64 銀さんはタマさんになりました
「聞いて聞いて~! あたし変身スキル取れたんだー!」
ギルドハウスのリビングであたしは発表した。
「ああ、そう」
「こはるちゃん良かったね~! スキル獲得記念に俺とデートしようぜ」
「わんこ姿希望ぅ。もふりたいぃ」
「リアルのように抜け毛の心配はないのですかしら? 服が動物の毛だらけになるのは嫌ですわ」
上から、お姉ちゃん、空さん、腐ちゃん、姫様のありがたいお言葉です。
みんなちょっと反応が冷たすぎやしませんかね。
純粋なおめでとうが1つも無いってどういうこと?
「だってこはる、ピコピコハンマーで変身できてたじゃん? 周囲からしたらあんまり変化ないっつーか」
「それもそうだね」
お姉ちゃんが言った理由にあたしも納得。
つれないお祝いをされたことはスッパリ忘れて、狼姿になって腐ちゃんの膝の上に乗った。彼女からリクエストがあったからね。
この場所にいると体のあっちこっちを撫でて貰えるし、ブラッシングもして貰えて幸せなんだ~。
「それでおタマ。顔を出せたということは、資格は取れましたの?」
「うむ。またこれまで通りにプレイできる予定でござるよ」
おタマ?
はて、誰のことだろう?
銀さんが返事してたから、銀さんをさしてるんだろうけど。
「アオーン」(おタマって銀さんのことだよね? なぜにおタマ?)
「そりゃあこはるちゃん、こいつの名前からに決まってるっしょ」
「アオーン」(タマって字無いよ? 空さんみたいに連想ゲーム式?)
「……」
え? え? なんでみんな黙ったし? お前が言えよ。いやいや、そちらこそみたいなアイコンタクト飛ばしあってるし?
「名前なんて誰を指してるのかわかればいいんだから、個人個人で好きなように呼べばいいんじゃね?」
最終的に、お姉ちゃんがそう申し渡しました。
みんなうなずいてるし。
銀さんの名前がタマになる理由を言うのがどんだけ嫌なん?
でもさ~。
個人個人で好きなように呼べっていわれてもさー、あたしだけ大きく違うって嫌なんだよね。
「じゃあ、あたしもタマさんって呼ぶね」
理由など知らなくてもみんなに合わせはできる!
腐ちゃんも、相変わらず変換法則がわからないまま「5050801→腐」な状態だし。
その分類が1人増えるだけ。
というわけで、あたしの中で、銀さんはタマさんになりました。
「ああ。せっかく銀になれるチャンスだと思ったのに」
タマさんがおいおいと泣きだした。
そんなタマさんをお姉ちゃんが冷たい目で見ている。
「泣くな。お前はどう頑張ってもタマだ。その名前と生涯を共にしろ」
「ふざけた名前しかつけられない。これがVIPの辛いところでござる」
VIPとかいう知らない言葉が出てきたけど。
うん、聞かなかったことにしよう。あたし、頭を使うのは嫌いなんです。
必要な知識なら誰かが説明してくれそうだけど、それが無いから、きっと知らなくていいことなんだよ。
必要になったら、その時に勉強します。
「ほんじゃま。タマ男が復活してきた記念に、サン=ジェルマンのクエストクリアツアーでもするかね?」
空さんが立ちあがった。
「サン=ジェルマンのクエスト……。先だってこはる殿に聞いたやつでござるかな?」
「アオーン」(そうだよ~。なんでクエストクリアツアーするのかわかんないけど)
「やっていないクエストとなれば俄然行きたくなるのがゲーマーの常。それを察してくれたのでござろうよ」
「それもあるけど、あのクエ、一通りクリアしてないと、中間ポイントからのスタートが使えないじゃん? アイテム収集に行く時、タマ男だけ弾くのもあれだしなぁ」
あ、そういう理由ですか?
「アオーン」(あ、はいはい! あたし、ついでにやりたいことあるんだけど!)
あたしは挙手……する代わりにジャンプしながら吠えた。
喋るのに面倒だから、やっぱり人型に戻ろう。社会生活を送るには、やっぱ人型が楽。
「第2フィールドで怪人になりたい! 怪人変身バッジ欲しい! 変身できるのが自分だけじゃないなら、あの格好にも耐えられる! むしろコスプレ楽しそう!」
「私もそれは欲しいな」
「私もぉ」
「わたくしも変身してさしあげてよろしくてよ」
「怪人変身バッジ?」
テンションが一気に上がったあたし達と対照的に、タマさんは首を傾げている。
とぅ! と掛け声をあげて、空さんがグレースカムバックGTRに変身した。
「ィー」(こんな感じでさ、悪の怪人に変身できるアイテムがあってさ。それを手に入れられる場所があるわけっぺよ。どうせならタマ男も取って、全員で戦隊組んで遊ぼうっぺ)
「戦隊は普通は悪の組織と戦う立場であるはずでござるが。怪人が戦隊組むと、どういう立ち位置になるのでござるか?」
はて?
立ち位置だなんて、そんな難しいことまでは考えていませんでした。
ほら、他のみんなも何も考えてなかったって顔してるよ。
「ィー」(んなん、取ってから考えりゃいいっぺよ。とりま、第1フィールドに行ってみるっぺ~」
変身を解いた空さんはそのままタマさんにラリアットをかます。勢いのままワープポイントに突入しそうな感じ。
そんな空さんの足首の片方に、姫様の鞭が絡みついた。
「男の仲間が復活したからといって浮かれすぎでしてよ。クエスト受けていないでしょう? おタマからはワープポイントすら見えていないのではなくて?」
「あ」
空さんが口元を手で隠す。
1人だけ第1フィールドに突っ込むはめにならなくて良かったね。