63 弱い狼はいらんのです
「あれは、ある暑い夏の日のことじゃった」
魔女さんが遠い目をする。
「わたしは生まれたばかりのおんしを連れて散歩をしていたんじゃ。けども、あまりに暑いものでな。ぐーすか昼寝しているおんしを木陰に置いて、水浴びをしに泉に行ったんじゃ」
ほう、昔話ですね。
「そうしてちょっと目を離したすきに、おんしが消えるという事件が発生してな」
な、なんですとー!?
「木陰に残っていた足跡を辿っていったら、オークどもの巣についた。しかしじゃ」
魔女さんが渋い顔になった。
なんでも、オークさんがあたしをさらった犯人だってつきとめた魔女さんは、オークさん達を痛めつけてあたしの居場所を吐かせようとしたんだって。
「吐かせはしたが、得られた情報は、”目を覚ましたおんしは一目散に逃げた。食いそこなった”でな。それを聞いたわたしはおんしの足跡を辿ってみたんじゃが……」
どうにもあたし、変な道ばっかり通ってたらしくて、途中で痕跡がわかんなくなっちゃったんだって。
「自然の生存競争は厳しい。幼すぎるおんしでは生き残れんだろうと思って、わたしはおんしを諦めた。だが、最近になって、どうしても気になっての」
「それで子供を探そうって思ったのはわかったけど、どうして狼の因子を持ってる人間なの?」
「決まっておるであろ? わたしが狼の因子を持っているからじゃよ」
言いながら、魔女さんの体がどんどん変化していく。
ローブをまとったお婆さんは1匹の狼になった。
「アオーン」(さぁ、成長したおんしの狼姿を見せておくれ)
「いやまってよ。あたし、狼になれないんだ。それで、変身するためのスキルを取りにきたんだけど」
「アオーン」(変身の仕方を忘れてしまったというのかい? やれやれだねぇ。どれ、思い出すように、ひとつカツをいれてやろうかね)
狼姿の魔女さんが大きくジャンプ。
空中でくるくるって体勢を整えて、尻尾であたしの頭をファッサァって撫でた。
そうしたらさ、なんでかさ、〈変身〉ってスキルを取得したんだけどさ!
「アオーン」(ほら、もうなれるだろう?)
「うす!」
あたし、アイテムに頼らず変身します!
と~~うっ!
ぼふんっ
「アオーン」(やった! 自力で変身できたよ!)
「アオーン」(おお、別嬪な狼だね)
「アオーン」(これ、きちんと人間にも戻れるのかな?)
心配だから、もう一度〈変身〉スキルを使用。
今度は人間の姿になった。
良かった~。
このスキルがあれば、自由に獣型と人型をいききできるみたい。
それはそうとしてさ。
「ねぇ魔女さん。鳩さんの手紙って、狼の因子を持った人間に届くようになってたんでしょ? その時点であたしが魔女さんの子供の可能性はあったわけで。こうして理由を話してくれれば、面倒くさい試験を受けなくて良かったと思うんだけど。なぜに途中でいろいろ試験したの?」
「アオ……」
半端な鳴き声をあげた魔女さんが、狼姿から人型に戻った。
それでもって話し始める。
狼の姿のままだと話をするのが面倒だったからかも。
「わたしの子かもしれんとはいえ、まだ確定はできん。能力も未知数であったしな。それで、どの程度の能力を持っているのか試させてもらったんじゃ。能力の低い個体であれば、親子関係は無かったことで……ってことで、言い出さなければいいだけだしの」
おい。
「正直、能力が高い個体であれば、血は繋がってなくても親子と言い張ろうと思っておった」
ちょっと。
「幸いにもおんしは優秀だった。その上、間違いなくわたしの子供だった。このオークの巣、一度入ったことのある者がいるPTでなければ入れないのだが、おんしは入れたであろ? 以前にここを訪れたことのある証明じゃよ」
「それでさらわれた子供の証明をするのはいいけど、下手したらあたしオークに殺されてたけど?」
「豚に殺される程度の弱い狼などいらんよ。そんな雑魚なら、遅かれ早かれ淘汰されるだろうから、タイミングが早まるだけさね」
弱肉強食の世界って厳しいですね!
「質問は終わりかね? では帰ろうか。もうここに用はないしな」
「そういえば、この空間からどうやって脱出すればよいのであろうな? 落ちてきた穴はずいぶんと上でござるし」
「おや。おんしら、外に抜けるための横穴は見つけておらんのだね? あっちに見えるだろう? 岩盤にぽっかり空いた穴が。あそこから外に出られるんだよ。ここのオークどもはそこを通り道にしてる」
ええ!?
フィールド探索しないでまっすぐオークさん討伐に走っちゃったから、そんな道があるなんて気付かなかったよ。
ひょっとして、あたし達がここに来た穴。魔女さんが勝手に作った通り道?
「ただまぁ、あそこを歩いて帰るのも面倒だ。少しばかりズルをしようかね」
魔女さんがぱんぱんと手を打ち鳴らした。
あたし達がいる場所の真上の岩盤がまるごと無くなって青空が見える。
そうして、あたし達の足元には巨大なトランポリンが登場した。
「このトランポリンでジャンプすれば、わたしの小屋までひとっ飛びさね」
いいんすかそのチート手段!?
楽そうだから使わせてもらいますけどね!
ぴよ~ん。ぴよよ~ん。大ジャーーーーンプ!
おぉ、飛んだ飛んだ!
快適に空の旅をして、あたし達3人は魔女さんの小屋に帰りついた。
「わたしの子とはいえ、おんしの人生だ。好きにお生き。けれど、たまに顔を見せに帰ってきてくれると嬉しいねぇ」
魔女さんはそう言って笑って小屋に入っていった。
「続きのクエスト出てこないから、変身スキルに関する一連のクエストはこれで終わりなのかな?」
「で、あろうな。良かったでござるな。目的のスキルが取れて」
「うん!」
ご機嫌にあたしは尻尾を振る。
ようやく自由に変身できるようになったよ!
まずはギルドハウスに戻ってお披露目かな。
あたしと銀さんがクエスト消化してる間に、他のギルメンのみんなもINしてきてるみたいだし。