22 帰ってきたグレースカムバックGTR
「このエリアこそ工場の目玉、原料を怪人に加工する場所です! 左手をご覧ください」
案内員のオネーさんが旗を振る。
ガラスの向こうにベルトコンベアが見えた。上には気絶しているらしきモンスターが転がっている。
そんなモンスターが、ベルトコンベアで運ばれて大きな機械の中に入った。
で、くぐり終わって出てきた時にはショッ○ーの姿になっている。
小さなモンスターも大きなモンスターも、一律中肉中背の成人男性くらいの大きさになって出てくるって凄くない?
「あの機械の中ってどうなってるのかな?」
「たぶんだけどぉ、外見ステータスの書き換えしているんじゃないかなぁ?」
「しょせんこの世界ってデータの塊だからな」
なんて夢も希望も無い答え。
いやまぁそうなんだろうけどさ。
おぉ、なんという技術力なんだ!! って驚いてあげる優しさも必要だと思うの。
だってほら、案内員のオネーさんがとっても悲しそうな顔してるし。
「あら。空が流れてきましたわね」
姫様が手にした扇で口元を叩きながら言った。
あそこですわと扇が向けられた先には、蜘蛛の糸で巻かれた餌みたいな状態になった空さんがいる。頭だけは包まれてないんだけどね。お陰であたし達は、あれが空さんだと認識できたわけで。
白目むいてるけど。
「あれ絶対暴れたんだよぉ」
「セクシーオネーさん系モンスターがいて、口説きに走ったせいで拘束されたんじゃね?」
「ありそう」
「普段もああしておいた方が静かでいいかもしれませんわねぇ」
あたし達が眺めている前で空さんが例の機械に入った。
そうして出てきた姿が、いつぞやのクエストで見たものなんだけど。背中にしょぼい羽があって、頭の上に針金で持ち上げられた輪っかの乗ってるショッ○ー姿。
「おぉ、あのお姿はグレースカムバックGTR様! 行方不明になっていらしたはずが、こんな所に!!」
案内員のオネーさんが鼻息荒くガラスにへばりつく。
あたし達ギルメンの間には非常に白けた空気が流れた。
そんなこっちの雰囲気なんてまるっと無視して、グレースカムバックGTRとなった空さんがカッと目を見開く。
「ィー!」(ぬぉおお! これしきの戒めでこのグレースカムバックGTRを抑えようとは笑止! だっぺ)
雄叫びをあげたかと思ったら、身体をぐるぐるに巻いていた何かを引きちぎった。
おぉ、なんか格好いい。
でも語尾の「だっぺ」まで復活していて、雰囲気丸潰れ。
あと、そこはかとなく嫌な予感も。
空さんの見た目が怪人になったタイミングで、彼がPTから外れたのはなんで?
「ねぇ、あそこで作られてる怪人って、このクエのどっかで敵として出てくると思わない? しれっと空さんPTから外れたし」
「ありそうですわね。賢いですわよわんこ」
「あいつ、前、クッソしぶとかったんだよなぁ」
「空のしぶとさだけはピカイチだもんねぇ」
「みなさんご覧になられましたね? 潜在能力の高い原料にあたると、ああいう幹部クラスの怪人が生まれるのです! ここが、当工場の素晴らしいところなのです!」
案内員のオネーさんが熱く語っているけれど、誰も聞いていない。
怪人化した空さんをぶっ飛ばすのが面倒くさいっていう話に終始している。というか、ぶっ飛ばす1択なのもどうかと思わないでもないんだけど。
仕方ないよね。
空さんだし。
ぶっ飛ばしてあげた方が喜びそうだし。
あ、あんまりにも話を聞かなさすぎて案内員のオネーさんが泣きだした。
ごめんごめん。
なんとなくみんなで慰める。
あたし達は空さんには厳しいけれど、その他の人には優しいんだもん。(注)例外大量に有りマス。
どーにかこうにか泣き止んでくれた案内員のオネーさんが泣き笑いする。
「すみません。これくらいのことで取り乱してしまって。工場見学を続けますね」
そう言って彼女は歩き出した。
通路の先には「工場長室」とプレートの掲げられている部屋。というか、そこしかない。
「ここから先は工場長が皆さんをご案内するので引き継ぎをしますね。本当は、工場長が見学者に会うことってないんですけど、みなさんは鍵をお持ちなので特別です」
案内員のオネーさんがあたしの方を指さす。
そうしたら、あたしの顔の前にサン=ジェルマンさんから貰った〈第二の鍵〉がふよふよ浮かび上がった。
部屋のドアからカチリと音がする。
役目を終えたとばかりに鍵が地面に落ちたから、あたしは慌てて拾ってインベントリに入れておいた。
軽くノックしたオネーさんは返事も待たずドアを開ける。ズンズンと中に入っていった。
リアルでこんなことやったら確実に怒られるよね。ゲームって強気。
それで、通された工場長室なんだけど。
運動場ですかって言いたくなるような、だだっ広いだけでガランと何もない部屋だった。なんでか、赤ちゃん用玩具がそこら辺に転がってるっていう。
そこに、スーツの上から作業着を着たおじさんが立っている。この玩具で遊ぶのがおじさんの趣味なのだろうか。
やばい、変態だ。
「どうも皆さん。これまでのルートはいかがでしたか? 普通のモンスターが怪人になっていく様は面白かったでしょう?」
ニコニコニコニコ。
工場長さんが朗らかに話しかけてきた。
とたんに閉まる、入ってきたドア。
工場長のすぐ横に移動する案内員のオネーさん。
どこからともなく湧いてくる怪人達。たぶん出来立てほやほや。だって、湧いて出てきた怪人の中に空さんもいたから。
「もうお気付きだと思いますが、第2フィールドのボスは私、アレッサンドロ・ディ・カリオストr――」
工場長さんが名乗りを上げている途中でお姉ちゃんの銃が火を噴いた。
眉間に銃弾を直撃させられた工場長さんが後ろに仰け反る。けど、倒れずに復帰してきた。
お怒りでだと思うんだけど、目をギラギラさせながら巨大化して変身していく。おぉ、なんか、デブマッチョショッ○ーになりそうな予感!
「名乗りの途中で攻撃してくるとは、なんたる非道!」
「うっせーよ。なげーよ。3文字以下の名前にしろ」
「むぅりぃー」
「横暴が過ぎましてよ」
お姉ちゃんの我儘に腐ちゃんと姫様から苦言が飛ぶ。
その間に元工場長さんの変身はすっかり終わって、案内役のオネーさんもピンク色の怪人になって、その他怪人のみなさんはあたし達を取り囲んだ。
「えとー。これって、雑魚の相手しながらボス叩く方式?」
「だな。くそ、こんな時に空がいないって、どんだけハードモードだよ」
お姉ちゃんがイライラとぼやく。と、そこに空さんの大声が響いた。
「ィー!」(敵ども俺を見るだっぺ。〈タウントォオ〉!)
直後に、あたし達の攻撃対象が強制的に空さんに固定される。
「空のくせに私達の邪魔してくるだなんて生意気ぃ」
「よほど地獄が見たいようですわね」
「難易度だけ無駄に爆上げしやがって、この放送自粛用語が!」
オネーサマ方から膨れ上がる即刻殺すオーラ。
こういうのには流されとくに限る! それが処世術!!
ってわけで、唯一の前衛職のあたしがいちばん前に立った。それで格闘の構えをとる。
「空さんお命頂戴するね!」