トカゲが火を吹き龍が泳ぎ埴輪が泣く7
蓮子たちが女神と話してから数時間後。
蓮子はとある山の頂上に到着した。
「はー・・・!着いた・・・!」
「蓮子さまお疲れ様です!」
埴輪に労われながら蓮子は額の汗を拭う。ゆっくり登っても1時間もかからない低い山であるが、
いきなり登山を言い渡された者としては、ため息交じりの声が出ても仕方がないだろう。
何故こうなったか・・・。
それには話をさっきの、女神との対話にまで遡らねばならない。
「見つけやすいものをさらに見つけやすくするために、人は登ったのじゃ。磐座が山の上に多い理由の一つがそれじゃ」
そう言って女神は、空を指差した。
その美しい指が示す先には、山が。この神宮の敷地内にある山。歴史的にもかなり昔から名前の残されている、まあまあ有名な山である。
「今は下に移されたが、この山もかつては頂上に社があり、そこで人々が祈っていたのじゃ」
「では、山頂まで行って、祈れば・・・」
「そう。必ずやその祈りは届くであろう」
真白の言葉に美しい笑みを浮かべてうなずく女神。それを見て「理解した」と言わんばかりにうなずく
真白と青人。そのまま蓮子の肩をぽん、と叩いて青人が言った。
「というわけやから、行ってらっしゃい」
「・・・・・・・・・え?」
別に自分でなくてもいいじゃないか。そう言ってみたら
「俺らは『能力』は山田さんよりあるけど、『気』そのものの大きさは山田さんが一番やから」
真白の笑顔が浮かぶ。
自分は祈り方なんて知らない。そうも言ってみた。
「山田さんも言ってたやん?お願いするだけでええねんって。それでええねん」
青人の目が笑っていたのを思い出す。
でも。尚も食い下がる自分に、彼らは言った。
「「上司命令」」
見事なハーモニーを奏でた一言だった。
「・・・・でも本当に、どうしたらいいの?」
眼下に広がる街の景色を眺めつつ、蓮子は呟く。
広くない山頂には、景色を見ながらくつろげるようにという配慮だろう、幾つかの木のベンチ。
それと、中央に女神が言っていた社跡と思われる、しめ縄で区切られた小さな空間があるだけ。
ここで祈ればいいのだろうか。
などと考えていたら、リュックから顔を出している埴輪が喋った。
「蓮子さま、少しその社跡に意識を集中してみてください」
「う、うん」
埴輪の言う通りにしてみる。
すると、足元から『何か』が螺旋状に駆け上がってくる感覚がした。
ぐるぐると螺旋を描いて社跡に向かって近づいてくる、『何か』。その気配を追っていると、『何か』は
とうとう目の前の社跡に到達して。
「ねーっ!君のエネルギーすごいねー!!」
出てきた。
社跡に生えている一本の木。それに登って蓮子と埴輪を見下ろす、大きな大きなトカゲ。
真っ赤な体にオレンジのラインの入った、トカゲが出てきたのである。
「・・・・・・・っっ」
「君、すごく美味しそうなエネルギー持ってるね!」
「・・・・・・・・っっ」
普通の人には『視えない』トカゲ。それでもトカゲの乗っている木は、その重みでかなりしなっている。
トカゲは蓮子に気さくに話しかけているが、蓮子からしたらそれどころじゃない心境である。
いきなり現れた、自分なんてまるっと一飲みにできそうな大きさのトカゲ。声を失くして立ち尽くしても、
しょうがない。
「ねーっ!?聞いてるー?!」
「お久しぶりです、ホカゲさま!」
驚きのあまり埴輪化している蓮子に変わって、埴輪がトカゲに話しかけた。
ホカゲと呼ばれたトカゲは、埴輪化蓮子の背中から顔を出している埴輪に気づいて、大きな口をにゅっと
歪ませて笑った。
「あー!埴輪くんじゃーん!!何々?君がこの人を連れてきたの?!」
「ええ、そうなのです。蓮子さまに『道』を通してもらうために来たのです」
「『道』?」
埴輪の返答を聞いてキョロリ、と眼球を動かし蓮子を凝視するトカゲ。
正直、蓮子は「食われる!」と覚悟した。
しかしトカゲはちろりと赤い舌を一度だけ見せたあとは、その目を楽しそうに輝かせただけだった。
「うん!君ならできるね!えー、久しぶりだねぇ!『道』が通るの!そういうことなら始めようか!」
「え、何を・・?」
トカゲが楽しそうに舌をちろちろしながらこちらを促してくるのだが、蓮子には何のこっちゃである。
戸惑う蓮子に埴輪が背中から助言する。
「蓮子さま、このホカゲさまに蓮子さまの『気』、エネルギーをお渡しするのです。すればホカゲさまが
狼煙をあげてくださいます。」
「エネルギーを渡す?どうやって?」
「大きく息を吸ってボクに向かって吐きかけてよ!火を吹くみたいにね!」
「火を吹くって・・・・」
火など吹いたことない。ホカゲのアドバイスがあまりアドバイスになってないのだが、
やるしかないのだと蓮子はわかっている。
すうっと肺や身体じゅうを使って息を吸い、ホカゲに向かってはーっと溜めた息を吐き出した。
それが火を吹くようなのかどうか、わからないが。
すると、吐いた息をかぶったホカゲの体が赤く光り出した。
瞳も燃えるように光り出し、バチバチッとホカゲの周囲の空気も火花を散らす。
ホカゲはぎゅん、と一度大きく体をくねらせたかと思うと、空に向かって炎を吐き出した。
炎は火柱となって空を貫いた。現実の火ではないから熱さは感じないが、その明るさに蓮子は目が眩みそうになる。
空高く、どこまでも天を貫いたと思った火柱は、やがて小さくなり、社跡に松明の炎となって燃えている。
「・・・・今のが、狼煙?」
一連の現象に呆気に取られる蓮子が、いつの間にか自分の肩に移動していた埴輪に呟く。
埴輪も心なしか呆然としているようで、いつもより埴輪顔な気がする。
「はい・・・。いやでも少し、いやかなり・・・予想外の大きさでした・・・」
「あー、びっくりした!ボクもまさかあんな大きな火柱が立つとは思わなかったよ!やっぱり君のエネルギー、すごいやー!」
社跡周りの木に移動していたホカゲ自身もびっくりしたようで、大きな瞳をくるくる動かし舌をちろちろ動かしながら、興奮したように鼻から煙を出していた。
「これだけの狼煙あげたら、すぐにやって来るね!」
「やって来る?」
ホカゲの言葉に首を傾げた時。
「!?」
『何か』の気配を感じて、口をつぐんだ。
『気』の通り道にしようと言っていた道路の向こうから、山の向こうから感じる気配。
蓮子は黙ってその方向を見つめた。
「来るよ」
ホカゲが呟いた。
そして、瞬きほどの短い時間の後、いきなり『それ』は現れた。
人間である蓮子には、いきなり現れたように視えたのである。
山頂の木々が一斉に揺れるような突風を連れて、龍が頭上をよぎったのである。
大きな、大きな龍。鱗が煌めく体をうねらせ、その身に輝く『気』を纏わせ、蓮子たちが見上げる頭上を通り抜けた。
それはあっという間の出来事。龍はその大きな体を優雅にくねらせながら空へと泳ぐようにして消えて行った。
あっという間のことだったが、龍が通る前と後とでは、確かに『違って』いた。
「・・・・すごい」
蓮子の周りの空気が、光っている。
キラキラと、光の粒が山の木々に降り注げば葉が、枝が、幹が、輝き気持ちよさそうに揺れる。
地面も、松明となった社跡の炎も、光の粒を受けて輝く。
ほんの少し前とは明らかに違う場の波動に、蓮子は感動し嘆息する。
「・・・『気』が通るってこういうことなんだね・・・」
キラキラしている空気にうっとりしながら、蓮子は肩の上の埴輪の様子を伺った。
埴輪たちの依頼が叶ったのだ。さぞかし喜んでいるのでは?と思った蓮子だったが。
「・・・・・・うぅ」
肩の上で埴輪がぷるぷると震えている。
どうしたの?と話しかけようとしたその時。
「おぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・!!!!」
「えぇ?!」
埴輪が咆えた。驚いた蓮子は体をびくっと動かしてしまい、埴輪が肩からずり落ちる。
慌てて埴輪を両手でキャッチして、その様子を確認したら。
「おぉぉぉぉぉ!!!夢のようでございますぅぅぅ!!!本当に、本当に!また再び
この目で気脈の龍を見ることが叶うとは・・・!!!また再びこの地に『道』が通ろうとはぁぁぁ!!!
嬉しいでございますぅぅぅぅ!!!!幸せでございますぅぅぅぅ!!!!」
めちゃくちゃ号泣していた。
そう見える、でなく本当に、目の部分である穴から涙が溢れていた。
ボロボロと零れ落ちる涙が埴輪の体を、蓮子の手を濡らしていく。
咆えながら大泣きしている埴輪の姿に、蓮子はちょっと引きながらも笑みを浮かべて。
「よかったですねぇ、埴輪さん!」
そう告げた。
「あ、あ、ありがとうございますぅぅぅぅ!!!本当に、本当にありがとうございます蓮子さまぁぁぁぁ!!!うわぁぁぁぁぁぁぁん・・・!!!!!」
キラキラ光る空気の中、しばらく埴輪の号泣が響き渡ったのであった。
『気』が通ったことを感じていたのは、稲荷社に残っていた真白と青人も同じで。
蓮子たちほど間近ではないが、龍が空を行くのを見て素直に感嘆の声を漏らしていた。
「ほんまに山田さん、やってくれたんやなぁ・・・」
「祈りで『道』を作るとはこういうことなんか・・・。あの山頂は本来、ああして灯りがともる
場所やったんですね?」
「そうじゃ」
真白の言葉に、女神がうなずく。山頂に堂々と燃えている松明の灯りを目を細めて見つめながら、
女神が話した。
「あれは標よ。我らのような存在を色々なかたちで導く、標。あれが灯っておる限り、『気』の流れが
途切れることはない。山の化身もよろこんでおるじゃろう、ずっと火を灯したくてもエネルギーが足りずに
いたのじゃからの」
長年の想いが叶った。
女神は山頂の標を眺めている二人に向き直って口を開いた。
「我らの依頼を叶えてくれて、本当に感謝します。これでこの地に棲まう『もの』たちも、かつてのように
元気に暮らせるでしょう。人の子の手がなければ成し得ぬことでした。ありがとう」
口調も改まった女神の言葉に、慌てて姿勢を正す兄弟。
「い、いえいえ!神様がそんな自ら・・・!」
「そうそう!それに俺らはこっから見てただけやし!礼なら山田さんに言うて下さいよ・・・!」
「もちろん蓮子には後程たっぷりと感謝の気持ちを伝えるつもりじゃ。しかし今回の件は、そなたらが
蓮子を雇ってくれなかったら始まらなかったこと。賀茂家の長兄にもいずれきちんと挨拶するのでな、
よろしく言っておくれ」
そう言って女神は袂で口元を隠して、ふふふ、と笑った。