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9 読めないギルメンさん

「腕を伸ばせナナ! こはるちゃんはナナに掴まって!」


 空中床から空さんが手を伸ばしてくれていた。その手がお姉ちゃんの腕を掴む。あたしはお姉ちゃんの足にしがみついた。


「今引き上げるからな。離すなよ〜」


 どっせーいと、気合の声を上げて空さんはあたし達を引き上げてくれる。


「うぇえん。怖かったよう。疲れたよう」

「ホントだなー。久々に死ぬかと思ったわ」

「俺は死んだけどな〜」

「ああ、空のおかげでここに気付いた。ナイス犠牲だ」

「ご褒美はキスでいいぞ。ここに1発、ぶちゅーっと」


 お姉ちゃんの回し蹴りが空さんの顔にきまる。

 彼ってば、唇を突き出して目を閉じてたから避けられなかったみたい。

 空中に投げ出された空さんはモンスターの海に逆戻りして、本日2度目の泡になったのでした。南無。




 で、再び3人揃って下界を眺めているあたし達。


「今のアイテム都合じゃ攻略できそうもないし、帰るか。なんか疲れたし」


 お姉ちゃんがつぶやいた。


「だな」

「さんせーい」


 異論なんてあるはずがない。あたしと空さんはうなずいた。

 それで、空中床のちょっと下に見えているワープポイントに3人で飛び込む。


 そうしたら、ここに飛ばされてきた時と同じく、景色が暗転。

 無事に帰れそうな予感。

 帰還禁止とかじゃなくて良かった〜。




 ギルドハウスに戻ってみると、サン=ジェルマンさんがリビングで優雅に何か飲んでいた。どこで調達してきたのか、机にはお茶請けのお菓子が山盛りになっている。


「お茶のお代わりは?」

「そうねぇ。もらおうかしら」


 サン=ジェルマンさんの後ろに控えていたメイドさんが手早くお茶を淹れていく。

 って、この人召使いまでいる設定だったんだ!


 その、正体不明で謎設定のオネエがあたし達の方に視線だけ向ける。


「思ったより早く帰ってきたのね?」

「見切りが早かったと言ってくれ。おいメイド。私達にも茶」


 そう言ってお姉ちゃんはソファの空いている所に座る。すぐさまタブレットを出して指を動かしだした。

 今行ってきたばかりのフィールドについて調べてるのかな?

 っていうか、サン=ジェルマンさんの周囲だけ雰囲気おかしいんだけど。素朴なギルドハウスのリビングに、ポッカリ現れた中世ヨーロッパ風空間。

 それを全く気にせず馴染んでるお姉ちゃん凄いね。


 お姉ちゃんの隣にあたしはぴょこんと座る。そこにメイドさんがお茶を出してくれた。ありがと〜。


 お茶に手を伸ばすあたし。

 そこに突然現れた知らない人物。


「やっほぉ」


 その子は目を閉じたままでそう言った。すぐ後には目を開く。目の前にあたしの顔が見えたはずだ。


 どアップで。


 いや、わかるよ? 前ログアウトした場所がここだったんだよね?

 でもさ、理性と感情は別と申しましょうか。


「きゃぁあああっ!?」

「うにゃひやぁああっ!?」


 しばしの沈黙の後、あたしと見知らぬその子は大音量で叫んで、それぞれ後ろに飛び退いた。


 だだだだ、誰ですかどなたですか何ですか。

 極度の興奮のせいかあたしの尻尾と耳が逆立つ。


「よしよし、落ち着けこはる。ほら、あいつは人だ。怖くない、怖くないですよ〜」


 さり気なくあたしを抱きしめて拘束したお姉ちゃんが頭を撫でた。あ、のど元までゴロゴロしてくれるんですか?

 ふぇ〜。撫でられると気持ちいい〜。

 気持ちがふよふよしてきたら、尻尾と耳がふにゃんとなった。


「落ち着けよ。ほら、よく見てみ? どこも怖くない女の子だろ? ナナの友達の新しいギルメンだから、仲良くしような」


 対面では、空さんがもう1人の子をなだめている。

 その子がうつむきがちにあたしを見てきた。えーと、名前は5050801さん? なんて読むんだろう?


「こはるって言います。これからお願いします」


 とりあえず笑って挨拶しておいた。

 5050801さんが顔をちょっと赤らめて下を向く。のくせに、チラチラ上目遣いでこちらを見てくる。


「よ、よろしくぅ」


 小さな声で挨拶を返してくれた。

 5050801さんって可愛いな〜。背は低めであたしと同じくらいで、身長のわりに大きすぎるお胸が柔らかそう。今度触らせてもらおう。お胸の大きい人って、頼めばほいほい触らせてくれるんだよね。

 あとの特徴は紫の髪を2つ括りにしてる。薄くあるソバカスがキュート。大きなとんがり帽子が特徴的。


 それにしても、ちょっと挨拶したくらいで耳まで赤くなるだなんて人見知りなのかな? 息も少し荒いし、ごそごそポーチをいじっていたかと思うとカメラを取り出してこちらに向けてくる。

 うん? カメラ?


「だめぇ! もう我慢できないっっ!!」


 5050801さんが空さんを押しのけた。そうして、勢いよく前傾姿勢になってカメラを構える。


「可愛い狼少女と眼鏡のクールビューティの組み合わせぇ! いいっ! いいよぉっ! ちょっとしたハプニングで絡み合った2人はこの事からお互いを意識するようになってぇ、めくるめく百合の世界へぇ!!」

「はいはーい。スクリーンショットの許可おりてないから我慢な〜。ついでにこっちの世界に戻って来ような〜」


 カメラレンズの前を空さんの大きな手が覆う。


「きぃいい! 邪魔しないでよ空ぁ。せっかくの良素材がぁ」

「はいはい。とりあえず愛読書でも読んで落ち着け」


 空さんが薄い雑誌を出すと、5050801さんは勢いよくそれを奪って部屋の隅に移動していった。それからは雑誌にかじりついて、明らかにヤバい顔でヤバい笑い声を漏らしている。

 気のせいかな。彼女の周囲にだけ、えらく濁った空気が漂っているような。


「まぁ、なんだ」


 お姉ちゃんが咳払いした。


「あれもギルメンの1人だ。見ての通り極度の腐女子でな。取り扱い注意ではあるけど、悪いやつじゃない。さっきみたいに自分の世界にトリップしたら餌を与えれば静まるから」


 そう言ってお姉ちゃんはあたしに数冊の薄い本を渡してくる。本の中身? 腐女子の餌にするものなんだから、まぁ、そういう系統のものということで。


「腐女子なのはわかったけど、あの子、名前なんて読むの?」


 薄い本をインベントリに収納しながらあたし。


「ああ、あれな。……。読めないなら読めないままでいい。あいつを呼ぶだけならで反応するから、それで」


 お姉ちゃんが顔をそらした。空さんを見てみると、こちらもあたしから視線を外す。

 これって、2人とも何か隠してるよね? ぶー。後でネットで調べるからいいもん。

挿絵(By みてみん)


5050801だよぉ。

みんなみたいにって呼んでねぇ。

どんなものもさぁ、腐ってるくらいの方がおいしいよねぇ。うふふぅ。

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