131 タックルタックル、そしてまたタックル
ジャンヌさんのジルさんへの接近を防げれば、ジルさん戦は普通のボス戦になった。
こうなればだいぶ楽。
ジルさんの攻撃力自体は高めで、攻撃バリエーションも多い強いボスさんなんだけどね。
けれども思い出してほしい。
あたし達は、朱石5周年記念イベントで、攻撃に1発当たれば即死なんていうふざけたボスとの戦いをくぐりぬけてきたの。
ダメージがちょっと痛いくらいのボスが可愛く思えてしまう不具合。
鍛えられて良いと思うべきか、ふざけたバグ作んな運営死ねと思うべきか。
あたしとジャンヌさんがレスリングしている目の前で、タマさんの攻撃がジルさんの最後のHPを削り取った。
「ああ。ジル。お前のトドメは私が刺さねばならなかったのに」
ジャンヌさんがジルさんの方に手を伸ばして、悔しそうにグーを作った。
ぎっと、歯をかみしめている。
「ジャンヌには悪かったですけれど、仕方ありませんわ。こうしなければあなたが死んでしまいそうでしたもの」
「だが!」
「もう済んだことだしさぁ。一緒にジル・ド・レの冥福でも祈って終わりにしよぉ?」
「んだんだ」
「そうか。私の冥福を祈ってくれるのか。だが、それは、君らが草葉の陰から祈るという形になりそうだが」
ジルさんの冷たい声が響く。
気付いた時には空さんの背にジルさんの剣が突き刺されていた。
空さんが驚いた表情で振り返る。
完全に不意打ちされたせいでクリティカル攻撃を食らった形になって、空さんのHPが8割消失。
「どういうことですの!?」
ジルさんの攻撃力の高さを考慮してだと思う。
クールタイムが長いからめったに使わない、瞬時にHPを全快できるスキルを姫様が使っていた。
とりあえずそれで空さんの状態は立て直せて、ついさっき終わったはずの攻防が繰り返される。
「おかしいねぇ? ジル・ド・レぇ、さっきHPゼロになってぇ、こてってなってなかったっけぇ?」
「なっていたでござるよ。拙者も見たでござる」
「倒したと思って喋っている間にあいつに黒い靄が集まって、かと思ったら全快してたぞ」
「んだよそれ。心臓が2つあるとかいうタイプ? 面倒くせえな」
「言っても仕方あるまい。倒しきるまで削るだけでござる」
あれあれ?
みんな飲み込み早いね。納得も早いね。
そんなもんって感じで戦闘が再開された。
だから、あたしとジャンヌさんのレスリングも再開。
「離せこはる! ジルは私が倒さねばならぬのだ!」
「だから駄目だって! ジルさんとガチンコでやるとジャンヌさん死んじゃうじゃん!」
「そこを、私を死なせないようにやるのがお前たちの仕事だろう!?」
いやー。
そんな、最初から他力本願で自分を死なせないようにしろって、どうなんですか?
あたしとジャンヌさんのレスリングが続く。
ジルさんが何度HPゼロになって復活しようとも、あたしとジャンヌさんのレスリングは続く。
ていうか、なんか、あたしがジャンヌさんにレスリングの技かけられてる体勢になってるんだけど。
痛い痛い、苦しいーーー!
バンバン。
床を叩いてギブギブ!
「これ、倒しても倒してもキリなくね?」
ぽつりと空さんが言った。
「実は拙者もそんな気がしてきてたところでござる」
「わたくしも」
「私もぉ」
「奇遇だな。私もだ」
あれれ?
ジルさんと戦ってるみんなの雰囲気が変わってきてる感じだね?
ていうか、戦いながら、チラチラこっちに視線がくるのはなんで?
「さっきから、ジャンヌ、「ジルを倒すのは私でなければならない!」って言い続けてるよな」
「言っていますわね。わたくしもそれが気になってましたの」
「ギリギリまで私たちで削ってぇ、倒す直前にジャンヌちゃん投入でいいんじゃないかなぁ?」
「妥当だと思うでござる。ではそれで」
「ラジャ」
5人の間では意思疎通がとれたようで、あたしとジャンヌさんの方に向けられる視線は無くなった。
えとー。
5人様、何をなさるおつもりで?
でもまぁ、あたしに何も言わないってことは、あたしは引き続きジャンヌさんに絞められてればいいってことだよね?
って、駄目だよ!
絞められてると苦しいの!
なんかないの、楽になる方法。
あー。
考えるの面倒だから、ちょっと前からお世話になりっぱなしのタックルでもしてみよっかな。
困った時のタックル頼み。
おばさんの加護がきっとあるに違いない。
脳死であたしは〈突進〉を使った。
どういう原理かわからないけど、あたしの上に乗ってあたしを絞めあげていたジャンヌさんが空中に吹っ飛んでいく。
うわ~。
タックルってすごーい。
って、呆けてる場合じゃないや!
今のうちにマウント取り返さないと!
けれどさすがはジャンヌさん。
吹っ飛ばされて一時的に体勢を崩しても、ぶざまに床に激突なんてしない。
空中でしっかり姿勢を整えて華麗に着地していた。
そんな彼女のお顔を、あたしは尻尾で叩く。
「うぷっ! 何をするこはる! 前が見えないだろう!」
「いいのいいの。あなたは何も見なくていいの! あたしだけを見て!」