17 鍵を手に入れた!
◉◉◉
「これより、ナナオ先生の初めての調合講座を始めます」
ギルドハウスの片隅で、お姉ちゃんが高らかに宣言した。
生徒はあたしだけだから、1人で拍手する。
こほんと咳払いしたお姉ちゃんは後ろを向いて、そこに設置されている大きな釜の淵に手を置いた。
釜の高さは1メートルくらい。横幅もそれくらい。その釜に半分くらいまで水っぽいのが入ってる。
「錬金調合Lv1。低級ポーションの調合。材料は近くの森で採取できる草。まずはこれを錬金釜に入れる」
「はいっ」
「混ぜる!」
「はいっ!」
「中の水が無くなるまで混ぜる!」
「はいっ!」
「水が無くなったらブツが出来てるから、取り出して終了」
「え、それだけ?」
つっこんだタイミングで釜の中でポンっと音がして湯気が出た。もやが無くなった釜の底にはポーションの瓶が1本転がっている。
本当に出来てるし。
「これにてナナオ先生の初めての調合講座はお終いだ! とりあえずレベル1で作れる物をひと通り作って、その後はひたすらにポーションの調合な。材料は全てギルド倉庫に入ってる。無心で調合してとりあえずレベル5まで上げろ!」
お姉ちゃんがびしっと大きな宝箱を指す。
なんの変哲もない木箱に見えるんだけど、これがギルメンで共通に使える倉庫なんだ。
ここから材料を取れってことは、あたしが自分で材料調達しなくてもみんなが集めてきてくれるってことだよね。
ありがたや〜。
「あ、で、この〈製作経験値増加リング〉を着けて調合すれば、経験値が1.25倍入るから。調合する時はつけ忘れないようにな」
お姉ちゃんが虹色の石のはまった指輪をあたしに渡してくる。
忘れる前にあたしは装備した。
で、やれと言われたからひたすらに低級ポーションを作る。
なんで低級ポーション量産? と思ってたんだけど、レベル20になって作れる物リストに中級ポーションがあった。その材料に低級ポーションが必要みたいだから、その時使えるようにだろうね。
まぁ、まだまだ先の話だろうからどうでもいいんだけど。
今のあたしは修行僧。
雑念を捨てて低級ポーション職人になりきる。
あたし以外のギルメンのみんなは材料調達に各地に散っていってくれた。ありがと~。
そうして、ひたすらに同じ作業を繰り返すことしばし。
チャラーンと音がして錬金レベルが5になった。
「ふぅ〜。ようやく課題クリアだよ〜」
大量に出来上がった低級ポーションをあたしはギルド倉庫に放り込む。
ちょっと休もうと思ってリビングに向かった。
ソファに寝転がってゴロゴロする。
そうしたら、リビングと連結する形で勝手に増築されたサン=ジェルマンさんの部屋から、彼がひょっこり出てきた。
「なぁにアナタ。その程度の調合で疲れちゃうなんてまだまだね」
と言いつつも、メイドさんにあたし用の紅茶を用意するように指示してくれている。
「でもアタシ、きちんとお勉強もするヒトは好きよ。アナタはまだまだみたいだけど、アタシが薔薇十字団にスカウトしたくなるくらいまで頑張りなさい」
そうして、1本の古びた鍵を出してきた。
「何それ?」
「錬金レベル5のお祝い。もうちょっと上がったらまたあげるわ。せいぜい頑張りなさい」
鍵だけを残してサン=ジェルマンさんは自分の部屋に戻っていった。机の上にあるのは謎の1本の鍵。
〈第1の鍵〉
【特殊クエスト(ギルド)】背徳の薔薇が絡みしは栄光の十字 を発生させている狼獣人の錬金レベルが5になった時、サン=ジェルマンから贈られる鍵。
そんなアイテム説明がされていた。どこで使うとかは書かれていない。
でもこれ、特定クエストの発生が貰える条件になってるんだから、そのクエで使う物なんだろうね。
いつ必要になるのかはわかんないけど。
必要な時に持っていないと困るから、とりあえずインベントリに入れておく。
そしたらまたソファにダイブ。
同じタイミングで、今の今まであたしのいた場所に誰かが突然現れた。
あれ? なんかデジャブ。
このギルドの人はソファ周辺でログアウトする癖があり過ぎると思うの。
あたしもだから人のこと言えないんだけどさ。
で、その、あたしの目の前に現れた金髪縦ロールのお嬢様は下々の者を見るような目であたしを見て、次は机の上のお茶セットに視線を移した。
「あなた初めて見る顔ですわね。ですけど、お茶のセンスは悪くないと思いますわ。なんでしたら、このわたくしにも同じ物を用意する名誉をさしあげてもよろしくてよ」
彼女の手の中に扇が現れる。それでぱたぱたと自身をあおぎながら、彼女もソファに座った。
「何をしていますの? 早くなさって」
口元を扇で隠しながら言ってくる。
これはあれですか。お茶セットを彼女の分も用意しろということですか。
いや、いいんだよ。お茶の用意くらい。お茶はみんなでした方が楽しいし。
でも困ったことに、これ、サン=ジェルマンさんのメイドさんが用意してくれたやつだから、あたしじゃどうしようもないんだよね。
頼んだらもうひとセット用意してくれるかなぁ。お茶セット。
そうこうあたしが悩んでいたら、玄関が開いてお姉ちゃんが帰ってきた。
ソファに座っている金髪縦ロールのお嬢様を見てひと言。
「よー、姫。久しぶり」
姫。
そう呼ばれた金髪縦ロールお嬢様の方にあたしは顔を向けた。
彼女、キャラ名が「聖天使猫姫」ってなってるんだよね。
そのうえ金髪縦ロールだし。服装も、重労働なんてしませんわって感じのヒラヒラだし。高ビーだし。
まごうことなき姫キャラではある。むしろまんま過ぎ。
「姫が来たならあそこ行けるかもな。サン=ジェルマンにぶっ飛ばされたあそこ」
お姉ちゃんがワープポイントの方に顔を向ける。
『あー。あー。業務連絡だ。サン=ジェルマン関連のギルクエ攻略に行くぞ。30分以内にギルドハウスに集合な〜』
かと思ったら、ギルドチャットで一方的な業務連絡が行われた。
ギルドチャットだと、同じサーバー内にいるギルメンとなら距離無視してお話できるから便利なんだ。
時間無さすぎぃ、鬼過ぎるって意見が腐ちゃんと空さんから返ってきているけれど、お姉ちゃん軽くスルーだし。
んとー。
サン=ジェルマンさん関連のギルクエってなんだったっけ?
えーと。
えーと。
あ、視界いっぱいにモンスターがあふれてた空間に投げ出されたアレか!