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15話/ミライvsセツナ

 《八咫鏡(ヤタノカガミ)》によって作られた、仮想空間の大講堂。

 そこにはもう、生徒も教職員も、誰一人として残ってはいない。


「ヤッバ……。なんか放送準備してたらいつの間にか全員ぶった切られて美女二人が殴り合い始めてるんですけど! 何これ!」


 だが、大講堂の上部に備え付けられた放送室には、まだ残っている生徒がいた。

 空色のツインテールにミニスカート。強化学院に通いながら現役アイドルとして活躍している放送委員長は、ガラス窓越しに女二人の戦いを見下ろしていた。


 そうして(おのの)く放送委員長の背後にある扉から、髪をサイドテールにした風紀委員の少女と、鞄を背負った黒いねこが放送室へ入ってくる。


「いやーびっくりしました。いくら対異能者訓練するからって、まさか今斬りかかられるとは思わないじゃないですか」

「にゃあ。そうだわ、驚いてしまったわ。椅子の上でお昼寝してたら、みんなの胸から上が吹き飛んでいってしまったのだもの。しっぽを立てていたら危なかったんじゃないかしら」


 当たり前のようにねこが喋っているが、そのことに驚く人間はいない。

 しかし、別の理由で、一人と一匹の顔を見た放送委員長は目を丸くした。


「あれ、アンタたち大丈夫だったの?」

「ええ、まあ。初撃をかわした後、すぐに逃げたので。あんなの強化解除弾(ペネトレイター)でも無いと相手にしてられませんよ。大講堂の中はあの黒髪のお姉さん以外全滅しましたが、外に逃げた生徒は無事でした」

「にゃあ。強警科(ガード)の子たちは何人か逃げ延びれたみたい。強襲科(アサルト)の人は戦おうとして全滅したみたいだけど」


 背中にかばんを背負った黒猫が、放送室の窓枠にぴょんと飛び乗りながら言う。

 口調は平坦だったものの、しっぽの方はやや緊張にこわばっていた。


「美化委員長も床掘って逃げてましたし、委員長格は大体生きてると思いますよ。生徒会長は死にましたけど」


 補足する風紀委員の少女。それを聞き、放送委員長は「へえー」と間の抜けたような声を漏らした。


「私、Sランク強化者のことあんまり詳しくないけど、第一位ってやっぱりすごい武装(のうりょく)持ってるのね」

「にゃあ。それは違うわ。あれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()もの。無理だわ、あんなの」

「? どういうこと?」


 黒猫の言葉に、放送委員長が首を傾げる。


「にゃあ――見ていれば、わかるのだわ」


 そう言って、ねこは前足で眼下の戦いを示すのだった。



 いくつものモニターが並んだ、強化学院の訓練室。

 そこは、強制転送された生徒たちで満員状態になっていた。

 極めて暑苦しい密集状態である。

 生徒会長のように、学院の代表でありながら秒殺されたことにヘコんでいたり、宮火ミルのように、入学してから初めての強制転送で目を回しているのでなければ、すぐにでもそこを出ていきたいと思うはずだった。


 しかし、ほとんどの生徒はそうしない。


「……!」


 モニターの一つに映る、美女二人の戦いに目を奪われていたからだ。


 どこか顔立ちと雰囲気が似た二人。

 白髪銀眼。世界で最も名の知れたSランク強化者、御剣セツナの白いダッフルコートが翻る。

 黒髪赤眼。誰もその名を知らないFランク強化者、竜胆ミライの赤いジャケットがはためく。


 タイツを履いたセツナの脚が、縦横無尽の黒い連撃となってミライに迫った。

 残像がいくつも連なり、余波によって疾風が巻き起こる。強化者でなければ目で追うことも出来ないほどの無数の蹴り。

 だが、ミライはそれをひどく退屈そうに躱していく。彼女の緋眼は、セツナの攻撃を完全に見切っていた。


「《――ははっ》」


 スピーカー越しに声が響く。

 モニターに映る第一位の表情は、数分前に壇上にいた時とは別人のように獰猛だった。

 人形じみた笑みなどもはや無い。瞳は戦いの歓喜に爛々と輝き、口元は三日月形につり上がっている。


 振り上げられるミライの拳。

 振り下ろされるセツナの蹴り。


 甲高い金属音があった。『肉体強化』を使った強化者の肉体は、並の鋼さえ上回る硬度を持つ。

 ミライの足元の床にヒビが入る。火花とともに頑丈そうなセツナのブーツが一部破け、中に入っていた補強用の鉄板が露わとなった。

 衝撃に弾かれるまま、距離を取る二人。


「《能力は、使わないのか?》」

「《君が武装を使っていないのに、お姉さんだけ武装を使うわけにはいかないじゃない?》」

「《…………。……なるほど、舐めてやがるな。死ね》」


 そう吐き捨てて、ミライは講堂に備え付けられていた木製椅子を無造作に引きちぎり、投擲する。仮想空間の中でなければ確実に器物損壊罪で訴えられているだろう暴挙。

 しかし、それは苦もなく迎撃された。


「《『嵐断(らんだち)』》」


 かろうじて、生徒たちにも残像が見えた。右の手刀の連撃。

 すぱん、と音を立て、一瞬のうちに木製椅子がバラバラに切断される。切り飛ばされた木片が、セツナの脇を通り過ぎていった。


「素手で斬った……!」


 生徒の一人がそう言った直後には、再度の激突が起こっていた。

 椅子を持って殴りかかるミライ。跳び退きかわすセツナ。


「《避けるな、クソが》」


 ミライが言う。息もつかせぬ勢いで、空中に跳んだセツナに複数の椅子が投げつけられる。


「《おっと》」


 しかし、彼女もそれは読んでいたのか。

 セツナの跳躍は思った以上に大きく、講堂の壁まで数メートルほど跳んで足をつける。そして、そのまま壁を走り、投げつけられた椅子を回避していった。


 彼女が走った後、いくつもの椅子が壁に突き刺さる。

 忍者のごとき身軽さで投擲を回避していくセツナ。

 だが、それは徐々に追いつかれ始める。迫る椅子を回避しきれない。


 セツナが飛んでくる椅子を斬り払おうと手刀を構え――


「《うわっ、何それ》」


 ――バラり、と椅子が分解し、部品が散弾のごとく飛び散った。


 ミライは、椅子のネジや釘を軽く外し、部品の接続を緩めた上で投げたのだ。

 極めて高速かつ精密な動作であったが、これは能力でも何でもない。ただミライが器用なだけだ。


 セツナは飛び散る部品を紙一重でかわし、手刀で弾いていく。

 虚を突いた一撃ではあったが、彼女の体にそれらが傷を与えることは無い。


 全ての部品を叩き落としたセツナが、ふぅ、と軽く息をつく。


「お、おぉ……?!」「スゲェ……のか?」「いや、でも……」


 そんな二人の攻防をモニターで見ていた生徒たちは、なんとも言えない声を漏らした。

 感心したような、困惑したような微妙なざわめき。顔を見合わせ、自分たちの認識を確かめようとする。


 そんな中、ダンッ! と苛立ったように足音を立て、大きく声を上げる女子生徒がいた。


「バカか、テメェら! あれぐらいアタシにも出来るってんだよ! 下らねえ、何がSランク第一位だ! 素手で椅子斬ったぐらいでイキりやがって!」


 そう言って、女子生徒は自らの手刀を近場にあった木棚に振り下ろし、切断する。スケバンめいた荒ぶり具合である。

 肉体強化を使えば、強化者の肉体は鋼よりなお硬くなる。多少訓練すれば、女子生徒のように素手で物を切断することも可能だ。


「……やめろ。それ以上言うな。お前が恥をかくことになるぞ」


 そんな彼女を、近くにいた生徒会長がしょんぼりした顔のまま(たしな)める。


「うるせェんですよ、会長! どうせアレだ、Sランクが持ってる継承武装! アレの力に決まってる!」

「本当にやめておけ。お前と違って、あの方はまだ――」

「《あ痛……。うーん、ちょっと手の皮剥けちゃった》」


 生徒会長の言葉を遮るように、スピーカーからセツナの声が響く。

 彼女の青白い手には、ほんのかすり傷ではあるが確かに血が滲んでいた。肌が病的なほど白いため、モニター越しにも赤色がよく分かる。


「いや、待て……傷? 傷だって?」「今の椅子、武装じゃなかったよな? 武装だったらそもそも分解出来ねえ」「なら、なんで――」

「――ただの椅子で、強化者の体に傷が付くんだ!?」


 そう――肉体強化を使った強化者の肉体は、鋼よりなお硬い。例え銃弾を受けたとしても、かすり傷で済んでしまうほど。

 それが、超常の強化武装でも強化解除弾(ペネトレイター)でもない、ただの木製椅子の破片に傷をつけられるなど、あるはずがない。

 生徒たちの疑問に答えるかのように、モニターの向こうのミライは言った。


「《もういいか? ――いい加減に、肉体強化ぐらい使え》」


 生徒たちに激震が走った。

 先ほど荒ぶっていた女子生徒が呆けたような顔を晒す。ため息を吐いて落ち込む生徒会長。()()()()()()()生徒たちが、口々に驚愕の声を漏らす。


「嘘、だろ……?」「『肉体強化ぐらい使え』って、じゃあ」「今までっ、肉体強化を使ってなかったのか!? それで、壁走ったり椅子斬ったりしてたって!?」「あ、有り得ねえッ! 武装も使ってない、肉体強化もしない強化者なんて――普通の人間と同じじゃねえかッ!?」


 声を震わせる生徒たち。否、生徒だけではなく教職員すらも同様だった。全員が震撼とともに理解した。

 彼女は、超常など一切関係なく超人なのだ、と。


「《そうだね。君も、まだ本気じゃないみたいだし》」

「《ここまで舐められたらやる気も出ねえよ。(タチ)の悪い女だな》」


 モニターに映る二人の女は、ただ淡々と眼前の相手を見据え、構え直した。



 セツナに対して向き直りながら、ミライは思考する。


(なんだこの人……。わけが分からん、強過ぎる)


 ミライは思う。――御剣セツナは、異常だ。

 何もかもがおかしいが、まず身体能力が高すぎる。それなりの体術を持つミライが肉体強化を使って挑みかかったというのに、セツナは肉体強化を使わないままそれと真っ向から打ち合った。

 これほどの運動性能を持つ人間を、ミライは今まで見たことが無い。知らない。もはや武装(のうりょく)が何かなどどうでもよくなるほどの基礎戦闘力だ。


 肉体強化無しでこれだけ動けるセツナが肉体強化を使えばどうなるのか。ミライの緋眼をもってしてもまるで予測が出来ない。


 ただ、確実なことが一つ。

 肉弾戦において、御剣セツナは竜胆ミライを確実に上回っている。


(……相手の最高速が分からない状態で、迂闊に間合いに踏み込めばやられる。かと言って、間合いの外から椅子で殴りかかったり投げつけたりするだけじゃどうにもならなかった。とにかく、まずは肉体強化を使った状態での速度を確認する)


 唯一の救いは、御剣セツナが武装を使ってこないことか。

 Sランク第一位としての意地や、プライド。あるいはフェアプレー精神でも発揮しているつもりなのか。ミライが武装を使うまでは、自分も武装は使わない気でいるようだ。


(それなら――殺れる)


 作戦は単純だ。


 武装を使わないように見せかけ、《ウロボロス000》を発動し殴り倒す。


 十分な距離を取りつつ、ミライはセツナを注意深く観察した。

 相手の身体能力は凄まじいが、その速度さえ見極めればカウンターで仕留められる。かつてプールサイドで銃弾を掴み止めたように、ミライの動体視力は強化者の中でも最高レベルである。たとえ相手が音速で動こうと、その緋眼を振り切ることは不可能だ。


(この顔を見てると妙な胸騒ぎがする。さっさと終わらせよう)


 何かを忘れているようなもどかしさを抑え込みながら、ミライは拳を握った。

 臨戦態勢になる彼女の前で、セツナは名残惜しそうに笑う。


「君は、舐められてるって言ったけどさ」

「あん?」


 そして、寂しげにミライへ語りかけた。


「何も、お姉さんだって手を抜きたくて手を抜いてたわけじゃないんだよ?」

「何が言いたい?」

「だって、お姉さんが肉体強化を使うとさ」


 セツナの体が前に傾く。

 ミライは、最大の集中力を発揮して彼女を警戒し、




「一瞬で終わって、つまらないんだもの」




 瞬間、視界から白い姿が消えた。


「――は?」

「御剣対神流、奥義『音踏(おとぶみ)』」


 その声は、あろうことか背後から響いていた。

 だが、本当に重要なのはそんなことではない。御剣セツナが瞬間移動能力を持つことなど、ミライは最初から予想していた。教頭も、第一位は空間干渉能力を持つと言っていた。

 故に、ミライを真に驚愕させたのは一瞬で背後を取られたことではない。

 セツナの姿が視界から消失する直前、一瞬見えた陽炎のごとき()()()


(瞬間移動なんかじゃない……!? まさか、ただの、歩法――!?)


 腕の振り上げられる気配がした。回避など、もはや間に合うはずもない。


「ごめんね、手加減が下手で」


 青白い手刀がミライの首筋へ雷のごとく叩き込まれた。

 次話はちゃんと能力バトルします。


・まとめ

竜胆ミライ

 能力バトルなのに椅子で殴りかかったりするTSお姉さん。性根がチンピラ。とても器用で動体視力が高い。


御剣セツナ

 能力バトルなのに身体能力だけで無双する白いお姉さん。ミライとは別タイプで徳が低い。肉体強化を使わなくても、大体の強化者は倒せる。


御剣対神流・奥義『嵐断(らんだち)

 連続攻撃技。


御剣対神流・奥義『音踏(おとぶみ)

 高速移動技。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい…、めちゃくちゃにむちゃくちゃだ…(語彙無)。 まとめにあるお姉さんの説明に毎回癒されてます。
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