19話/二年後に訪れる過去編
目を瞑れば、今でもあの『事故』のことを鮮明に思い出せる。
それはまだ彼女が彼であり、《ウロボロス000》を失っていなかった頃。
ミライの主観におけるおよそ三年前。
この五年前の世界から見れば、一年と数ヶ月後。
令成十二年の二月。
強化学院強襲志望科首席。
二年生にしてAランク強化者だった《ウロボロス000》竜胆トウジは、混乱と怒号が満ちる学院の中を駆けていた。
その時の強化学院はまるで戦場のような――否、強化学院はまさしく戦場だった。
廊下には瓦礫が飛び散り、少なくない量の血痕が床に広がる。四方八方で戦闘音が響き、壊れた器物が、意思を持って生徒たちを襲っている。
狂化異物の氾濫。
そしてそれは、八咫鏡で作られた仮想空間内の話などではない。
紛れもなく、現実世界で起こっているパニックだった。
(どうなってるんだ……? なんで、校舎の中にこれほどの狂化異物が? 一体いつの間にこんなことに……)
思考を巡らすトウジ。
その時、強警志望科の教室がある西側の校舎で、爆炎が舞うのが見えた。
悲鳴を上げて逃げ出す生徒たち。教室の中から四足獣のごとく飛び出してくる、机や椅子の狂化異物。
「またか……!」
トウジは下半身に肉食恐竜の脚のような外骨格を纏い、向かいの校舎へと全力で跳ぶ。
一息で数十メートルの距離を飛び越えた。ガラス窓を破って狂化異物が暴れ回る教室の中へ。
四つ足で歩行する机や椅子の狂化異物たちが、一斉にトウジへと敵意を向ける。
そして――
「――『壊拳』!」
薙ぎ払うような蹴りの一撃が、狂化異物たちをまとめて吹き飛ばし、無力化した。
強襲科の生徒たちと違って対物攻撃力が無く、狂化異物相手に逃げ惑うしかなかった強警志望科の生徒たちが声を上げる。
「た、助かった……!」「みんな、竜胆先輩だ! 竜胆先輩が来てくれたぞ!」「流石は次期生徒会長だぜェ!」
その歓声を聞きながら、かつて自分がFランクだった頃を思い出し、トウジは思わず苦笑いを浮かべる。なんとも言えず歯痒い気持ち。
頬を掻きながらトウジは指示した。
「あー、ひとまず全員、校門の外へ! 校門から出て右にある公園で、保健委員長が救急テントを張ってる! 怪我人はそこに連れてってくれ!」
「はい!」「了解っ」
生徒たちの返事を聞き、トウジは戦闘音がする別の教室へと走る。
その教室内では、風紀委員の腕章をつけた銀髪の女子生徒が、一人で数十体の狂化異物を引き付けていた。
時折、少女の手からカッと光が瞬く。
閃光は収束し、熱線となって狂化異物の表面を焦がすが、あまり効いた様子は無い。その光は本来、人間を眩さで失神・無力化させるためのものだからだ。
「風紀委員長!」
「竜胆後輩! ちょっとこれトドメ刺してください、僕じゃ攻撃力が足りなくて! 強警科は対人専門だってんですよ、もう!」
トウジは教室に飛び入り、風紀委員長にまとわりついていた狂化異物を再度蹴りで薙ぎ払う。
まさに鎧袖一触。この頃のトウジには、もはや生半可な狂化異物など敵にもならなかった。
「無事ですか、先輩?」
「いくら対人専門と言えど委員長ですからね。そう易々とはやられませんよ。でも――」
風紀委員長の言葉を遮るように、地面が揺れた。
耐震構造を満たしている強化学院すら揺らすほどの震度。ここにいるのが強化者でなければ、それだけで大怪我を負うほどの揺れだ。
「……っ。また……」
「し、かもこれっ、ただの地震じゃありませんっ。揺れが狂化振動波を纏ってる! この振動で何かが壊れたら、それだけで狂化異物が増えますよ!」
「狂化振動波を纏った揺れ……。……地下にバカでかい狂化異物でもいるんですかね」
「そんな馬鹿な、と言いたいところではありますが……。そうでもなきゃ説明がつかないのが困りどころです」
困ったように言う風紀委員長。
トウジは、彼女の制服の袖口に血が滲んでいるのを見て、顔を強ばらせつつ口を開く。
「……もう、先輩も避難した方が良い。これ以上は危険です。こないだの戦闘試験だってEランク判定だったんでしょう」
「む。ずっとFランクだったくせして言いますね。後輩が逃げるって言うなら考えてもいいですよ」
「逃げません。もうAランクなんで」
Bランク以上の強化者ともなれば、もはや一人前を越えた一線級だ。例え学生であっても、こういった非常時には狂化異物に対応する義務が生じる。
「そもそも最初から逃げるつもりも無い。最低でもこの事件が解決するまでは、学院に留まり続けます」
「……無理しちゃダメですよ。最近になってようやく実家とよりを戻せたって、言ってたじゃないですか」
少し呆れた様子ながら、風紀委員長が心配したように言う。
トウジは努めて冷静に、彼女に対して提案する。
「通信機器の狂化異物も発生してるみたいですし、連絡網も機能してない。とにかく先輩は一度外に出て、避難した生徒や先生たちから話を聞いて――」
――次の揺れは、一際大きかった。
それはもはや、揺れではなく断続する衝撃に等しいほどだった。世界を縦にシェイクするような凄まじい震動。
重力が斜めにはたらき始めだした。
(いや、違う! 校舎が……!)
倒れていく。
トウジは咄嗟に、風紀委員長の身体を抱え、窓の外へと飛び出した。
宙を舞いながら、背後から響いてくる崩壊音に振り返る。
二人が飛び出してきた校舎は、三階の辺りからへし折れていくところだった。
折れてグラウンドに落ちていく校舎の中には、逃げ遅れた生徒たち。いくら肉体強化があっても、このまま校舎が落下すれば生き延びるのは不可能だ。
「……っ、クソッ……!」
「いや、まだセーフです! 食育委員長が抑えてます!」
風紀委員長が学院の中庭に向けて指をさす。
そこには、お箸を構えたおかっぱ髪の女子生徒がいた。
他の生徒の補助を受けつつ、半ばから折れた校舎に向けて、つまむように箸を綺麗に構えている。
「念動力……!」
先にある物体を自由につまんで動かせる箸の強化者――《ヘカトンケイル443》。
対象が念動力に抵抗すれば解除されてしまうという欠点があるが、意思を持たない物体相手ならば相当な出力を発揮出来る。ゆっくりと、そぉっと皿に乗せるように校舎が地面に落ちた。
優しく重い衝撃音。学院のグラウンドに地割れが出来る。
校舎の重量ゆえに全くの損害無しとはいかなかったが、恐らくほとんどの生徒は無事だ。強警志望科の生徒たちが次々と校舎の中から這い出てくる。校舎も、折れてはいるが、ゆっくり落としたためか狂化異物にはなっていない。
「でも、これもう避難するかしないかなんて言ってられなくなってきましたよ!? 逃げないことにはどうしようも!」
「ですけど……!」
風紀委員長を抱えながら滑空するトウジが、歯を食いしばる。
そして、次の瞬間。
「《――対『宮火ミル』専用兵装、開発完了。有効度99%の殺戮を開始》」
グラウンドに出来た地割れから、破壊が噴いた。
本能が絶叫するような悪感。聞き覚えのある名前が呼ばれたことが何を意味するかなど、今は考察する余裕が無い。
「――! 先輩!」
「なっ……!?」
咄嗟に、抱えた風紀委員長を中庭に向けて投げ飛ばす。
恐らく食育委員長が受け止めてくれるだろうが、食育委員長は校舎を持ち上げて消耗しているだろう。保証はない。あるいは地面に叩きつけ、落下死させることになるかもしれない。
しかしそれでも、トウジは一刻も早くその場から彼女を逃がさなければならなかった。
「ぐ、お、あああああぁぁァァァッ!」
まるでグラウンドが噴火でもしたかのようだった。
大気が歪み、景色が屈折するほどの衝撃波が地割れの奥から天に向けて放たれる。衝撃に叩かれ、トウジの身体がへし折れた。
何も出来ず、トウジはただ落下する。
地割れの奥、学院の地下へと。
「がっ、はっ……! ぐ、ぅうううっ……!」
一体何秒落下し続けただろうか。
衝撃波の破壊と、落下の衝撃でグチャグチャになった自分の身体を再生し、トウジはゆっくりと立ち上がる。
周囲を見渡す。
冷えた空気が満ちる、地下空間。すぐそばには合金製の分厚い、しかし衝撃を受けて歪んだ隔壁が降りている。
いいや、シャッターだけではない。壁や床にも、凄まじい破壊を受けて抉れ、砕けた、尋常ではない戦闘の痕。
(生徒会長……! 副会長に、美化委員長と飼育委員長も……! 空手道部の部長に、不知火先生や教頭まで、みんな、やられて……!)
そこに、何人もの生徒や教師たちが倒れていた。しかも、学院の中でも有数の実力者たちが。
まだ息はある。
だが、彼らが倒されたのは恐らくかなり前のことだ。このまま放っておけば、命が危うい。
トウジが彼らを抱え、保健委員長の下まで連れていこうとした時だった。
「竜胆、くん……」
「不知火先生! 大丈夫ですか? 今、保健委員長のところへ……」
「待って、ください。宮火さんと、御剣くんが、まだ、廃造機と戦って……」
「廃造機? それ、歴史の授業でやってた三機の伝説級狂化異物の一つじゃ――」
目を覚ました教師、ぬいぐるみの強化者である不知火クルミが、隔壁に向けて指をさす。
「お願いします、二人を連れて、逃げてください。ここにいる人たちは、僕が……」
どこからか、いくつものぬいぐるみがひとりでに動き、集まってくる。
既に戦闘を行った後らしく、身体中が破けて綿が出ていた。
だが、それでも怪我人を懸命に持ち上げ、その場を離れ始める。
「地下空間の、セキュリティコードです。使えば、隔壁が降ろせます。もう、人型決戦学院の起動を待っている余裕なんて無い……。二人を見つけたら、すぐに、それを使って、逃げて……」
「人型決戦学院……?」
気になるワード。だが、一刻の猶予も無いと判断したトウジは、セキュリティコードの暗記だけをして、クルミから携帯端末を預かり隔壁の向こうへと走る。
そして――
「っ……!」
そいつはいた。
巨大な、機械だった。
大きさは果たして何十メートル、いや何百メートル。その全体を把握しきれないほどの威容。歯車や真空管、電子基板にガソリンエンジン。様々な部品が無秩序めいて組み合わさった、子供が造ったようなガラクタの巨人。
全ての狂化異物の祖である神造機と同時に生まれたとされる三機の内の一つ。それぞれが人類を滅ぼせるほどの力を持つと言われる、災厄の機神の一つ。
かろうじて人型とわかるその巨人の前に、御剣ハヤトが倒れていた。
折れた日本刀。地面に広がる血痕。
遠目でよく見えないが、手には、何か――時計の針のような物を、握っている。
「御剣!」
叫ぶが、返事は無い。
トウジは周囲を見渡す。しかし、宮火ミルの姿はどこにもなかった。
(さっきの、攻撃……。『対『宮火ミル』専用兵装』……。じゃあ、まさか……)
「く、はは」
男の笑い声。
トウジは、咄嗟に後ろを振り向いた。
司教服を身にまとった男だった。頭に何か奇妙な柱状の物を生やした、不気味な男。
「くはっ、くはは、くっははははは! やった、やったぞ! ついに機神は、廃造機は復活した! そうだ、オレが復活させたのだ! 今は無き狂教会の遺志を継ぎ、この四大使徒、否、新使徒長であるサンドリオが、かの機神を復活せしめたのだぁああああああ! 感謝するぞ協力者よ! くっははははは――あ?」
ガラクタの巨人の手が、サンドリオと名乗る男へと向けられた。
「《――対『サンドリオ』専用兵装、開発完了。有効度100%の殺戮を開始》」
「え、なん――ギギャアアアアアアアアッ!?!?!?」
衝撃波が放たれた。
すり潰れるような破砕音。
後には、もう、血痕すら残っていない。
(人が、死んだ……! こんなあっさり……!)
背後で起こる凄惨な光景を見ながら、トウジはぐったりとしたハヤトの身体を抱え、地下空間を駆け抜ける。
「おい、御剣! 起きろ! 大丈夫かお前! ヤバいぞこれマジで死ぬぞ!」
「……うるせえ……」
「起きたか! 宮火はどうなった?!」
「……。死んだ……」
「っ……! 大丈夫だ、お前は助かる! 絶対に助ける、安心しろ!」
「……黙れ。黙れ……ッ! ムカつくんだよクソがッ! なんでだ、なんでテメェなんかが、俺より上から――」
「《――対『御剣ハヤト』専用兵装、開発完了。有効度99%の殺戮を開始》」
収束する衝撃波が飛んだ。
「っ……、悪い、御剣!」
トウジは、咄嗟に背負っていたハヤトを投げ捨てた。――衝撃波から、ハヤトを逃がすために。
トウジの全身を衝撃波が叩く。骨が全て折れた。クルミから預かった携帯端末が壊れ、消し飛ぶ。
「ぐ、ぅ、ぁぁああああッ! 助け、たぞ、クソがッ……!」
「《ゲストID:XXXXXX。セキュリティコードが入力されました。非常時隔壁、作動します》」
隔壁の向こう側に投げ捨てたハヤトの姿が見えなくなる。
トウジは、一撃でボロボロになった全身を《ウロボロス》で再生し、次いで叫んだ。
「『外竜骨格』、生成開始……!」
全身に竜を模した白い外骨格を纏っていく。
通常の生物の限界を越えた高密度の筋肉塊。最適な比率で生成された脂肪による、ダメージを分散・軽減・吸収するための対衝撃構造。エナメル質で作り出された鉄を超える硬度持つ白磁色の鱗。竜の顎門に似た、白い兜が頭を覆う。
「いくぞ、廃造機ァアアアアアアアア!」
「《敵性確認。神造機からのコマンドに従い、四大使徒廃造機は有機文明を全廃します。――有効度12%の殺戮を開始》」
ガラクタの巨人がトウジを見定める。
向けられる掌。衝撃波。
(二回も喰らえば、覚えるんだよ!)
そして、トウジはそれを受け流した。『強化勁・流転』。外骨格の鱗を精密に操り、衝撃を伝導させる。もはや、この衝撃波はトウジに一切有効ではない。
衝撃波を凌いだトウジが走る。脚で『壊拳』を使い、地面を蹴って跳んだ。
「死ぃ、ねぇええええええッ!」
更に、渾身の力で殴りつける。全身の筋肉を使った『壊拳』。廃造機を構成する部品が、吹き飛んだ。
与えた損害は全体量の0.1%、あるいは0.01%だろうか。
しかし、それでもダメージを与えたことは確かだった。
(いける! ダメージは通っている! 神造機に匹敵する伝説の狂化異物が相手でも、《ウロボロス》は通用している! このまま削っていけばいつかは勝てるッ!)
「《――有効度11%の殺戮を開始》」
機神が動いた。
衝撃波は効かないと見たのか、その巨体と地下空間の壁の間にトウジを挟み込むように体当たりを食らわせる。
しかし――
「『流転』!」
効かない。
いくら規模が大きくとも、それがただの打撃であるならば、全盛期のトウジには通用しない。
(間違いない、こいつ、図体がデカいだけだ! 打撃や衝撃でしか攻撃出来ない相手なんて敵じゃない! 炎熱や電撃みたいな、《ウロボロス》に通用する攻撃を持っていないなら――)
「《――対『竜胆トウジ』専用兵装、開発完了。有効度79%の殺戮を開始》」
廃造機の胸板から、莫大量の炎が放たれた。
トウジの全身が焼ける。作り出した外骨格が、ボロボロと炭になって崩れていく。
「がっ……ぁあああああ?! し――『震天』ッ!」
叫んだ。発勁の応用。トウジの全身から放たれる衝撃波が、廃造機の炎を吹き散らす。
「《――対『竜胆トウジ』専用兵装、開発完了。有効度86%の殺戮を開始》」
機神の頭部から電撃が迸る。雷のような光、音、熱。
トウジは咄嗟に、デンキウナギなどの生物が備える、自分の身体を電気から守るための絶縁脂肪を生成し、再現する。
しかし、それでも全ては防げなかった。
外骨格の中にいるトウジの身体が稲妻に焼かれる。白い竜鎧の隙間から、肉の焼ける煙が漏れる。
(こい、つ……。どうして俺の名前と、弱点を……! 他には何が出来る!? 酸か、毒か、それとも――)
「《――対『竜胆トウジ』専用兵装、開発完了。有効度70%の殺戮を開始》」
機神の手から噴き出す強酸。回避する。間に合わない。『震天』で吹き飛ばす。それだけでは凌ぎきれない量が浴びせられる。
(違う……違う! そういうことか! こいつは!)
「《――対『竜胆トウジ』専用兵装、開発完了。有効度88%の殺戮を開始》」
(――俺の心を読んでいる!)
機神の背中から、噴き出す毒霧。
白磁色の外骨格が黒ずみ、腐った。中にいるトウジもまた。
激痛の中、トウジは必死に思考を回す。
(相手の心を読み、学習し、最適な兵装をその場で作り出す能力……! こんなの、Sランク強化者でも勝てるのか!? 〝くそっ、こんな時にあの人がいれば〟――)
一瞬、トウジは何か、自分の脳内に空白がよぎったことに気づく。
しかし、それを気にしている余裕など無い。
「う、お、ああああああああ!」
機神に向けて走った。
相手がこちらに有効な攻撃を生み出し続けるというのなら、こちらから攻撃するのみ。殺されるより先に殺す以外の活路は無い。
「『全――」
拳を照準し、全身の筋肉を引き絞った。
「――壊拳』!」
崩れかけの外骨格が完全に砕け散り、渾身の一撃が廃造機に叩きつけられた。
「《――対『竜胆トウジ』専用装甲、開発完了。有効度99.9%の耐性、駆動中》」
「――――」
無傷。
廃造機には、一切のダメージが無い。
(攻撃能力だけじゃなくて、防御能力も、その場で、)
「《――対『竜胆トウジ』専用兵装、開発完了。有効度99%の殺戮を開始》」
巨人の掌から、炎と、雷と、酸と、毒が噴いた。
吹き飛んでいくトウジの身体。
地面に叩きつけられる。辛うじて生きてはいるが、既に死体と見分けがつかない有り様だった。
(クソ、が……)
ボロボロになった身体をまだ再生し、トウジは立ち上がる。
もはや、手は無い。
今の竜胆トウジでは、廃造機に勝てない。
ならば――
(あの技は、まだ、完成してない……。自爆する可能性も……だけど……)
――こうなった以上、やるしかない。
トウジは目を瞑り、最後の力を解き放った。
※
「で、俺がデカブツ倒して気失って、目覚ました時には《ウロボロス》が失くなってたんだよな。しかも宮火財閥の令嬢が関わってたらまずいとかで全部『事故』として処理されてたし。許せねえ御剣」
「ミライさん、今なんて?」
「いや別に」
学院での仕事を終え、家に帰ってきたミライは、夕食を作るトウジの姿を眺めていた。
普段はミライが食事を作っているのだが、今回は違う。慣れない仕事で疲れているミライを気遣ってのことだった。
ミライはスーツ姿でぐったりと床に寝そべりつつ、今後のことを考える。
(まあ、やること自体は今までと変わらないか。過去の俺を鍛えて、御剣に『事故』を起こさせて、解放された廃造機をトウジにぶっ飛ばさせて、全部終わったら御剣をブタ箱にぶち込む。御剣がどうなるかは知らんが……まあ、人類滅亡クラスの狂化異物を解放したんだし、死刑だろ。多分)
わずかに身体を起こし、スーツを脱ぐ。
Yシャツ一枚になりながら、ミライは口元に手を当てた。
(問題は……やっぱり、御剣セツナか)
つい最近買ったばかりの携帯電話を手に取る。トウジと一緒にケータイショップに行って買ってきたのだ。機種も色も同じものを選んでしまったので、時々トウジのものと間違えそうになるのが欠点であった。
(あの女は、御剣――御剣ハヤトが『事故』を起こすより先に、廃造機を倒してしまいかねない。そうなったら最悪だ。俺の復讐が頓挫する)
先日、セツナから教えられた連絡先を表示する。
(……御剣ハヤトには、相応の報いを受けさせなきゃ気が済まない。もしハヤトを庇うなら、あの女を――)
あの女を。
あの、〝憧れていた〟女性を。
(――殺してでも、)
「ミライさん?」
トウジに話しかけられ、ハッと携帯から視線を外すミライ。
「――どうした?」
「飯出来たぞ。あと、なんかすごい汗かいてるけど。暑いんだったらクーラーつけるから服着てくれ」
「ん、あ、ああ……」
トウジに言われ、汗を拭いつつ皿と箸を受け取る。
(そうだ……落ち着け。まだ、何も確定したわけじゃない。まだ俺はあの人のことを何も知らない。そうだ、そのために連絡先を交換したんだ。なら……)
そして、ミライはもう一度だけ携帯の画面に視線を落とし――
「……あ、べ、別に、デートとかじゃないからな?」
「え?」
次の週末に、セツナと二人きりで会うためのメールを送るのだった。
駆け足シリアス。次回からはラブコメです。
・まとめ
竜胆ミライ
命がけで助けた相手に能力を奪われたことを思い出してキレるTSお姉さん。それはそれとして、好みのタイプな女の人に二人きりで会うメールを送っちゃったのでちょっと緊張している。全盛期はほとんど不死身だった。つよい。
食育委員長
おかっぱ髪の女子生徒。お箸の強化者。識別名《ヘカトンケイル443》。お箸で遠くにあるものをつまんで、自由に動かせる。対象が抵抗すると能力が解除されてしまう他、あんまり重い物だと持つだけで精一杯になってしまう。でも、民家ぐらいの物なら振り回して敵に叩きつけることが可能。つよい。
廃造機
学習能力の高いラスボスさん。相手の心を読んで、最適な攻撃をその場で生み出すことが可能。防御と耐性もどんどん上がっていく。戦えば戦うほど不利になるので、一撃で倒さなければほぼ詰む。でもHPが多いので一撃で倒せない。ずるい。
竜胆トウジ
ラスボスさんを倒すのは前提みたいになっている男子高校生。がんばれ。
ここ数話あまり活躍できていないので、次回からは出番を増やしていく所存。
※
ゆぬ(水霞)さんからファンアートをいただきました!
とてもセクシーでかっこいいスーツミライさん! やっぱり青少年のなんかが大変! 素敵なイラスト、ありがとうございました!




