130 愛する人が最優先です
ジャンヌさんがいい女だという見解の一致から、友情らしきものを見せた空さんとジルさん。
けれど、それはそれ。戦いは戦いみたいで。
ジルさんの手の平から出てきた黒い魔力が剣を形作る。
それで、空さんの剣を受け止めた。
斬り結んでは離れて、また斬り結んでが繰り返される。
何度かそれが繰り返されて、ほどよく空さんにヘイトが貯まったと思われた頃から、あたし達火力陣も本気で攻撃に向かう。
空さんとチャンバラをやりながら、ジルさんがぶつぶつ言っている。
と思ったら、部屋の床からどす黒い何かが噴き出してきた。
ドライアイスのもやもやに手を突っ込んだ時みたいな感じっていうのかな。ひんやりゾクゾクが凄過ぎて、鳥肌ブルブルが止まらない。
「なんですのこれ!?」
姫様が慌ててスキルを展開した。
全員に持続回復が掛かって、その上で範囲回復が連続で唱えられる。
「エグいな。今のスキル、こっち全員のHP一律で2/3くらいもってった上に、その分ジルのHP回復しやがった」
お姉ちゃんが苦々しく言いながら銃弾を飛ばす。
その横をジャンヌさんが走り抜けていった。
ジャンヌさんがジルさんに斬りつけようとする。
今まで空さんと斬り結んでいたジルさんがジャンヌさんに向き直った。
その上、ジャンヌさんへ攻撃している。
「空、ジャンヌ殿にタゲが移っているようでござるぞ!」
「んな言ったって! ヘイトは間違いなく俺がぶっちぎりのハズだぜ!?」
空さんが後ろからジルさんを斬る。
けれどジルさんの攻撃対象はジャンヌさんから動かない。
矯正的にタゲを回収する〈挑発〉を使っても駄目。
ジルさんとジャンヌさんの攻防が続いて、姫様が回復をそれなりにしているにも関わらず、じりじりジャンヌさんのHPが削られていく。
「ジャンヌさん危な~~い!」
見ていられなくなって、あたしはジャンヌさんに飛びかかった。
体ごとぶつかって、自分ごと彼女をジルさんからひき離す。
後ろからジルさんの追撃くるかな。
でも、ちょっとならあたしが身代わりに受けて、その間にジャンヌさんのHPを回復してもらえばいいよね。
頭の回らないあたしでも、それくらいのことは考える。
けれど、ジルさんからの攻撃はなかなかやってこない。
「あれ?」
振り返ってみたら、何事もなかったかのようにジルさんは空さんに攻撃していた。
「ジャンヌがジルから離れたら攻撃対象が空に移った。ジルの近くにジャンヌが来たら、ヘイト関係無しにジャンヌが攻撃対象にされるのかもな」
「そんな変則ターゲッティングもあるんだ?」
「あるんだろうな。私たちには設定がわからないから、戦いながら相手の動きのパターンを予想していくしかないわけだが」
あたしとお姉ちゃんが喋っている横で、あたしの腕の中から抜け出したジャンヌさんがジルさんに突進していった。
ジルさんの背中にジャンヌさんの一撃がきまる。
攻撃を受けたジルさんは反転して、空さんを無視してジャンヌさんと剣を交え始めた。
「こはる。いい実験タイミングだ。ジャンヌをジルから離せ」
「はいは~い」
仮説には検証が必要だもんね。
あたしはジャンヌさんの真横に移動して、彼女に思いっきり突進した。
ジャンヌさんが豪快に横に吹き飛ぶ。
ふふ。横からの力に人は弱いからね!
けれどそこは歴戦の騎士ジャンヌさん。体勢を立て直すのが早い。
すぐにでもジルさんとの戦闘に戻りそうだったから、あたしは、まだ不安定な姿勢のジャンヌさんにタックルしておいた。
「お姉ちゃん、ジルさんのタゲどんな感じ~?」
「やっぱり、ジャンヌが近くにいなければ空に固定だな。火力が1人削れるのは痛いが、ジャンヌが死ぬ方がもっと痛い。こはるの責任で、そいつ、ジルからひき離しといてくれ」
「こはるちゃんの分はぁ、この子たちに頑張ってもらうからぁ」
腐ちゃんの周囲に飛び交う幽霊くん達がうなずいたように見えた。
いやね。
実際、彼らけっこう強い感じなんだよね。
ジルさんから全体魔法攻撃もくるけど、それではギリギリ死なない程度にはHPあるみたいだし(もう死んでるけど)。
割合ダメージならHP全快なら死なないし。
被ダメージの回復に関しては、あたし達の回復と一緒に全体回復ができるから、姫様の負担は変わらないみたい。
うちのギルメン、性格には難ありだけど、戦力だけは信頼してる。
だからあたしは、全力でジャンヌさんのお相手ができるのです。
必死でジルさんの所に行こうとするジャンヌさんを主戦場から遠ざけるために、あたしはジャンヌさんに突進、突進!
いかに彼女があたしの突進を避けようと頑張ろうと、あたしの突進は外れない。
NPCのおばさんに、突進が100%命中する常時発動スキルを貰ってるから。
貰った時は、これいつ使えばいいんだろ~? って思ったんだけど、こんなにすぐに使えるタイミングが来るだなんて!
「こはる、邪魔をするな! ジルは私が倒さねばならないんだ!」
「駄目だよジャンヌさん! 代わりにあたし達がジルさんにはお灸をすえるから、一緒に観戦してよ!」
「そんなことができるか!」
ジャンヌさんがなんと言おうとあたしはあなたから離れないよ!
「あれだよねぇ。男同士だけじゃなくてぇ、女同士もいいよねぇ」
ボソっとした腐ちゃんのつぶやきが耳に入って、あたしとジャンヌさんの体に同時に震えが走った。
尻尾の毛まで逆立っちゃったよ。