10 わーるどくえすと
「さってと。調べ物の続きでもするか」
ぼふんとソファに座ったお姉ちゃんがタブレットをいじりだす。けれど、その手はすぐに止まった。
「腐〜。サン=ジェルマンとかいう奴知ってたりする?」
そして、なんの脈絡もなく、突然質問を投げかけた。空さんもソファに来てあたしの横に座る。
「腐なー。人様に言えない知識を収集するためにネットサーフィンしまくってたら、古今東西津々浦々の伝承とかまで詳しくなったらしくてさ」
「ネトゲのクエストはそういう伝承なんかをベースに作られてる事も多いから、クリアのヒントにできたりするんだ」
お姉ちゃんが補足説明してくれた。
「知ってるよぉ」
腐ちゃんがひょこっと顔を上げる。
「サン=ジェルマン伯爵ぅ。18世紀のヨーロッパを中心に活動したと伝えられる人物ぅ」
そうして、薄い本を閉じてペラペラ喋りだした。
えーと、あのオネエ、なんか凄い人なんだけど。
要約しちゃうと、作曲も演奏もできて、科学や錬金術に精通してて、ルイ15世に会ってて、ヨーロッパだけじゃなくて中国とかまで行ってて、何ヶ国語も喋れる人。
ちょっとスーパーマン過ぎると思うんだけど。
「ドイツ系の闇結社ぁ、薔薇十字団の顧問もしていたって言われていてぇ――」
「おーっホッホッホッ! こんなに早くアタシの正体を看破してくるだなんて」
腐ちゃんの解説を遮って大声を上げたサン=ジェルマンさんが立ち上がった。
同時にあたしの目の前に表示される文字列。
【特殊クエスト(世界)】狙われた神殿
ピンポンパンポーンとBGMが鳴って、ワールドクエストが発掘されましたとのアナウンスが流れる。
それからこのクエストはどーいうやつだよ。こうやってクリアしてね。みたいな話が続く。
それも終わって静かになったギルドハウスの中で、あたし、お姉ちゃん、空さん、腐ちゃんは、誰からともなく全員同じ動きをしていた。
何をしたのって?
そりゃもう、このクエストの開始条件の確認だよ。
開始条件:【特殊クエスト(ギルド)】背徳の薔薇が絡みしは栄光の十字 進行中に、史実において、サン=ジェルマン伯爵が薔薇十字団に関係していたという事実を知る。かつ、知った事をNPCサン=ジェルマンに知らせる。
そんな予感はしてたけど。
やっぱりあたし達がフラグ立ててた。
「あー。ナナ、インベントリ整理中って言ってたっけ?」
「2分で終わらす」
「OK。それじゃ、各自クエスト準備で。2分経ったら神殿にダッシュな」
空さんのその言葉を最後に、あたしとサン=ジェルマンさん以外は静かになった。みんなの視線と指先は忙しなく動いてるから、クエストに持っていくアイテムの用意とかしてるんだろうね。
ゲームを始めたばかりのあたしには用意できるものなんてないから、さっき始まったクエストの概要を眺める。
【特殊クエスト(世界)】狙われた神殿
概要:信仰などいらぬと説を唱える薔薇十字団。その尖兵が始まりの街の神殿に向かっている。
彼らが神殿へ到着するまでに神殿へ行き、神官達を守れ!
尖兵到達までの時間: 残り 00:08:47
こういう中身だって。
時間内に神殿に辿り着いた人だけ、クエストの次の段階に進めるんだろうね。
「よし、OKだ」
「こっちもぉ〜」
「俺も大丈夫。こはるちゃんは?」
「あ、大丈夫〜」
何も持ってないから。
このクエストが終わったら商店を見に行ったりしようかな。地味にお金も貯まってきてるし。
あ、PTに腐ちゃんも加わった。よろしくね〜。
「よーし、それじゃ行くぞー!」
おー。
空さんの掛け声でみんな一斉に走りだした。そして、ぶっちぎりで置いていかれるあたし。
「ちょっ、みんななんでそんな早いのー!?」
叫んだけれど、あたし以外の3人は既にかなり先。あっという間に視界からいなくなった。
えとー。
しかもあたし、神殿の場所知らなくない?
うぇえーん。
1人だけ時間内に神殿に着けなくてクエスト脱落とか嫌だよ〜。
簡易マップを表示して神殿を探す。
半べそかきながら見つけた神殿に向かっていたら、空さんが戻ってきた。
「いや〜。ごめんごめん。こはるちゃんまだ〈はやぶさの靴〉持ってなかったんだったね。うっかりしてたわ」
空さんが謝りながらあたしをひょいと抱える。と思ったら、猛烈な勢いで走りだした。
「落ちないようにしっかり掴まっててね〜」
「それ走りだす前に言ってぇえええっ! きゃぁああああ!!」
「ああっ。叫び声もかわゆいねっ。もっと叫ばせたい!」
あたしの悲鳴と空さんの笑い声が街にこだます。
変態空さんタクシーのお陰で制限時間内に神殿に着けたけど、無駄に疲れたよ。
「こはるちゃん、またいつでも運んであげるね」
白い歯を光らせながら空さんが笑う。
いやもう結構です。