トカゲが火を吹き龍が泳ぎ埴輪が泣く4
「じゃあ依頼主は神宮の御祭神なんか?!」
風呂上りの緋郎の声が室内に響く。
彼らが住む家は事務所の奥の敷地にある。
同じ敷地内に、事務所のある建物と住居である家が建っている。
その家の居間に集まる3兄弟。午前中に事務所を出たっきりの緋郎の帰宅を
待って、蓮子が持ってきた依頼について報告した。
新人が依頼人を連れてきて、その依頼人が埴輪で依頼内容が町おこし。
物凄くざっくりと説明するとこうなる。そして青人はざっくりと説明した。
聞いた緋郎の表情は、事務所で青人たちが蓮子のカバンから埴輪が出てきて、埴輪がさめざめと
依頼内容を語ったのを聞いた時とまあ、変わらないものだった。
確信犯の青人をいつものように軽く諫めて、脱力している緋郎に、もう一度細かく
説明をし、蓮子が買い出しに行っていた間の会話までを話すのが、真白の役目。
で、真白からちゃんと話を聞いた後の緋郎の第一声が、冒頭のものである。
「そうなるね。神宮の敷地内には摂社や末社もあるから、はっきりとどの神様ですってわからんけど」
「お前はどう見てる?シロ。」
「まだ、わからんわ。埴輪が眷属ってなると古墳を持っているお方がそうかな?とも思えるけど、
この辺は古墳だらけやしね。依頼を進めていったら分かってくるんちゃうやろか。」
「・・・・・・・。」
緋郎は黙って真白を見つめた。はっきり言ってこんな依頼は前代未聞である。
依頼内容も滅茶苦茶だが、依頼主が確定していないこと、それが一番問題である。
下手に受けて変にあちらの『世界』の理を変えるようなことをしたら、どうなるか。
こちらとあちらの『世界』の『境界線』は、実際はとても曖昧であやふやで、だからこそ危うい。
知らぬ間に『越えて』いたり『変えて』しまっていたりすると、痛い目に会うことがほとんどだ。
だから、厳しくする。手順、手続き、方法等々。『こちら』でうるさいくらいに規則を
決めておくのはその為だ。
そんなこと分かり過ぎるほど分かっているであろう、真白が不確定要素のある滅茶苦茶な依頼を
断らなかった。よほどその、眷属らしき埴輪に神々しい気でも感じたのだろうか。まあ、もし神が依頼主だとしても、それが安心安全な依頼であるという保障はないのだけども。
「慎重なお前がそんな依頼を受けたんや。その眷属、かなりの神気を纏ってるんか?」
緋郎の言葉に、微妙な顔をして青人と目で何か会話している真白。
その微妙な空気にどこか不穏なものを覚え、知らず眉間に皺を寄せてしまう。
「神気・・・というか・・。」
「まあ、有無を言わさぬものはある・・かなぁ・・・?」
「・・・・・?」
はっきりしない弟たちの返事に、さらに眉間の皺が深くなる。
そんな長兄を見ながら、弟たちは白々しい笑顔を見せる。
「明日、会ってみたらええんちゃうかな?俺らがここでどうこう言うよりも」
「そうやね。実際に見てもろた方がわかりやすいから」
「・・・・・??」
弟たちの態度に、どうにもスッキリしない緋郎であった。
翌日。
昨夜の弟2人の態度に納得のいった緋郎だった。
昨日と同じ時間に事務所に出勤してきた蓮子。
『おはようございます。』と挨拶を交わし、自分の机の前に立つ。背負っていたリュックを机の上に
下して中から両掌サイズの埴輪を取り出した時に、先ず目を疑った。
そして、その埴輪と挨拶する弟2人にまた目を疑った。
「おはようさん~。また朝から神宮行って来たん?」
「おはようございます!いいえ、昨日は蓮子さまのご自宅にご厄介になりまして・・!」
「え?泊まるとかできるん?!」
「ええ!主の特別な計らいでして・・・!」
「すごいな・・・。でも山田さんくらいの『気』やったら、大丈夫なんか・・・。」
「それはもう!快適に過ごさせていただきました・・!」
蓮子の両掌に収まって、何ともナチュラルに弟たちと会話している埴輪。
どこかの会社の朝の始業前の和やかな風景。のようでそれを一番奥の机から眺めている自分は、さしずめ
口うるさい上司。といったところか。
何やそれ・・・。
自分で自分に突っ込みを入れて、この目の前の光景を何とか咀嚼しようとしていた緋郎のもとへ、
蓮子が埴輪を携えて近づいてきた。
「お早うございます、緋郎さん!あの、こちら昨日依頼をしてくれた埴輪さんです。緋郎さんに
ご紹介するのが遅れてしまってすみません・・・。」
「あ、いや、うん。話はあいつらから聞いてる」
蓮子と、その手のひらの上に鎮座(?)する埴輪がこちらを見てくる。
今までに感じたことのない圧を、緋郎は感じていた。
「あなたが現在のご当主の緋郎さまですね・・・!お噂はかねがね・・・!どうぞよろしくお願い致します!」
「・・・・・・。」
見れば見るほど脱力感が増していく。そしてどうでもよくなってくる。ただ目の前からこのツーショットを
消したくて、相手の声にうなずく。
「俺は自分の仕事があるから、あいつらに何でも聞いたらいい・・・」
そして丸投げした。
有無を言わさぬとは、こういうことだったのかと昨夜の弟の言葉を思い出した。
「緋郎さんは今日も外出ですか?」
そそくさと事務所から姿を消した緋郎に気づいた蓮子。それに定位置のソファから応える青人。
「要領悪いから忙しいねん、あの人。」
「セイ。」
真白に軽く睨まれて、肩を竦める。まああまり反省している様子はない。
「同業先に挨拶回りとか、それを兼ねた情報収集とか、ね。ヒロさんはウチの代表だから依頼をこなす以外にもいろいろやることはあるんやわ。」
「そうなんですね~・・・。」
真白の説明にうなずく蓮子。ちなみに埴輪は手から離れて机の上にいる。
「ひーちゃんのことは気にせんでええって。好きにしろって言ってはったからな~。
こっちは埴輪くんの依頼にとりかかろうや」
そう言って青人は日課の珈琲を飲み干した。昨日、真白に問い詰められる埴輪を見て、急に親身になっている青人である。
「ま、要は『気』の流れをこっちに持ってきたらええわけやねんけ、ど・・・。」
昨日と同じ地図を指で軽く叩きながら考え込む青人に、蓮子は新人らしい(素人らしいとも言う)質問をぶつける。
「『気』の流れを変えることは、難しいことなんですか?」
「うーん、難しいっちゃあ難しいし、簡単って言えば簡単やねんけど。規模と期間と用途による。」
「はあ・・・?」
「例えば、川が流れててそこから自分んとこの田んぼに水を引きたいから、ちょっと溝を掘って
用水路を作りますよ~。って感じの規模なら簡単。期間も水がいる時期だけの限定ならもっと簡単。
必要な期間だけ印や陣描いて水をちょこっと一部分だけこっちに流すだけ。それが村中の田んぼに
一年中ずっと、ってなると難易度はあがる。」
紙に簡単な図を描きながら説明してくれるのを黙って聞いている蓮子だが、サラサラと説明書きを施しているその紙は、昨日蓮子が緋郎から手渡された分厚いルールブックであることを言うか言うまいか頭の片隅で悩んでいた。
「難易度はあがるけど、不可能やない。面倒くさいけどな。定期的に水を流す位置を変えなあかんから。
絶対変えなあかんことはないけど、印や陣の効力が薄くなってきたりすることもあるから。
実際そうやって定期的なメンテナンスして代々繁盛してる家や店やらは存在してるからな~。」
「そうなんですか?」
「そうやで~?すんごい金持ちとか名家とかは、そういう世間で言う非現実的なことに案外きっちり
してはるもんやで?で、そういうお家が俺らみたいな商売のお得意さんやったりするわけ」
「なるほど・・・。」
そんなセレブが顧客だったら、依頼のお値段もすごいのかしら。そんなことを考えながら、蓮子は
引き続き青人の説明を聞く。
「でも、今回埴輪くんが言うてるのはそんなレベルの『気』の流れの話やないやろ?
用水路やなくて川を作りたいわけや。個人や村単位で繁盛するんやない、土地自体の『気』が
上がるような、川。『気脈』を変えたいわけやろ。」
「気脈・・・。」
自分が人とは『違う』ものを見たりしている、と自覚し始めてから、蓮子なりに色々『彼ら』の世界のことを知ろうとしてきた。本を読んだりネットで調べたり。占いや霊視鑑定にも行ったし、講演会にも足を運んでみたりした。
だから、何となく青人の言うことがわかる。蓮子は青人の言う、用水路を作る だけでいいのかと思っていたのだ。だから多少手順などで手間取ることはあっても比較的容易にこなせることだと思っていた。
だが、どうもそうはいかないみたいだ。
「昔はちゃんと『気』は流れていたんやから、『跡』は残ってるはずや。その『跡』を利用しながら
新しい『道』を作っていけたら、まだやれないことはない。無茶ぶりは無茶ぶりやけどな~」
そこで一旦口を閉じて、青人はソファから立ち上がった。そして埴輪と蓮子に視線を向ける。
「先ずは過去の栄光の『跡』を見に行こか。こっから目と鼻の先やし、昼飯までには戻ってこれるやろ」
そうして埴輪と蓮子に「行くで~」と促し先頭を行く青人が、ソファから離れる際に昨日書き込んだ地図を
手にしたのと同時に、あのルールブックの裏に書いた説明図の部分を無造作に破ってジャージのポケットに
突っ込んだのを見て、蓮子は自然と目を閉じて何かを諦めた。