75『ローマ法王庁大使館』
RE・友子パラドクス
75『ローマ法王庁大使館』
「あの……お手洗い、行っていいですか!?」
ハンカチで口を押えながらの一言は、警備員、警官、そして早くも湧き出したマスコミの人垣を抜けるのに十分だった。
友子はトイレの中で分身を合成、靖国神社は分身に任せる。
友子は直ぐテレポした。分身を合成した上のテレポなので長距離は無理だが、直線距離で一キロに満たないローマ法王庁大使館の前までなのでなんとかなった。
場所柄に相応しくシスターのナリに変身している。
しまった、遅かったか!?
西麻布の大使館から、神父のナリをした男たち三人が駆け出してくると、揃ってジャンプして空に飛び始めた。
え?
サーチすると彼らは義体でもなくエスパーでもない、義体化率ゼロの普通の人間である。
人間がなぜ飛べる!?
手に四メートルほどの小汚い布を三人で持ち、空に駆け上がっていくのだ。
そうか!
布に力があるのだ。
その布が聖骸布であることは、靖国神社にいたころから分かっていた。この聖骸布を盗み出すためのブラフが、靖国放火であった。
放火した男はマインドコントロールされていて、放火の行為に移る寸前まで意図がが分からなかった。
――紙袋を拝殿に投げ、一目散に逃げる――
寸前に読めた思念は、これだけであったが。それが爆発物であることは瞬間の透視で分かった。
そして、靖国神社で大騒ぎになっているうちに、数百メートル離れたローマ法王庁大使館での騒ぎを感知した。
「させるか!」
男たちは、まだ数メートルの高さまでしか達していない。
セイ!
ジャンプすると、三人目の男の手からはみ出している一メートルほどをようやく掴んだ。
ビリっと音がして、男の手から下の一メートルあまりをちぎり取った。人間らしく見せかけるために、友子は、しばらく気絶したふりをした。
「大丈夫かね、シスター……」
優しげな、ジョゼッペ大司教大使の声で気がついたふりをした。
「ありがとうございます。わたくし神田の聖アンナ教会のアンナ藤井と申します。たまたま大使館の前を通りかかりますと……」
「ありがとう、シスター・アンナ。あなたの奇跡的な働きは目の前で見ておりました。まもなく救急車が来ます、ちゃんとお医者様に診ていただきましょう」
「あれは聖骸布では……」
その一言でジョゼッペ大司教大使や、周囲の大使館員の心が読めた。
「あの布が、何であったかは言えませんが、わたしたちにはとても大事なものではあったのです。一部とは言えとりかえしていただいて、本当にありがとう」
「大使、救急車を呼びました!」
女性職員の声がした。
救急車の到着までにいくつかのことが読み取れた。
三人組の盗賊団は、ゴルゴダ教団というカルト集団であること。聖骸布を狙って世界中を駆け回っていること。バチカンは聖骸布を守るため、世界中に聖骸布を移動させていて、たまたま在日大使館で保管していたところを、神父を騙った男三人に奪われた事などが大使たちの心から読み取れた。
しかし、その先が分からない。
飛んでいった三人組も、その進路は港区の上空までで、その先は教えられてはいなかった。靖国のオッサンと同じく、分担した行為の一部しか意識には無く、名前も素性も分からない。
病院に着いて驚いた、治療室が紀香といっしょだったのである。
――なんだか、大変なことに巻き込まれてしまったみたいね――
――こら、怪我人がニヤニヤしちゃダメでしょうが!――
「あ、イタタ……」
紀香が白々しい演技をかます。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
「麻酔が切れてきたんでしょ。大丈夫白井さん(紀香の苗字)?」
慌てて学校からやってきたのだろう、柚木先生が、ほつれた髪を掻き上げながら言った。
――まあ、一晩は大人しく患者になっておこうね――
そう誓い合う友子と紀香であった。
事件は、まだほんの入り口だ……念のため、未来との関係性を栞に訊ねてみたが、その思念に応答はなかった。
※聖骸布:キリストが処刑されたあと、その遺骸を包んだと言われる布。キリスト教の聖遺物。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士




