38 王様こんにちは
「水銀、猛毒なんだが」
お姉ちゃんがつぶやく。
そう、水銀は猛毒。それくらいはおバカなあたしでも知っている。
学校で習ったもんね。阿賀野川水銀中毒とか水俣病とか! どんな症状が出るのかは忘れたけど。
「そんなん飲んだら、いくらゲームだって言っても体に悪いんじゃね? 良くてもバッドステータス付加されてきそうなんだけど」
空さんでも顔をしかめる。
そんな中、
「思うんだけどぉ。現実の水銀とぉ、このクエの水銀はぁ、切り離した方がいいかもぉ」
腐ちゃんがまったく逆方向の意見を出した。
「なんで?」
「この一連のクエのさぁ、あっちこっちに錬金術関連の要素が埋め込まれてるのに気付いてるぅ?」
「クエの開始条件があたしの錬金レベルだったよね。あと、先に進むための鍵も錬金レベル依存」
「そもそもが、クエをよこしてきたサン=ジェルマン自体が、錬金術の大家かなんかだったよな」
「うんそうぅ~。あとはねぇ、第2フィールドのボスだった工場長ぅ、名前がアレッサンドロ・ディ・カリオストロだったでしょぉ? あの人自分のことを詐欺師だって言ってたけどぉ、歴史上はぁ、錬金術師としての顔も持ってる人だったはずぅ」
「あら、実在していましたの?」
「うん~」
「で、その、あっちこっちに散りばめられてる錬金要素と、ここの水銀、なんの関係があるんだ?」
そうそう、それが知りたかったの。
自然とあたし達は腐ちゃんの近くに顔を寄せた。
「錬金術における水銀はぁ、神秘の象徴の1つなのぉ」
「そうなの?」
「うん~。硫黄や塩と一緒に混ぜるとぉ、完全な物質になるんだってぇ」
「完全な物質が何を指してるかわからんけど、随分とお手軽なもので完全になるんだな」
「ちなみにぃ、硫黄も塩も水銀も概念だからぁ、実際は何を指してるのか不明ぃ」
「ああ、そういうオチ」
わかったようなわからないような。
そんな説明を受けたあたし達は息を吐いた。
あたし、腐ちゃんの言ってることほとんどわかんなかったんだけど、他のみんなはわかったのかな?
そういうオチかと言ったお姉ちゃんなら多少はわかってるかもしれないけど。
空さんは確実にあたしの仲間だと思う。
「つまるところ、名前と見た目は水銀でも、中身は別物だろうから気にスンナって話しだな」
お姉ちゃんが突然空さんを蹴飛ばした。
空さんはみごとに水銀の泉にドボン。お姉ちゃんも泉に入った。
2人の体から流れ落ちる水銀は、透明な水みたいな感じになってる。
「防御力アップと状態異常耐性のバフがつきましたわね」
姫様も泉に入る。彼女にも防御力アップと状態異常耐性のバフがついた。
泉で身を清めろって言われたし、害は無さそうだから、あたしと腐ちゃんも泉にどぼん。
「で、あとは、この金の杯で水をすくって飲めだったっけか?」
手に取った金の杯でお姉ちゃんは水銀をすくう。
不思議なことに、杯の中に入ったとたんに、水銀は澄んだ水みたいな見た目になった。
で、その水を空さんの口に流し込む。
「飲むと、攻撃力アップとHPの持続回復か。至れり尽くせりだな」
「これさ、このあとに面倒な戦闘が待ってますよって感じしまくりだよね」
「だろうねぇ」
先の流れを話しながら泉から出る。
本当はびしょぬれでもおかしくないんだろうけど、まったく塗れていないあたり、データの世界って便利だよね。
「全員清め終わりましたね。では王に謁見に参りましょう」
綺麗なお姉さんがスタスタ歩き出した。
城の中を進んで、しばらくしたら螺旋階段をひたすら登る。
ひたすら登る。
てか長いよ。どんだけあるんだろう、この階段。
そんな長い螺旋階段を上った先に王様達の部屋はあったよ。
部屋にいる人の中で偉そうなのは6人。
男3人女3人。
全員椅子に座ってる。
その中に、第2フィールドのボスだった工場長と受付嬢さんもいるんだけど。
これ、どういう人達がここにいるわけ?
「こちら、このたび合同結婚なさる王と王妃殿下。それに王族の方々です」
綺麗なお姉さんが説明してくれる。
え、まさか、あの工場長、王家の血筋とかいう設定?
王族がどういう人生を歩んだら詐欺師になるのか、無性に気になります!
「ようこそお客人達。私達の結婚式に参列する資格のある者がいてくれたことを、まずは喜ぼう」
部屋の中で、いかにも王様が座ってる場所に座っている男の人が口を開いた。
この人が王様だね。理解。
「それで諸君には――」
王様が続きを話す。
片方で、外から大音量の雄たけびみたいなものが聞こえてきた。
部屋にいた衛兵さんや綺麗なお姉さんが窓辺に駆けていく。
「大変です! この城を敵国の兵が取り囲んでおります!!」
「王妃様を渡せと! さもなくば城を攻め落とすと言っておりますが!!」
目の前で繰り広げられるドタバタ劇。
なんか、色々察したあたし達。
「これさ、俺達にお任せください! って言うべき場面だよな?」
おずおずと空さんが挙手した。
「撃退に協力してくださるのですか!? ありがたい! では、ワシの魔法であなた方を戦場へと送りましょう!!」
王様達の側に控えていた魔法使いっぽいお爺さんが杖をふるう。
一瞬視界が暗転。
次の瞬間には、あたし達は戦場、それも敵さんの大軍の前に投げ出されていた。