110 恐怖の大王は膨らむようです
『まぁいい。レッド先頭のケツはスカイで逃げるぞ』
いち、にー、さん、ごー!
玄関をばーんと開けたあたし達はどうどうと逃げ――なんてことはもちろんしないで、なるべく静かに玄関を開けて、誰もこっちを見てないのを確認してコソコソ間借りハウスから出た。
外の戦闘音がうるさいなって思ってたんだけど、想像以上に周囲は地獄。
こっち方面にギルドハウスが配置されたギルドの人達なんだろうけど、いくつものギルドの人達が集まってきてて、砂煙の中に向けて遠距離攻撃を撃ちまくっている。
でさ、そういう人達の塊に、たまに砂煙の中から範囲攻撃が飛んできて、避け切れなかった人達が一瞬でお亡くなりして泡になっていくの。
うわ~、きれ~って言いたいところなんだけど、それに見惚れてたらあたしが死ぬ。
気のせいかな?
恐怖の大王が剣をふるってえぐれるフィールド範囲が、時間が経つごとに広く深くなっていっている気がするんだけど。
まぁ、今はそんなこといいや。
とりあえず逃げろ~!
「あ、おい! お前らジャスティスゼロじゃねーか! あれお前たちが犯人だろ!」
なーんて途中で言われたりもしてるけど、今はお話している場合じゃないの!
フィールドを破壊しながらプレイヤーキャラも抹殺しまくってる恐怖の大王から、ともかく離れなきゃ。
「ィー」(って。ねぇ。さっきからずっと走ってるのに、恐怖の大王とあんまり離れられてないよーな?)
「ィー」(そういやそうだな)
「ィー」(むしろぉ、恐怖の大王ってばぁ、私たちが進路変更したらぁ、そっちの方向に進路変更してきてる気がするよぉ)
なんですと?
「ィー」(少し、逃げる方向を変えてみるでござるか)
気になったのか、タマさんが進路を左に折れた。
あたし達の走る方向が変わっても、恐怖の大王の進行方向は特に変わっていない。
恐怖の大王があたし達を追ってきてるって、腐ちゃんの気のせいだったんじゃない?
って、恐怖の大王の進路が変わったぁああ!
あたし達と彼の進行方向が30度くらいずれた頃かな。
急に、すぱんと恐怖の大王の向きが変わったし。
「ィー!?」(なんであたしら狙われてるの!?)
「ィー」(きっとスカイのハレンチ罪ですわよ)
「ィー」(ありえるぅ)
「ィー」(俺がハレンチなら、ドドメなんて3倍満ハレンチ罪だっぺ)
「ィー」(褒められると照れるぅ)
「ィー」(いや、褒めてないだろ)
あたしも褒めてないと思う。
腐女子様の思考はよくわからないことが多々あってたまに困ります。
「ィー」(あー。とりあえずだ。スカイ、お前の持ってる珠、レッドにでも渡しとけ)
「ィー?」(なんでだっぺ?)
「ィー」(だってお前、普通に立ってるだけでも敵のヘイト集める仕様じゃん? 恐怖の大王の攻撃力、あそこまで上がってると、誰だろうと1発で蒸発だし。お前に持たせておくのはただのリスクだ)
「ィー」(確かに)
空さんのヘイトが常時高いのがあまりに普通すぎてみんな盲点だったみたいで、お姉ちゃん以外の全員が手を打った。
いや、空さんも忘れてたってどうなの。
空さんからタマさんに珠が渡る。
って、ひあぁっ!
珠の受け渡しでちょっと足を止めてる間に恐怖の大王が近付いてきてる。
後方のかなり近くまで範囲攻撃届いてきてたよ!
「ィー」(ちょっとお待ちになって。これ、明らかにおかしくありませんこと? わたくし達〈はやぶさの靴〉を装備してますのよ? それなのに、なぜ彼との距離がこんなに離せませんの?)
言われてみれば確かに。
「ィー」(それに、恐怖の大王がいる場所は、わたくし達からそれなりに離れた場所ですわよね? ですのに、彼の姿、ここからでもハッキリ確認できてますわ)
「ィー」(むしろぉ、砂煙から姿がしっかり出てくれてぇ、見やすくなったねぇ)
「ィー」(あー。巨大化してるっぺね、アレ)
恐怖の大王が剣をふりかぶる。
それだけで突風が吹いて、周囲の枯れかけた木がバリバリ飛んでいった。
恐怖の大王を囲んでいた人達ももちろん吹き飛ぶ。
あれだね、ラピュタからボロボロ落ちる人みたいだよ。ムスカみたいに「はっは。人がゴミのようだ」って笑うべきかな?
なんて余裕かましている場合じゃなかった。
あたし達は慌てて走り出す。
「ィー!」(巨大化ってなに!? あたし達と戦ってる時、そんなこと全くしなかったよね!?)
「ィー」(HP持続回復と攻撃力UPバフの過剰スタックが影響しあって、プログラムがバグったんじゃね? わからんけど)
「ィー」(そのうちぃ、イベントフィールドをのみこむくらいまで大きくなったりしてねぇ)
きゃははって腐ちゃんが笑う。
そこまで膨らみはしないだろうけど、イベントフィールドをのみこむくらいの恐怖の大王。ちょっと見てみたい気もする。ゴクリ。