トカゲが火を吹き龍が泳ぎ埴輪が泣く2
蓮子がよく散歩する神社は、正確には神宮である。
神宮とは、皇室の祖先や皇族など皇室とゆかりの深い神社のことである。
日本全国に数多く存在する神社の中でも、神宮と名の付く神社は数少ない。
気軽に散歩などしているが、中々に格式高い場所なのである。
しかし、この神宮の歴史は意外と浅い。創建は明治時代。
それまでこの地は、平地にぽっかりと浮かぶようにそびえ立つ山と、その麓に神宮に祀られることになる天皇の御陵がある以外、他はほぼ田畑が広がるだけの、長閑な場所だったのである。
だが、神宮を創建するために、この地は大開発されることとなる。
広大な敷地を埋め立て神宮の境内にし、その周辺も道が整備されていく。
田畑はほぼ無くなり、田畑を売った人々が家を建て、農作物を育てて暮らしていた生活から、
神宮へ参拝に訪れる観光客へ向けてのサービス業へと暮らし方が変わっていく。
そうして、田畑が広がるだけの地が、街へと変わった。
今やこの地は全国から参拝客の訪れる場所となった。道路以外にも鉄道も整備され、他府県への移動も
便利になり、住民も増え、幹線道路沿いには様々な店が建ち並ぶ、暮らしやすい街になっていた。
しかし、栄え、賑わっていったのはどうやら『人間』の世界だけの話のようで。
「閑古鳥が鳴く日々なのです・・・。」
ずっと、その場所は『彼ら』の通り道の一つだった。
『彼ら』が他所の土地へ移動するのに使われる、大きな通り道の一つ。
かつては様々な『存在』が、その道を通り、その道中の途中にこの地の観光を楽しむものも多くいた。
立ち寄る『存在』がいれば、その道沿いに彼らをもてなす店が建ち並ぶようになるのは、人間世界と同じ。
宿に土産物屋、飲食店・・・。道沿いには店がびっしりと並び、いつも繁盛して賑わっていた。
活気溢れるその通りは、日本でも有数の観光地だった。
だが
その『道』が塞がれてしまった。
『人間』世界での街の成長によって地形が変わった。
道路ができ家が建ち、田畑が広がるだけの見晴らしの良い土地が区切られていく。
同時に『彼ら』の世界の『道』も分断されていく。途切れ途切れの道を使うものなど、いないだろう。
次第に、この地を訪れるものも、通り過ぎるものも、少なくなっていった。
そして今では、地元のものが利用するだけになり、隙間なく並んでいた店や宿は次々に廃業を余儀なくされ、空き家空き店舗の方が多くなってしまっていた。
『彼ら』は日々ため息を吐きながら、願う。
かつての賑わいをもう一度、と。
『彼ら』は日々、懐かしむ。
かつての活気溢れる日常を。
ああ、叶うならば
あの素晴らしい日々をもう一度・・・!
「というわけでございます!」
机の上で埴輪がさめざめと泣いている。
いや、泣いていると言っても埴輪の顔面なんて丸い穴が三つ開いて目と口を表現しているだけなものだから、実際泣いてるのか笑ってるのか怒ってるのか何なのか、判別できないのだが。
短い手で顔を覆うような動作をしているので、ああ、泣いてるのかな。と推測しているだけである。
そしてその、泣いているらしい埴輪が泣き濡れた(と思われる)顔を上げて、言った。
「お願いします・・!どうか以前のように多くのものが訪れる場所にしてください・・・!!」
「というご依頼です!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
そう言って自分たちを見つめてくる蓮子と埴輪に、疑問符混じりの声しか発することが精一杯の青人。
真白も眉を寄せて沈黙している。
出勤初日から依頼を持ち込んでくるなんて、俺の人選は間違ってなかったのでは?と思った。
あれほどの霊能力の持ち主だから、早々に依頼を持ってくるのも彼女に引き寄せられているのかも、と思った。
思ったが。
こういうのって思ってなかった。
それが青人と真白の心境である。
「あの・・・、どうでしょうか?私なんかが勝手に持ってきた依頼なんて・・・駄目なんでしょうか?」
「いやうんそのあの、全方位的にいろいろ予想の斜め上やったもんで、ちょっとコメントに困っております。」
埴輪を自分の両掌に乗せて不安気に聞いてくる蓮子。というじわじわと破壊力の増す絵面を直視しないように、眉間に指を当てて困惑している姿勢をアピールして、青人は唸る。
「えっとね。なかなか個性的な依頼人と依頼内容やから、ちょっと俺たちもびっくりしたというか・・。」
自分の方に視線と体の向きが変わったため、こちらも極力珍妙なツーショットと目を合わせないように絶妙な角度で視線をずらしつつ、真白が返答する。
「ウチは『視えない』世界を扱うけど、依頼人は大抵人間で、全国の霊能者の伝手を辿ってやって来て、
その依頼内容に『視えない』世界が絡んでる・・・。っていうのがこういう業界のセオリーみたいなもんやからね。依頼人も『視えない』世界の住人で、依頼内容も『視えない』世界の・・・なんて初めてかもしれへんね。」
「そうなんですか・・・。」
真白の説明に、埴輪を両掌に乗せたまま蓮子は頷く。そうか、漫画や小説のように人外の者が店にやって来て事件が始まる・・・!みたいなことは起きないのか。ちょっと、いやかなり本気でそういう流れで依頼が来てお仕事しているのだと思っていた身としては、がっかり半分、そういう状況に憧れていた自分が恥ずかしいのが半分、といった心境である。
でも
今こうして実際に、掌に依頼人が乗っている。そして何かとても困っている。
「何とかしてあげたいのですが・・・、難しいですか?」
「「・・・・・・・。」」
蓮子の懇願に、顔を見合わせる兄弟。
兄弟共に生まれた時から『視えない』世界と当たり前に触れ合い、代々続く家業を継ぐ為に様々な知識と
経験を得てきている。だから今回のこの蓮子が持ってきた依頼人と依頼内容に困惑し、だからこそ大きく
引っ張られるものがあった。
この世に偶然などない。
それを身に染みて良く知るから、蓮子が自分たちの事務所で働くこととなり、すぐさまこうして珍妙な依頼を携えて来たことに、『何か』を感じざるを得ないのだ。
「先ずは、そちらの埴輪さんのお話をもっと詳しく聞かせてもらおかな。」
青人の言葉に、蓮子と埴輪の表情に安堵と喜びの色が浮かぶ。(埴輪にいたっては、そうかな?という推測である。)
「ありがとうございます!」
「良かったですね!」
埴輪がその短い腕を動かして手を叩いて歓喜している。その埴輪を自分の目の高さまで持ち上げて、共に
キャッキャと喜んでいる蓮子。そんな和やかなのかシュールなのかふざけてるのか何なのかわからない光景を眺めながら、真白は呟いた。
「ヒロさんがいなくて良かった・・・・。」
クソ真面目な彼がこの場に居たら、怒りも通り越して卒倒するだろう。そう思って。