8話/壊れたモノたち
ウロレベ、能力バトル要素が出始めます。
撃たれたプールの監視員だが、見た目ほど大した負傷ではなかった。
駆けつけてきた遊園地の警備員が、担架で慌てて運んでいく。
むしろ問題となったのは、男たちによる被害よりも、その後に起こったパニックの方であった。
「み、皆さん! 気持ちは分かりますが、落ち着いて、落ち着いて行動してくださいまし! 落ち着っ――落ち着けっつってんじゃない!」
ツーサイドアップを振り乱しながら、無理矢理出口へ行こうとする客たちに叫ぶミル。
客の方はミルと警備員に任せ、ミライは男たちを完全に拘束・無力化。
時間をかけて油断なく仕事を終わらせ、人の少なくなったプールサイドを見渡す。
「おーい、少年! いるか? ……いないな」
トウジの姿を探すが、見える範囲にはいない。
こういう時自分ならどうするか、考えるミライ。
(肉体再生があるんだから、強化解除弾や爆弾相手に逃げようとは思わないはずなんだが……いやそれ以前に、最初の発砲の時点から既にいなかった気がするな。俺と別れた後、ジュースでも買いに行ったのか?)
ならミライもプールエリアの外に出ていき、トウジと合流するべきだろう。
しかし、この状態では外はひどく混雑しているはずだ。無理に出ていきたくはない。
爆弾はあるが、放っておいても爆発するわけでもない。それに、爆発したところで大した被害があるわけでもない。
ミライはため息をつきながら、男たちに向けて言う。
「……プールを丸ごと吹っ飛ばす高性能爆弾ね。あんなガラクタを持ち出しといてよく言ったもんだ」
「ぐっ……」
起爆装置を見る限り、仕掛けた爆弾は四つ。しかし、仮に爆発したところで、流れるプールの起流ポンプが吹き飛ぶ程度だろう。
人が泳いでいる状態なら怪我人も出ただろうが、今は誰もプールに入っていない。
遠くの喧騒が止むのを待っていると、こちらに向かって走ってくる足音があった。
「おねえさん! やはりまだこちらにいましたのね!」
「ああ、宮火さんか」
元気に近づいてくる、犬の耳のようなツーサイドアップ。
ミライは、彼女の姿をじっと見つめる。
「? どうしましたの?」
「いや、無傷だなって」
「はい、おねえさんのおかげで助かりましたわ!」
強化者の身体は、頑丈だ。治癒力も相応に優れ、大きな怪我でも傷跡が残ることはほぼない。
だが、強化解除弾による銃創に関しては別である。
(《ウロボロス》の無限再生ならともかく、普通の強化者が強化解除弾で受けた傷は常人並に治りにくくなる。『本来』の宮火が人前で肌を出さなかったのは……)
そういうこと、なのだろう。
今回のことでどれだけ今後の未来が変わるかは分からない。
だが、少なくとも、ミルの未来はそれなりに変わったと思われた。
恐らくは、良い方向に。
しかしそれが、果たして自分にとって良かったのかどうか。悩み、頭を掻くミライ。
「……まあ、今は良いか。宮火さんは少年――あー、竜胆トウジを見なかったか? 私とちょっと顔が似た、赤い海パンで黒髪赤目の、強化学院に通ってる一年生なんだが」
「えっと……ごめんなさい、先ほど見た限りではそのような方は――」
ミルが答えるのと、ほぼ同時。
べちゃり、と。
ミライの背後で、水気のあるものが落ちる音がした。
「……え?」
金髪の少女が、呆然とした声を漏らす。振り返るミライ。
「が、ふっ」
そこには、真っ赤に血で染まった。
「逃、げ」
五年前の、自分の姿が――
「しょうね」
「逃げろ、二人ともッ!」
脚を再生し、トウジが跳ぶ。
「っ!」
「きゃっ……!?」
トウジに突き飛ばされるミライとミル。
一瞬後、衝撃音。
同時に、トウジの腹部が吹き飛んだ。
「な……!?」
ミライの目の前で、トウジの上半身と下半身が千切れる。
何がそれを為したのか。鍛えたミライの動体視力は、誤たずそれを目撃した。
(強化解除弾、それも、対戦車級の大口径で……!)
強化解除弾は対人用の弾丸だ。普通なら、これほどの威力で放つ必要はない。明らかに過剰な火力。高過ぎる殺意。
(だが、発砲音が全く無かった! 一体どこから――)
「上、だ……」
トウジが、痛みを堪え、千切れた下半身と上半身を繋げながら言う。
「あの上に、敵がいる……!」
彼の示す方向を見る二人。
点検中のウォーターアトラクションがある高台。
そこに、一人の男が立っていた。
「――やはり、神を受け入れぬ者たちに頼るべきではありませんでした」
黒い司教服を身に纏った、巨漢。
極端に腰の曲がった姿勢だった。服装通り、聖職者であるのか。髪は全て剃っており、顔には穏やかな笑顔を浮かべている。
しかしその身長はおよそ三メートル、いや四メートルにも届くだろうか。両手には二丁の大口径ライフルをそれぞれ携え、片方をまるで杖のように突いている。耳に装着している補聴器も、いやに軍用的で物々しい。
「……何だ、あの脚」
だがそれより……何より異形だったのは、その下半身だ。
まるで象、あるいは竜脚類のように太い脚。石柱のようなそれは明らかなほど歪に大きく、脚部だけのパワードスーツで強引に補強されている。そして腰からは、まるで尾のように二本の太い柱型のものが飛び出していた。
司教服の男は、拘束された先程の男たちを見下ろし、言う。
「武装を与えられておきながら、強化者の一人も殺しておくことが出来ぬ無能。神の歯車にもなれぬ怠惰。決して許されるものではありません」
異形の神父が宣言する。
「我らは狂教会」
己が、体内に狂化異物を埋め込んだ者であること。
無機の怪物達に身を委ねた、人類の敵対者であることを。
「この身は四大使徒が一人、神の耳たるサークニカ。私は――」
「グダグダやかましいですわよ、狂信者!」
ミルが叫ぶ。
「あなたが黒幕で、そこの竜胆くんをこんな風にしたというのなら、容赦する理由は何一つありません! さっさと燃え尽きなさい!」
直後、彼女の周囲から噴き上がる灼熱の炎。上昇気流が逆立てるツーサイドアップ。
金髪の少女は強化したライターを両手で握りしめ、自らの能力名を叫ぶ。
「《イフリート345》、解放ッ!」
凄まじい勢いで炎が放たれた。
彼女が強化したライターは、炎を生み、操る。
迫る炎に対し、サークニカは片方のライフルを捨てる。
そしてそのまま、炎に向けて空いた手を握った。
「『消えなさい』」
ミルが放った炎は、相手に一つの火傷を負わせることもなく掻き消えた。
「なっ……!?」
「ふむ。どうやら、貴女は問題無いようです。結構。そして――」
ミライは、炎が放たれたその隙に、サークニカの背後へと回り込んでいた。
トウジを痛めつけられた怒りのまま、突撃する。
「お前が消えろッ!」
高い跳躍。頭部に向けて放たれる回し蹴り。常人なら、頭がそのままサッカーボールのように吹き飛ぶほどの一撃。
響く鈍い衝撃音。ミライの蹴りを無防備に受けたサークニカは――
「――貴女も、問題無い」
「くっ……!?」
無傷だった。
一切、微動だにすることなく、蹴りの衝撃が殺されていた。
(何しやがった、コイツ!? 何らかの耐性・無効化能力を持った狂化異物を体内に埋め込んでいる?)
「そしてあの少年もまた、問題は無かった。――何の支障も無く殺せます」
サークニカは握った手を更に強く握り締め、何かを解放するように開いた。
「『神に鉄を捧げよ』」
そして響く爆音。
流れるプールの中から立ち上った四つの水飛沫。
プール内に仕掛けられた全ての爆弾が、同時に起爆した。
「な、に……!?」
それは有り得ないことのはずだった。
ミライは、爆弾のうち最低一つが機能しないことを知っている。起爆するための雷管だって壊れ、使い物になっていなかったはず。
「どうやって……」
「雷管の狂化異物」
ミライに答える、サークニカの言葉。
「壊れている状態こそが正しいのです。かの狂化異物様には、しばし眠ってもらっていただけのこと」
「有り得ない……! 狂化異物の制御なんて相当な極秘技術のはずだ、カルト教団なんかが持っているはずが……」
しかしそんな理屈より先に、まずい、とミライは直感する。
狂化異物の発生には別の狂化異物が近くにいる必要がある。だが、その説明は正確では無い。全ての狂化異物は、一定以上の複雑性を持った無機構造物が特殊狂化振動波を帯びることで発生する。狂化振動波は狂化異物を動かすエネルギーとなり、それは他の無機構造物がもつ一種の複雑性を何らかの方法で増大させることにより伝播する。
端的に言えば。
狂化異物によって壊された物は、狂化異物になる。
「っ、二人とも、気をつけろ! 来るぞ!」
直後、プールの中から現れる、水で出来た、四体の東洋龍。
全長は十数メートルほどもあるだろうか。龍は近くにあった園内放送用の柱をへし折り、蛇のようにプールサイドへと這いずってくる。
四体の頭部内にそれぞれ存在するのは、壊れた起流ポンプ――雷管の狂化異物によって壊され、狂化異物と化した起流ポンプ。
水を操る狂化異物が、ミライたち三人に敵意を向けている。
「《げ、げげげ現在、園内は非常時となっております。来場者の方は、かkかかkかり員の指示に従って、避難、を――ご来場の皆さま、火右京リゾートワールドへようこそ! プールサイドは濡れており、大変転びやすくなっております! 保護者の方も、お子様も、是非走り回り逃げ回り、溺れ回り死に回り、当園のプールを息も出来ぬほど遊ばれますよう!》」
水龍に飲み込まれた園内放送用スピーカーが、異様な音声を吐き出し始める。
このスピーカーもまた、狂化異物によって壊され、狂化振動波を帯び、新たな狂化異物へと変化してしまった。
(しかし、よりにもよって、水か……! この三人じゃ相性が悪い! 起流ポンプ自体は過去の俺の打撃でも砕けるだろうが、その周りの水には打撃も炎も大して効かない!)
四体の龍。その口から発射される、いくつもの水弾。
ミライはそれを必死に躱し、ミルは水弾を爆炎で吹き飛ばす。再生を終えたトウジは先ほどの男たちを庇い、水弾を身体で受けつつ彼らをその場から逃した。
狂化異物を生み出したサークニカにも水弾が飛ぶが、彼に傷は一切無い。ただその体が濡れるだけだ。
「《ワワワン!》」
「お、おねえさん! カキョワンくんにも攻撃が!」
「放っとけ、そんなぬいぐるみ――いやそうか、そいつも機械か!」
起流ポンプ型狂化異物の放った流れ弾は次々とプールサイドを破壊し、近くにいただけのカキョワンくんをも吹き飛ばした。被せられていた犬の毛皮は剥がれ、中の機械が剥き出しになる。
「《ワンワン! ワンワンワ……未知のエラーが発生しました。ワンワンワン! 修理にはワンwaNサポートセンターにワN、連、絡……。――グワオ》」
獣の唸り声を上げるカキョワン。
複雑な構造物ほど、壊された時に狂化振動波を帯びやすい。狂化異物と化した機械犬が、リード型の電源ケーブルを引きちぎる。
「《グワオ……。――失敗――場――動――満――》」
「飛びやがった……!」
脇腹からの排熱風を利用し、カキョワンは空中に浮遊する。
巨漢の神父は満足気にその光景を見渡した。
「それでは、傲慢な強化者共を滅ぼしましょう。ご照覧あれ、我らが神。狂気の祖、無機の王たる神造機よ」
攻撃を無効化する異物の使徒。水を統べる龍の怪物。空を舞う複数の機械犬。
三人は、瞬く間に厳しい状況へと追い込まれてしまうのだった。
・まとめ
竜胆ミライ
未来知識には無い予想外の事態に内心ビビってるTSお姉さん。攻撃力がイマイチ足りない。
竜胆トウジ
肉盾男子高校生。実は前回ずっとサークニカと戦闘していた。その間に客が避難出来たのでえらい。
宮火ミル
ファイヤ系お嬢様。武装はライター。能力名は《イフリート345》。炎を噴射し、操る。
サークニカ
狂教会の神父。脚が異様に太く、腰から尾のように柱状のものが生えている。体内に狂化異物を埋め込んでおり、何かしらの無効化能力を持つ。
狂化異物
無機的な構造物が、狂化異物に壊されることで生まれる。元々複雑な物ほど、壊された時に狂化異物になりやすい。