116 彼氏候補も(自称)お父さんもやばそうです
「ねぇね。質問してもいい?」
名残惜しそうに窓の向こうを見ているジャンヌさんに、あたしはおずおずと訊ねた。
「なんだ?」
「さっきのあの人どちら様?」
「ああ。そういえば紹介しなかったな。彼はジル・ド・レ。以前、私と共に戦場で戦った仲間だ。相棒と言ってもいい」
あ、そうなんだ。
戦友ってやつだね。
一緒に命張ってたんだったら思い入れもひとしおだよね。
ん~?
でも、腐ちゃん情報によると、ジャンヌさんって、最後味方に裏切られて処刑されたんじゃなかったっけ?
ジルさん助けてくれなかったのかな?
気になる。
けど。
これは、訊いたら地雷を踏みぬきそうな質問な気もする。
うん。やめよう。あたしは何も気になどならなかった。
ジャンヌさんとジルさんは古いお友達。これで全てOK。
あたしが脳内でそんな自問自答をしていたら、横からつついてくる感触あり。
そっちを見てみたら、腐ちゃんがあたしをつんつんしていた。
腐ちゃんが顔を寄せて小声で言ってくる。
「ジル・ド・レなら知ってるよぉ。ジャンヌちゃん絡みのだったらヤバイのが歴史上にいるのぉ」
マジか。ヤバイのか。どうしよう。すごく気になる。
「どうかしたのか?」
「う、ううん? あ、そうだ。ジルさんまた会いに来てくれるって言ってたよね。良かったね!」
「ああ。言っていたな。今度は共に茶でも飲んでやるか」
ジャンヌさんがふっと柔らかく笑って、名残惜しそうに外を眺める姿勢に戻った。
あたし、腐ちゃん、姫様は窓際から離れて、リビングを抜けてサン=ジェルマンさんの部屋に行って、彼とメイドさんを追い出す。
そうして鍵をかけた。
「ちょっとブスどもなにアタシの部屋奪ってんのよ! 訴えるわよ、オラァアアア!」
オネエが叫んでるけど無視無視。
むしろドアの前を占拠し続けて、ジャンヌさんがこの部屋に近寄らないように守護神になってください。
「で、腐。どうやばいんですの? さっきの彼」
「たしかぁ、ジャンヌちゃんが処刑された後に狂ったのぉ。超絶サディストでぇ、男の子が好きでぇ、錬金術の研究に傾倒してぇ、ありあまる資産を溶かしまくってぇ。あとなんだっけぇ? まぁそんな人ぉ」
「それだけ?」
「そうだよぉ! ヤバイよねぇ!」
「あー。うん。そうだね。ヤバイかもね」
あたしは乾いた返事をすることしかできなかった。
その属性ってそんなにヤバイかな?
だって、超絶サディストの人って、姫様とかお姉ちゃんとかもだし。
男の子が好き、というか、男と男がひっつくのが好きなのは腐ちゃんもだし。
錬金術に傾倒してるのはお姉ちゃんとあたしもだし。
お金を溶かしまくってるといえば、空さんがリアルマネー課金しまくってるし。
うちのギルドではありふれた属性じゃない?
1人でこれだけの属性を持ってるのは、ヤバイと言えばヤバイ気がしないでもないけど。
「その属性、ゲームにも反映されてるのかな? さっき見た感じ、普通のイケオジじゃなかった?」
「現状、ジャンヌは生きてるようなものですからね。わたくし達が彼女を生かすルートを選んだことで、彼の性格設定も変わったのかもしれませんわ」
「ついでに言うと、あの人がイケオジだろうと変態だろうと、あたし達にはあんまり関係ないような?」
「うぅ。そう言われちゃうとそうなんだけどぉ。あれぇ、そもそも私ぃ、なんでジル・ド・レの話してたんだっけぇ?」
腐ちゃんは混乱状態になったようで、しばらく1人でぶつぶつ言っていて、最後には目を回してバタンキューした。
お話は終わったから、ドアの鍵を開けてサン=ジェルマンさんの部屋から撤収。
「姫様、あたしら何の話してたんだっけ?」
「さぁ? ジャンヌの彼氏候補の人柄を勝手に想像してただけのような、違うような。そんな気がしますわね」
「ジャンヌちゃんの彼氏候補ってなにその話。俺聞いてないんだけど」
突然あたしと姫様の間に空さんが生えてきた。
不意をうたれたものだから、もちろんあたしと姫様はビックリ。
めっちゃ驚いて叫び声をあげて、空さんをタコ殴りした。
「うはははは。もっと殴ってくれ! もっと強く頼む!」
あ。これ空さんじゃん。殴っちゃいけない人じゃん。
正気に戻ったあたしと姫様は殴るのをやめる。
「せっかくのご褒美の時間が。って、いや。それよりジャンヌちゃんの彼氏候補って何それ。お父さんは許した覚えはありませんよ!」
「ジャンヌも空の娘になった覚えはないのではないかしら」
「むしろ、親子になったら恋人関係になれないよね」
「はっ! お父さん設定は間違い! 真の未来の彼氏で!」
なんの設定なんだろうこれ。ていうか、茶番が復活したような。
この話どこに流れていくの?
「うぉー! こはるちゃん、俺がINしてない時にも俺の代わりに動いてくれる人形とか錬金で作れないの!?」
「無理だよそんなの! お姉ちゃんにでも頼んでよ!」
「こんな時に限ってナナがいない悲劇!!」
「どうせ、空の代わりに動く人形を手に入れても、ジャンヌをストーキングさせるだけでしょう? わんこ、作っては駄目でしてよ」
「酷い! 気になる子のストーキングはライフワークなのに!」
もう!
もともとぐちゃぐちゃだった流れがさらにカオスだよ!
カオスから逃げるために、あたしは今日のゲームを終えた。