58 ござるなギルメンさん
◉◉◉
ギルドハウスのサン=ジェルマンさんの部屋で、あたしはお茶をごちそうになっていた。
いろはずピーチ味美味しいです。
うっかり力を入れ過ぎるとペットボトルを潰しちゃうから、注意しないとだけど。
「ねぇねぇねぇねぇ。狼になったり人型に戻るスキルを貰えるクエスト教えてよ~」
「教えるわけないでしょ。そういうクエストがあるって教えてあげただけでも大盤振る舞いよ。あとは自分で探しナサイ」
サン=ジェルマンさんが手をしっしと動かした。そうして、メイドさんが入れてくれたミルクティを優雅に飲む。
んぐぐぐぐ。
クエストがあるって教えてくれるなら、どこで貰えるどのクエだよっていうのまで教えてくれてもいいのに。
「ケチ~」
「それ以上言うなら、茶を没収するわよ」
「うぐ」
お茶の権利を奪われるのは苦しい。
もしものもしもで、ギルメンの他のみんなまでお茶を出してもらえなくなった日には……あたしに地獄のお仕置きが待っている気がする。
これ以上粘るのはやめよう。
タブレットを取り出してこのゲームのwikiを開く。
クエストの項目を選んで、共通クエストと、獣人の専用クエの窓を広げて、と。
wikiって便利だよね。
攻略本買わなくても攻略情報色々載ってるし。
というか、ネトゲに攻略本って無いし。
そんな、困った時の頼りの綱のwiki様。
共通クエストに、変身に関係するクエストは当然のように無い。
もともと実装されている猫の獣人さんの専用クエはと見てみると、あるんだよね。変身能力獲得クエ。Lv5で。
同じ獣人だし、このクエスト受けられるんじゃない? と思って変身能力獲得クエを受けに行ってみたの。
けど、受けられなかったという。
狼の獣人は、変身能力を獲得できるクエは別なのかな?
それとも、同じクエを受けるんだけど、クエを受けるための前提条件がレベル以外にもあって、それを満たしてないとか?
「あー。うー」
わからなくて、とりあえずいろはずを飲んで喉を潤す。うん、いろはずピーチ味おいしい。
気をきかせてメイドさんがクッキーまで用意してくれた。
紅茶風味のクッキー美味しいな。
な~んて、お茶を楽しむのがメインになっていたんだけど。
まだ会ったことの無いギルメンさんがログインしてきたよってログが流れてきて、あたしはクッキーから手を離した。
口の中のものはいろはずで流し込む。
会ったことの無いギルメンさん、所在がギルドハウスってなってるから、この敷地内にいるはずなんだ。
ギルメンのみんなの行動パターン見てる感じだと、ログインログアウト率が一番高いのはリビングかな。
だから、この人もきっとリビングにいるはず。
身だしなみに粗相が無いかさささっと確認して、あたしはリビングへのドアをゆっくり開いた。
予想的中。
見たことのない人がリビングに立っている。
「こんにちは~。初めまして~」
ドアに半分隠れながらあたしは声をかけた。
今ってさ、あたししかログインしてなかったんだ。だから、お初な人との間を取り持ってくれる人が誰もいない。
緊張しちゃってちょっと弱腰なのは仕方ない。
あたしの声に反応したのか、パイナップルみたいな髪型をした男キャラさんがあたしの方に顔を向けた。
「ああ、新しいギルメン入ったんでござるな。こちらこそ初めまして」
ござるだ!
この人ござるって言った!
確かに着物着てるし職業武士ってなってるけど!
役になりきる系の人なのかな?
ネトゲの中ってみんな結構自由だよね。癖がある方向で。
あれかな?
お名前が「珍宝銀銀丸」って和名っぽいのも、役になりきりの一環なのかな?
ていうか、名前に「銀」の字2つも入ってるし。銀色が好きな人? というか、この人も当たり前みたいにレベルカンストしてるんだね。
このギルド本気で何かおかしい気がする。
「ところで。拙者の記憶では、ギルドハウスのそこに部屋は無かったと思うんでござるが。ハウス拡張でもしたんでござるか?」
「あ、それはですね」
あたしはこれまでの経緯をかいつまんで説明する。
あたしがこのギルドに入ってから、珍宝銀銀丸さんがログインしたことってないんだよね。
仕事で資格取らないといけなくて、勉強が忙しくてゲームどころじゃなかったんだって。
だけど、ようやく試験が終わって落ち着いたから、また遊びに来たっていうお話。
「なるほど。拙者がしばらく離れている間に、楽しいことをしていたんでござるな。で、こはる殿は、これから何をしようとしていたんでござるか?」
「獣化したり人の姿に戻ったりできるスキルを貰えるクエストがあるらしいんですけど、そのクエがどこにあるのかわからなくて。どうやって探すか悩み中っていうか」
参考までに、猫獣人の変身能力獲得クエを表示したタブレットを珍宝銀銀丸さんに見せる。
珍宝銀銀丸さんがタブレットを眺めながらあごを撫でた。
「変身能力は獣人にとって基礎スキルのようなものでござるから、低レベルで取れるようになっているはずでござるよ。普通に、レベルごとに提示されるクエストを消化していけば出ている感じのものであると思うのでござるが」
「え?」
「え?」
あたしは目をぱちぱち。珍宝銀銀丸さんも目をぱちぱち。
「あたし、低レベルのクエ、ぜんぜんやってないっていうか」
「クエをやらないで、どうやってレベルを上げたんでござるか?」
「強い敵をひたすらに倒しまくって、いわゆるパワーレベリングと申しましょうか……」
「このギルドのメンツならやりそうでござるな」
珍宝銀銀丸さん苦笑い。
「それなら、これから、低レベルのクエ消化に行くんでござるか? 良ければ拙者も一緒に行きたいんでござるが」
「え? いいんですか? 経験値もアイテムもぜんぜん美味しくないと思いますよ?」
「経験値はキャップ解放されるまでは必要ないでござるからね。何するか決めてなかったんで、誰かのやりたいことについていくのが楽しそうでござる」
「はぁ。それならご一緒でお願いします」
珍宝銀銀丸さんにPT申請を飛ばして即席PTの完成。
「よろしゅうに。討伐モンスターの数稼ぎやアイテム採取くらいなら手伝えると思うでござる」
「こちらこそよろしくお願いします。珍宝銀銀丸さん」
「そう畏まらずに。同じギルメンでござるからな。拙者のことは”銀”とでも呼んでもらえればいいでござるよ」
珍宝銀銀丸さん改め銀さんがにこりと笑った。
銀って呼べだなんて。
この人やっぱり銀色か何かが好きな人なのかも!