8 鞭と鞭とたまに鞭
サン=ジェルマンとかいうオネエNPCに行き先不明のワープポイントに蹴り飛ばされたあたしとお姉ちゃんと空さん。
飛ばされた先に足場がなくて、現在絶賛落下中。
ガチャンという音を立てて空さんが真っ先に地面に着地。うん、一番重いからね。
「クッションご苦労」
「ぐぇっ」
その上にお姉ちゃんが華麗に着地。
着地というか、目潰しするかのように空さんの顔面に蹴りを入れていたような。
パンツ見られないためには仕方ないよね。
あ、でも、お姉ちゃん、タイツみたいなの穿いてるから見えないんじゃないかな。わかんないけど。
そんなことをしている2人の横にあたしは普通に着地した。
狼の獣人のおかげかな? なんか体が凄い軽い。リアルじゃ絶対できない動きだから楽しい。
楽し〜い。
楽すぃ〜い。
「おいーっ! こはる、現実逃避するな! 帰ってこーいっ!!!」
叫んだお姉ちゃんがあたしを引っつかんで走り出した。もう片手に持っている銃はずっと弾を吐き出し続けてる。
あたし達の前には空さんがいて、前と横からモンスターに殴られてた。
うん、そうなんだ。
あたし達の落ちた場所ね、モンスターの海の中だったんだ。レベル80〜120くらいのモンスターが前後左右ビッチリ。
そのモンスターの海の中で強引に道を作ってどうにか逃げてるっていうのが今の状態。
笑いも出ちゃうよね。
「こはるー! メイン職業武闘家だろー! 火力職だろー! 削るの手伝えーっ!!」
「こはるちゃん俺を助けてーっ!!」
絶賛戦闘中の2人から飛んでくるヘルプ。
うーん。
あたしのレベルこの前100まで上がったし、同じレベルのくらいまでは相手出来るのかな?
そういえば、レベル上がったんだから攻撃スキル増えてるはずだよね。
と思って、ゲームを始めた時に見たっきりだったスキル欄を確認。
うふふ、きっとたくさん増えててどれを使うか迷うくらい――増えてないっっっっっ!?
これはあれですか!
スキルポイントを割り振ってないからツリー上にあるやつが何も取れてないってやつですか!?
ちゃんと考えて後からゆっくり取ろうと思っていたのが仇に!
wikiさんと相談しながらしっかり考えてスキル取っていきたいけど。
ひいぃっ。
さっさと戦えやっていう、お姉ちゃんと空さんからの圧が凄い。
とりあえず初期スキルの〈連打〉とかで頑張ります!
武闘家の特性なのか回避率が高いみたいで、モンスターの攻撃が飛んできても、ある程度自動で避けてくれてる。ズボラなあたしには素晴らしい。
たまーに、跳んで避けた拍子にモンスターの上に乗っちゃうのはご愛嬌。
「ところでナナさん? 回復してくれないの? 手持ちのHP回復薬これで最後なんだけど?」
空さんの手の中で赤い液体の入った小瓶が割れた。合わせてHPバーが回復したけど、また猛烈な勢いで削れていっている。
空さんが就いてる騎士って、モンスターの注意を引いてパーティのみんなを守る職業なんだって。
今も周囲のモンスターのほとんどは空さんだけを殴ってる。
盾職様ありがたや〜。
「機工師って回復も出来るんだ? 補助も出来るし万能だね?」
「そうだなー。弾さえ持ってれば比較的万能職ではあるけど」
お姉ちゃんがポーションを空さんに投げた。空さんのHPがほぼ満タンまで回復する。
「持ってなければただの単体火力職だ。ちなみに、アイテム整理中だったもんでな。インベントリの中、ほとんど空なんだ。今のが最後のポーション。回復弾も持って来てない。つまりはそういうことだ」
あー、そうなんだ?
それってつまり……ヤバくない?
「どうすんだそれぇええ!? 絶対もたんぞ!!」
「私が聞きたいわ! どっか安全地帯ないのか!? てか、ワープポイントが空中ってどういう設計だこのフィールドぉ!」
そうなんだよねー。
入ってきたワープポイントに入り直せば逃げられると思うじゃん? でもね、空中に浮いてるの、ワープポイント。そりゃもう何にも無いところに。
どうやって戻ればいいんだろうね、あんな所。
「どうやら一緒に行けるのはここまでのようだな」
ポツリと空さんが呟いた。振り返って笑った彼の白い歯がキラリと輝いた気がする。
「2人だけでも生き延びてくれ。こいやモンスターども、〈タウントー!!〉」
モンスターの群れの中に突っ込んでいった空さんの方向にモンスターの視線が集中する。そうして、みんなしてワラワラ走って行った。
空さんの使った〈タウント〉って盾職のメインスキルの1つでね、広範囲のモンスターの敵愾心を一気に集められるスキルだと思うんだ。
他のゲームでも同じ名前で出てくるから多分間違ってないと思う。
でもさ、こんな状態でタウントなんて使ったりした日には、余計なやつのヘイトまで拾っちゃって死ねるよね。
「ちっ。空のやつ格好つけやがって」
お姉ちゃんも空さんの行く末はすぐに予想がついたみたい。
で、あたし達の予想通り、空さんのHPはさっきまでよりガリガリ減っていって、お亡くなりした。彼は泡に。
泡は上の方に昇っていって、ワープポイントの上で消える。
「ん? 見にくいけど、ワープポイントの上に床があるな。ひょっとしてあそこが復活地点で安全地帯か?」
空さんだった泡が飛んでいった方にあたしとお姉ちゃんは走る。空さんがタウントしてくれたお陰でちょっと道ができたんだ。
でも、その空さんが死んじゃったものだから、ヘイトがあたし達に移ってきてる。
うわああ、開けてた道がどんどん詰まってきちゃってるよぉ。
何かいいスキルないの!? と思って、所持スキルを流し見る。そうしたら、攻撃スキルじゃないからさっきはスルーしちゃったスキルが目に留まった。
〈内丹〉
狼獣人の格闘家のみ取得。
体内に巡る気を操作して一時的に全ステータスを飛躍的に上昇させる。
効果時間:30秒
再使用までの時間:1時間
これこれこれこれ!
これならどうにか出来るかも!
「お姉ちゃん、あたしにつかまって!」
「んあ?」
「いいから早く!」
お姉ちゃんがよくわかっていない様子であたしの肩の上に腕を回す。
「しっかりつかまっててね! いっくよ〜、〈内丹〉!」
スキルを発動。途端に力が溢れてきて身体が軽くなった。
おぉ、これなら行ける気がする!
「な、なんだ!? なんか走るスピードが急にあがっ、ぶべっ!?」
「ちょっと揺れるから気をつけてね〜」
あたしは目の前のモンスターの頭めがけてジャンプ! そのままモンスターの頭を飛び移って進む。狼の姿の時できたからできるんじゃないかと思ったけど、やっぱできるじゃん!
安全地帯っぽい床の下までもう少し。
モンスターの背丈の分だけ床までの距離は縮まってるし。
いっくよ〜!
ホップ、ステップ、ジャーーーンプ!!
空中の床がどんどん近付いてくる。もう少し。あともう少し……。
ヤバい。減速してきた。
うきゃぁああ、あとちょっとが届かないよぉおお!