56 vsミカエルさん
「防御と回復は気にするな。全力で叩け!」
お姉ちゃんが壺を取り出して地面に叩きつける。
煙がもくもくあがって、あたし達PT全員にバフがいくつかついた。
物理・魔法攻撃力アップ(大)、物理・魔法防御力アップ(大)、素早さアップ(大)、器用さアップ(大)、クリティカル率アップ(大)、命中率アップ(大)、回避率アップ(大)
なにこの神バフ。
「こんな便利なアイテム持ってるなら、今までのボス戦でも使ってよ!」
「アホいえ。これは、作るのに貴重な材料使いまくりの、いわゆるとっておきなんだ。多少強い程度の、余裕を持って戦える相手にホイホイ使えるか!」
あ。そうなんだ。
ダメージディーラーとして優秀なお姉ちゃんを補助回復役に下げるくらいだから、まぁ、強い相手なんだろうね。
姫様もかなり優秀なヒーラーだと思うんだけど、1人じゃPTを支えきれない状態ってやつなんだろうし。
「わかってんだろうなサン=ジェルマン。こちとら大赤字覚悟で錬金アイテムを大盤振る舞いしてやるんだ。クエストのクリア報酬、それ相応のものをよこせよ」
お姉ちゃんの目線が痛い。
でもさ。クエ報酬ってさ、言ったら良くなるものなのかな? すでに決まってるんじゃないの?
「そんなのアタシに言われてもどうしようもないに決まってるじゃないの。調合が大変な錬金アイテムを垂れ流しにしないといけないだなんて、戦力不足なアナタ達が悪いんでしょう? アタシが最後のボスだって教えてあげたのに、ヒーラー2人入れてこなかったソッチが悪いのよ」
ほら。サン=ジェルマンさんが鼻で笑ったじゃん。
「クエスト報酬を変更できる権限くらい持っとけ糞オネェ!」
「んま! アタシが柔軟な対応してあげてるから、お宅の犬コロが人の姿に戻れたの忘れてくれてんじゃないの!?」
「それはそれ、これはこれだ」
「そんなことも一緒に考えられないだなんて、脳みそ鳥より少ないんじゃないの? やーい、鳥頭以下~」
「んだとこのハゲ!」
「ハゲてないわよ! このふっさふさのどこを見て言ってくれてんの!?」
あたし達とミカエルさんがドンパチやってる横で、お姉ちゃんとサン=ジェルマンさんの間では舌戦が繰り広げられている。
苦しい戦いのはずなんだけど、余裕を感じられてしまう不思議。
ていうか、舌戦に意識を持っていかれてるのか、サン=ジェルマンさんの補助が若干ゆるいような。(お姉ちゃんは仕事もキッチリしてる)
これを狙って舌戦してるんだったら、お姉ちゃん凄いよ。
あたしには、何も考えずにイライラをぶつけてるようにしか見えないけど。
そんな、性格の違う戦いが2つ繰り広げられていたわけですが。
回復さえ追い付くんだったら、時間はかかってもあたし達の方が総攻撃力は高いわけで。
あたし達、ミカエルさんを撃破!
HPとMPの回復だけしてサン=ジェルマンさんを囲んだ。
召喚できるお伴がいなくなったからって、逃げられちゃ困るからね!
「さて。ようやくお前さんと戦えるっていう認識でOK?」
空さんがサン=ジェルマンさんに剣を向けた。
サン=ジェルマンさんは両手を上げる。
「半分正解で半分間違いかしら」
「んあ?」
「だってアタシ、戦わないもの」
サン=ジェルマンさんがにっこり笑った。
反対に、あたし達はぽかん。
だって、あなたがこのフィールドのボスだって言いましたよね?
「ボスとは言ったけど、アタシ自身が戦うとは言ってないでしょ? アタシ、労働は嫌いなの。だから、戦ってくれるお伴がいなくなった時点で戦闘終了よ。あの4体、よく倒しきったわね」
ぱちぱちと拍手が送られてくる。
彼が言っているのは本当らしくて、獲得経験値とかがログウィンドウに流れた。
ようやく一息つける感じ。
けどなんだろう? 何かが足りないような?
「あなたと戦わなくていいのは良いのですけれど、クエストクリアにならないのは何故ですかしら?」
そ れ だ!
今までは、最後のボスを倒したら、クエストクリアのテロップも流れてた気がする。
「クエストクリアの報酬がここじゃあげられないからよ。アタシがそれをあげる所までがこのクエスト。ま、ここにいても話が進まないから、ギルドハウスに戻りましょうか」
サン=ジェルマンさんが指を鳴らすとワープポイントが出現。彼はさっさとその中に消えた。
「あいつ、結局ギルドハウスに戻ってくるのか?」
「どうだろう?」
報酬だけくれて「さようなら」な気がするけど。
「なんにせよ、これ以上戦闘が続かなくて良かったですわ。MP回復薬、そろそろストック無くなりそうでしたのよ」
「姫ってばぁ、MP効率の悪い回復連発してたもんねぇ」
のんきに喋りながら、あたし達もサン=ジェルマンさんを追ってワープポイントに入る。
これだけ苦労してクリアしたクエスト、どんな報酬がもらえるんだろう?