答えが出ることはなさそうだが、未知なものを理解するには、とりあえず気が付いたことを列挙してみるに限る。
それを横目でなんとなく見ていたザックが「……うん?」と声を上げた。
「ベン、拡大映像をもう1度見せてもらえます?」
「もちろんだ。……ほれ」
ベンが、再び体表面の画像を映し出す。それと手元の資料を見比べてながら、ザックは首をひねる。
「なんかこれ、絨毛そのものも繊維質の集合に見えません? こう、縒られているような……」
「……確かに、そう見えるな。繊維を縒ってループして作られた突起、という感じか」
「ああそう、まるでパイル布地みたいなんですよ」
「いくら宇宙生物とはいえ、そんな生物いるんでしょうか」
追えば追うほど増えていく疑問に、うーん、と同時に三人は唸り、暫し沈黙した。
ベンは苦々しげにタンブラーのコーヒーを啜り、ザックは資料を忙しなく捲り、アヴァーは髭を弄びながら自分のメモに書き加えをする、が解明の道筋は見えてこない。
「――しかし、あれですね」
ふぅ、と長く息を吐きながら、アヴァーは漏らす。
「こいつ、アレに似てません?」
「アレ?」
その視線は、自分の書いたメモを行ったり来たりしている。
U字型で、薄くて、袋状で、表面はパイル布の様な繊維質――
「――あぁ! わかったぞ、アレか!」
なるほど、とベンは手を打ち、アヴァーと目を合わせニヤリと笑みを浮かべ合った。
『BCBR』と人類が遭遇してから、28日。
未だ全容が掴めないその正体だったが、アレはやはり生き物であり、そして今のところ害意はなさそうだという目算が強まっていた。
しばらくアメリカ上空に留まっていた『BCBR』だったが、10日後からは地球からの距離を変えないまま、地球各地の上空へと移動を開始していた。
その様子はまるで、地球の様子をじっくりと観察している様にも思える。
それと同時に移動の間、NASAは『BCBR』から発せられている電波信号が、徐々に強まり指向的になっていることを観測していた。
そしてこの日。
なんとついに、電波信号に明確な『情報』が乗せられ始めたのだった。
『――ザッ、ザザッ――――ガァッ、ガガッ――チキュウ、ジンルイ――――ワタシ、キボウ、マナブ――ユウコウ、ワタシ、トオク、トテモトオク、キタ――』
たどたどしく単語の羅列であったが、それは明確な『言語』。
どうやら上空でずっと待機していた理由は、会話の通信を傍受することで現地の言語を習得しようと試みていたから、だったようだ。
メッセージを受け取った人類にとってはまさに驚天動地であったが、約1か月を経て初めての手ごたえである。
すぐさまNASAを筆頭とした世界中の宇宙研究機関が動きだし、『BCBR』への返信が試みられた。
最初のメッセージは、限られた時間で考えに考えた結果『私たちはあなたを歓迎します』とシンプルなものになったが、数時間して『感謝』と返ってきたとき、地球中が歓喜に沸き立った。
その後のコンタクトには、宇宙科学分野だけでなく言語学者や国連委員などもメンバーに加わり、客人の気を損ねないよう極めて慎重かつ迅速にコミュニケーションが図られていくこととなる。
そんな地球の叡智を結集して試みられたコミュニケーションだったが、言語はもとより根本の感覚の違いは大きく、互いを完全に理解するのは難しい。その中で、おそらく理解が正しいと思われている情報は、以下の通りだ。
曰く、遠く離れた銀河系から自分たち以外の知的生命体を探しにやってきた。
曰く、『BCBR』は宇宙における大型騎乗生物のようなものである。
曰く、所謂ワープ技術を使用して遠い距離を移動することができる。
曰く、袋状の中身には20人の乗組員がいる。
曰く、この星の人類と知識交流したい。
曰く、この星の地形を学びたい。
周知のとおり、地球人類はこれまで公式に地球外生命体と接触したことはなかった。
その初めて接触する地球外生命体が、恒星間航行をできる高度な科学技術を持つ知的生命体である。加えて、現状はこの上なく友好的とくれば、地球人類側が拒む理由などなかった。
もしかしたら、これで地球の宇宙航空分野も目覚ましい発展を遂げるかもしれない――との期待は、残念ながら崩れ去る事になってしまう。
そもそも巨大生物『BCBR』は、彼らの母星では家畜のようなもので、工学的に造り出せるものではなかった。
彼らが好意的に提供してくれたデータも地球の物理学ではすぐに解明できるようなものではなく、再現性に乏しい。
宇宙船としての機構も非常に独特で、どう考えても簡単に真似や応用をできるものではなかった。
『BCBR』は非常に伸縮性に富んだ謎の物質で構成されており、乗組員の指示に非常に柔軟に対応できる。
ワープ時以外で宇宙を推進する方法も、それを利用されていた。
彼らから受けた推進方法の説明を、四苦八苦して何とか映像化したものを見て、ザックは唸り声をあげた。
「こいつはすごい……」
「しかし、再現の可能性は絶望的だな……」
隣のザックも、画面を覗き込みながら苦渋の声を漏らす。
再現映像では、CGモデルの『BCBR』が柔軟に伸び縮みしながら推進を得る様子が描かれている。
彼らの提供情報によれば、『Uの字』の円弧を描く部分が口のように大きく開く構造になっており、宇宙の『空間』を取り込み吐き出す事を繰り返して推進力を得るのだそう。
さらに、『Uの字』裏面も開閉する仕組みとなっており、そこからサンプルを取り込んだり、乗組員が出入りできるようになっているらしい。
「それにしても、ザックもだいぶ頑張ってたよな。普段描かないスケッチも、相当やってただろ?」
「ちょっとはお前さんを見習おうと思ってな。いや、頭の中でいくら捏ね繰りまわしても、全然見えてこないんだ」
「不自由な彼らの言葉を読み解きながら作成したんだから、ここまでたどり着けただけで一つの成果さ」
「まぁ……残念ながら、『ブレイクスルー』はスケッチのおかげじゃないけどな」
「ほぉ?」
ザックの持って回った言い方に、アヴァーが訝しげに視線を向ける。
「ほら、お前がこの間言ってたアレを思い出してさ、試しに買ってみたんだよ。そしたらやっぱりイメージしやすくてさ」
「……なんか言ったっけ?」
「これだよ、これ」
そう言って、ザックはデスクに無造作に置かれていたソレを広げてみせると、「あぁ!」とアヴァーも納得の声を返した。
「まぁ、確かにそうだな。形も、素材感もそうだし、全体が伸び縮みして、『U字』の円弧が開き、裏面も開閉できる」
「偉大な功労者だよ――」
机の上で横たわる功労者の間抜けな姿に、どちらともなく笑いが起き、次第に大きくなり止まらなくなってしまう。
本当、こんなものが解決策になるとは――人生はわからないものだ。
「ありがとう――便座カバー!」
地球外生命体との初遭遇から、早4か月。
今日はついに、乗組員の宇宙人と人類が直接会合を行う日となっていた。
4か月の間、順調に交信は続けられ、『BCBR』側の申し出により地球地形の視察なども行われていた。
長い間上空に留まっていたアレを大気圏内に入れ、地表の様子をじっくりと観察したいのだそうだ。
なんでも、彼らの母星は地形の『高低差』と地表面の『水』が非常に少なく、そういったもの自体が非常に興味深いらしい。
そういうわけで、基本的には高度1万3千メートルほどを優雅に飛行し、地球全体を満遍なく観察していた『BCBR』だったが、『ナイアガラの滝』『イグアスの滝』『ヴィクトリアの滝』『エンジェルフォール』の4か所だけは、彼らたっての希望により至近距離での観察が行われた。
当日は関係諸国での調整がかつてないほど緊密に行われ、マスメディアとも連携した徹底的な情報周知と安全配慮がされた上で実施された。
元々観光客の多いナイアガラには、前日まで記録的な豪雨が続いていたにも関わらず、とりわけ多くの人々が駆けつけた。
来訪の様子を写した写真や動画はインターネットで瞬く間に世界中を駆け巡り、未だにありとあらゆる媒体のトップニュースとして君臨している。
特に『日本』という島国では、画像と共にあのワードが大沸騰した。
アイボリー色をした、U字型の布袋状の柔らかそうな物体。
それが、大量に流れる茶色い濁流の真上で、静止している――
『便座カバーか?』
『便座カバーだな』
『……便座カバーだわ』
なお、流石に宇宙人が『便座カバー』と呼ばれていることに気が付き腹を立ててしまったら――それはあまりに重大な損失ではないか、との意見が世界中から噴出した。
そこで、あくまで一時的措置としてだが、全世界で『便座カバーという文言のインターネット上へ書き込み』を禁ずる国際条約が結ばれることとなり、その異例な対応と検閲は速やかに実施された。
こうして『便座カバー』は現在、『名前を呼んではいけないアレ』として扱われるに至っている。
<<――そんなあらゆる艱難辛苦を乗り越え! やっと、今、人類は初めて! 宇宙人と対面します!>>
アメリカ合衆国、どこまでも広がる赤茶色の平原に、アナウンサーの熱迸る実況が吸い込まれていく。
この平原で、これから宇宙人と地球人の初会合が行われるのだ。
世界各国がこの会合に注目しているが、「相手を不用意に警戒させてはならない」との意見もあり、こちら側の人数は国連関係者・米国関係者・マスコミ関係者・NASA関係者等をすべて合わせて100人程度に制限している。
映像の中、すでに『BCBR』は地上5メートルまで降下しており、あとは乗組員達が降りてくるのを待つばかりという状況。
そんなテレビショーの中継映像を携帯端末で流しながら、NASAのベン、ザック、アヴァーの3人もまた固唾を飲んで見守っていた。
もちろんNASAとしてもカメラクルーを入れており、その映像はフロアモニターでも流されているが、やはりプロの実況はそれとして興味深い。
「さてさて、何がでるやら」
「期待通り、リトルグレイが出てきてほしいところだな。宇宙科学に対する誹謗も、幾分か雪がれることだろうさ」
「いやいや。ここはやっぱり、期待を裏切ってほしいですよ。彼らの話からすると、背丈は我々の半分ぐらいらしいじゃないですか」
「『BCBR』があれだけデカいだけに、意外でしたね。まぁ、そのギャップにもワクワクしますけどね」
3人が思い思いに期待を述べる。
緊張は当然としてあるが、その瞳は皆一様に少年のような無垢の輝きに満ち満ちている。
「……お、ついに来るぞ!」
<<来ました! 今、『BCBR』の下方が開き、乗組員が続々と下りてくるようです! ゆっくりと、宙を漂うようにゆっくりと、降りてきます!! あぁっ、私たちは今まさに、『SF』の世界が現実になる歴史的瞬間を目撃しているのです!!>>
ベンの言葉とアナウンサーの中継が重なり、中継映像の中では宇宙人の上陸が始まった。
『BCBR』の地表側の面が裂けるように開き、溢れる眩い光の中から事前の情報通りの小さな影が、重力に逆らうようにゆっくりと降りてくる。
その様子は、光の中UFOから降り立つ往年のSF映画の宇宙人そのままだ。
しかし、その光が逆光となり、姿の全容ははっきりと捉えられない。
<<――光が収まり、今、彼らの姿がはっきりと確認、でき、ま、した>>
「……なる、ほど」
「これは――」
地表に降り立った宇宙人たちの姿に、思わずアナウンサーの歯切れが悪くなる。
姿を確認したザックとアヴァーも、言葉を飲み込む。その姿はまさしく――
「……『アレ』、だな」
「『アレ』ですね」
「いや、ここは『BCBR』と全く同じ姿、と言うべきかな」
降り立った――と言っても地面から浮遊しているのだが、宇宙人たちは所謂『人型』ではなかった。
『BCBR』を縮小した、同じ姿形だったのだ。
人類の半分程度の大きさで、布のようなU字状物体。それはもう正に、『アレ』そのままにしか見えない。
<<い、今、世界を代表して、国連事務総長と我らが合衆国大統領が! 宇宙人との会見に臨みます!>>
万雷の拍手の中、2人の地球人代表と宇宙人が相対する。地球の当然のあいさつとして、握手の手を差し出す。
ある程度『地球の文化』を伝えてあるとのことで、彼らも空中に浮いたまま『手』を差し出す。
「なるほど、あそこが『手』だったんだ……」
地球側が差し出す手に応えたのは、宇宙人のU字の『2本の先端』。その様子に、アヴァーが頷きと共に感心の声を漏らした。
――ちなみにこの時のことを、国連事務総長は後にこう語る。
『ふわふわしていて、とても肌触りが良かった』と。
<<私タチワ、コノ星、トテモ好キ、ナリマシタ。私タチ、星ニ帰リマス、シカシ、スグニ戻リマス>>
<<――宇宙人が、メッセージを発しています! 私たちの言語を学習し、話してくれているのです! 感動的瞬間ですね!>>
<<私タチ、花ヲ愛シマス。アナタタチモ、好キ、知リマシタ。ダカラ、私タチ、花、ナリマシタ>>
<<なんと、宇宙人は我々との友好のために……えーっと、体の表面に、花の模様を描いてくれたようです!>>
「あの体はそういうこともできるのか」
流れる中継の言葉と共に映し出された宇宙人の姿に、ザックがより興味深い視線を向ける。
言葉通り、毛揃った彼らの体には花の模様が描かれていた。地球の言葉で表すならば『ボタニカル柄』だろうか。
「しかし、あのタオルっぽい表面に花柄があると、こう、益々……」
「『アレ』だな」
「『アレ』、ですね」
<<コノ星デワ、祝イノ時、花ヲ贈ル文化、知リマシタ。私タチノ星、似タ花、複製シマシタ>>
<<花言葉、文化モ、学ビマシタ。トテモ、好キナリマシタ。『愛』デス。受ケ取ッテ、欲シイ>>
宇宙人が、何やら花の鉢植えらしき物を渡す。その花は白く、華やかで、とても豪華だ。
「どうやら『胡蝶蘭』っぽいですね」
「複製なんてできるのか。本当に興味深いな」
「『胡蝶蘭』の花びらって、ちょっと『アレ』に似てません?」
「…………流石に考えすぎだ」
中継映像では、今度は地球人側から花を差し出しているようだ。
あまりに予定調和で式典めいた流れだが、この辺りは何らかの形で『打ち合わせ』していたに違いない。
地球人に広く受け入れられる為の友好アピール、ということなのだろう。
<<コノ花、私タチ、トテモ愛シテマス! ミンナ、使イマス! トテモトテモ、嬉シイデス!>>
地球が差し出したのは『プルメリア』と呼ばれる、肉厚で柔らかな花弁が特徴の花。どうやら、宇宙人側から要望があったようだ。
これを、使う? ――ベンは、その言葉に疑問を感じながら、次の言葉を待つ。
<<私タチ、排泄ノ時、尻ノ下、必ズ敷キマス!>>
――流石に、我慢できなかった。
ベン、ザック、アヴァーは、声を揃えて叫んだ。
「――『便座カバー』かよ!!」
如何でしたか。
お題ワード: 花言葉、巨大生物、便座カバー
ちなみに、ほんのり小ネタも仕込んでいますので、興味があれば読み返してみてくださいね。
ほら、恥ずかしがらず声に出してみて!
ベン……ザック……アヴァー……
シーリア……タカイ……
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