119 おばさんはタックルの達人
出直そうと決めたあたしと姫様が戻る場所はもちろんギルドハウス。
帰りついた時にちょうどジルさんが来ていて、ジャンヌさんの定位置の出窓を挟んで1人と1匹は楽しそうに立ち話していた。
「おや。ご主人たちが帰ってきたようだね。では私は退散するとしよう。また」
「ニャー」(またな)
さわやかな笑顔を浮かべて帰っていくイケオジさん。
いつになく柔らかな表情をしているジャンヌさん。
彼女のいる出窓には真っ赤な薔薇の花束が置かれている。
これはあれだね、ジルさんのお土産だね。あたしの大好物、犬まっしぐらを賭けてもいい。
「ニャー」(お帰り主たち)
「お帰りなさいませ。ジャンヌ様、こちらの花束、花瓶に生けても?」
「ニャー」(頼む)
メイドさんが薔薇の花束を抱きかかえる。
薔薇の行き先が気になるのか、ジャンヌさんは出窓から飛び降りてメイドさんについて行った。
あたしと姫様はギルドハウスに入る。
「メイドさん、お花生けた後でお茶ちょうだい~」
「かしこまりました。少々お待ちください」
メイドさんは倉庫に入って、大きめのガラスの花瓶を持ってすぐに出てきた。
大量の薔薇が豪快に花瓶に生けられて、玄関から入ってすぐの棚の上に飾られる。
それが終わったら、ちゃちゃっとお茶の用意に動いてくれる。
メイドさん、ほんと働き者。
あたしと姫様はリビングのソファでごろりんこ。
「にしてもさ~。どうすればクエスト発生するのかな? あそこにクエストがあるのは間違いないと思うんだけど」
「何か事件を起こす必要があるのかもしれませんわね。そのどさくさに紛れて入れるようになるとか」
「クエストが発生しなかったのですか?」
メイドさんがお茶を持ってきてくれた。
そんな彼女に、あたしと姫様はこれまでの経緯を話す。
「ニャー」(ティフォージュ城といえばジルの城だな)
とん、と軽い足音をたてて、リビングの机の上にジャンヌさんもやってきた。
そんな彼女の前にはミルクが注がれた皿が置かれる。
「あらそうですの? 彼、子供について何か言っていませんでして?」
「ニャー」(特には。それに、ジルに限って子供たちを帰さないだなんてことはしないと思うぞ)
「なぜですの?」
「ニャー」(なぜって、ジルだぞ? 高い地位にある誇り高き騎士が、そんなことをする理由がない)
それからジャンヌさんはジルさんのことを切々と語り始めた。
教養に溢れ芸術的センスに恵まれた超人。
しかも戦争で活躍した救国の英雄。
「ニャー」(資産家なので、生活に困っている子を一時的に保護することくらいはあるかもしれないが。一般家庭の子を拉致する理由が見当たらないな)
えー。
なにその完璧な人。
それに見た目はイケオジでしょ?
イケオジは正義。
正義の人は無罪でOK。
「やっぱり、わたくし達のフラグの立て方が足りないのかもしれませんわね。街での情報集めが不足しているのか、時間が経過したら更にイベントが進行するのか」
「ニャー」(私の方でも、今度ジルが来た時にそれとなく聞いておこう。クエストがあるのだとしたら、私も役立てれば嬉しい)
それだけ言ったジャンヌさんはミルクを舐める作業に移る。
うーん。
ジャンヌさんから良い人属性が溢れてる。
うちのギルドの良心。
サン=ジェルマンさんは彼女の爪の垢でも煎じて飲ませてもらえばいいのに。
「ちょっとそこの犬ころ、今何か失礼なこと考えてなかった?」
自分の部屋から頭だけ出してサン=ジェルマンさんが言ってくる。
「いえ別に~」
その、自分の悪口言われてる気がするアンテナって、どうすれば搭載できるんですか。
◉◉◉
翌日以降もあたしは共通クエストの消化。
けど、始まりの街の子供たち帰ってこない事件が進展しないかも気になる。
だから、その日の行動を起こす前と終わりには始まりの街を軽く回ることにしたんだ。
今日は今からゲーム開始。
ギルドハウスにログインして、日課になっている始まりの街の散策へ。
「あらよっとごめんね~!!」
そうしたら、豪快に叫びながらおばさんが突進してきた。
それをあたしはさらりと避ける。
避けられたおばさんは、とっとっとと前のめりになり、けれど、こけずに踏みとどまった。
顔だけ後ろを向いて言う。
「あんた。あたしのタックルを避けるとはやるようになったじゃないか」
「だてに2度もやられてないんで! いつ来られてもいいように、少しだけど警戒してたんで!」
頭の悪いあたしだけど、ちょっとは成長するんで!
「あたしのタックルを避けられたあんたに、ひとつスキルをあげよう」
ちゃらーん。
無機質な音がなる。
常時発動スキル 〈百発百中〉 を入手しました。
だって。
〈突進〉スキルが、対象に確実に当たるようになるそうな。
あたし、命中率も素早さも高いから攻撃ほとんどミスらないんだけど、とりあえずありがとうって言っとこう。
そのうち、むちゃくちゃ回避率高い敵とか出てくるかもしれないし。
「それでおばさん、今日は何の情報をくれるの?」
「あ、そうだったね。えとね、西のティフォージュ城とね、始まりの街の神殿がもめてるんだって。偉い人同士のもめごとなんて、あたしら庶民には関係ないんだけどさ」
情報をくれておばさん退場。
あたしは街の神殿に向かった。
ここにきて神殿まで絡んでくるんだ?
にしても、やっぱりジルさん騒動に絡んでるのかな~。