46 茹狼と茹鳥
高飛び込み台から、あたしは不死鳥さんに向かって飛んだ。
軌道は正確だったようで、不死鳥さんの頭付近に蹴りがクリーンヒット。
脳震盪でも起こしかけたのか不死鳥さんがふらついた。そのまま落ちてくれればプールにドボンだよ~。
だったんだけど、落ちきる前に不死鳥さんは復活。
力強く羽ばたいて天井付近に舞い戻ってしまった。
落とされたくないから、あたしはあわてて不死鳥さんの羽毛にしがみつく。
「今のは惜しかったな」
「頭が弱いのですかしら。脳震盪狙い、悪くない気がしますわ」
あたしの攻撃が参考になったのか、ほとんど胴体に打ち込まれていた攻撃が、不死鳥さんの頭部に集中しだす。
うん。
頭に攻撃してくれる方が、胴体にしがみついているあたしからしてみたら怖くないです。
あー。
でも、しがみついてるだけだと何もできないや。
どうにかやって地上に降りて、また高飛び込み台から攻撃ってやるべきかなぁ。
ていうか、昔もこれと似たような状況になったことがあるような。
あ、思い出した。
ジャンヌさんが敵として出てきたとき、空を飛んでた彼女の背中にへばりついてたんだった。
あの時どうしたっけ。
えーと。
両翼にしがみついて、そうしてたら翼がもげて、飛べなくしたんだった。
この方法、不死鳥さんにも使えないのかなー?
あたし、周囲の状況を確認。
そして計画を断念。
不死鳥さんの翼、もげそうな気配ゼロでした。
動かすのを制限して飛ぶ邪魔をするっていうのも考えてみたんだけど、力強く動いてるから、あたしじゃ力負けしそうな予感。
「こはるー。そっちで、ジャンヌの時みたいに羽ばたきの邪魔できないのか?」
考えてることは同じだったみたいで、お姉ちゃんから問いが飛んできた。
「無理ー。片方の翼にしがみつくくらいならできるけどー」
「片方ならいけますのね?」
「うん~」
でも、片方抑えた程度じゃ不思議パワーでこの鳥さん飛びそうなんだけど。
姫様どうするつもりなんだろうって見てみたら、彼女の手に丈夫そうなロープが握られた。
しかもさ、ロープ、西部劇で出てきそうな感じに、先っちょが丸い輪っかになってるんだけど。
「片方の翼はこれでひっかけてこちらで抑えますわ。輪をかける手伝いと、もう片方の翼を抑える仕事、わんこに頼めますかしら?」
「いいけどー。ロープ、そんなに器用に投げられる人いるの?」
インディージョー○ズさんならできそうだけど。
「わたくしが投げますわ。引っかけた後は空に任せますけど」
「姫様が?」
「縄も鞭も扱いはそう変わりませんもの。わたくし、こう見えて鞭の扱いにはそこそこ定評がありますの」
姫様が女帝の顔になる。
近くで空さんの顔がキモくにやけた。
うん。どういう定評かよくわかった。
サン=ジェルマンさんを締め上げた時のアレ系だよね。知らない世界は知らないままにしとこ。
「投げますけれど、用意はよろしくて? わんこ」
「いいよー。おっけー」
「そぉ~れ!」
姫様が縄を投げる。
おおおお? 輪っかが片方の翼をスルリとくぐって真ん中付近まで入る。
「わんこ。縄を翼の根元まで持っていってくださる?」
「はーい」
あたしは手を伸ばしてロープを掴んで翼の根元まで移動させた。そこでロープがギュッと絞まる。
「チェックメイトですわ」
不死鳥さんの飛び方が不安定になった。
でもやっぱり片翼でも飛べるんだね。
あたしはロープがついていないもう片方の翼の根元にしがみつき。
鳥さんがあたしを振り落とそうとあがいてるけど、振り落とされてなんてあげないんだから。
「鳥、落ちそうだぞ!」
わーい。作戦成功?
あ。いや、待って。
落ちるって、本当に墜落っぽいんだけど!
それまでの安定飛行から、あたしと不死鳥さんはまっさかさまに墜落。
救いは、落下点がプールだったことかな。
ロープでの引っ張りを調整することで落下点をずらせたみたい。そのままだったら床にドカンだったから、危なかったぁ。
ばしゃばしゃばしゃ。
水浴びが嫌なのか、不死鳥さんがばたばた暴れる。
暴れてる途中で羽がボロボロ抜けて、何ゆえか体もどんどん縮んで七面鳥くらいの大きさに。
最後には、クリスマスの夜食卓に上る直前みたいな、可哀そうな姿の鳥さんになった。
プールに抜け落ちた羽は、しゅわしゅわいいながら溶けていってる。
それで、なんか、水が、ぬるく……というか熱くなってきてるような。
「不死鳥の沐浴が終わったら、その水を飛ばす作業です。この水槽には特殊な術が施されていて、条件がそろえば自動で水を蒸発させるように動きますので、お待ちいただくだけなんですが」
綺麗なお姉さん。
それって、鳥さんがばしゃばしゃした後は、水を蒸発させるために水温が100℃になるからね、ってことですよね。
避難避難避難ーーー!!
このままここにいると茹狼と茹鳥になっちゃう!
あたしは鳥さんを頭に乗せて、プールサイドに全力で泳いだ。犬かきで。