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REトモコパラドクス  作者: 大橋むつお
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66『シオリクライシス・膠着』

RE・友子パラドクス


66『シオリクライシス・膠着』 





 早くしないと、いい子は売れちゃうよ! 


 友子は子どものように時めいていた。



 夏休みからこっちの鈴木家は災厄に見舞われてばかりだ。


 先日、隣家の中野がトチ狂って友子に襲い掛かったのはオマケのコントのようなもので、先月は、一郎の後輩がハニートラップにかかり、危うく社運のかかった新製品の情報を本人の太田ごとC国のメーカーに取られそうになった。新製品は一郎が開発責任者を務めていたので、これが漏れては首が飛ぶどころか、会社が潰れるところだった。先日は友子が第五世代の義体からの攻撃を受け、間一髪のところを紀香の機転で助けられた。


 一郎も友子も家族には心配を掛けないように明るく振舞っているが、それが一家の主婦である春奈には危うく感じられる――明るさは滅びの徴であろうか――大学の卒論で書いた太宰治の一節が頭の中でループしている。


 鈴木家の面々は、少しナーバスになっている。




「ねえ、犬飼ってみようか?」




 スマホを見ていた春奈が指を立てた。


 一郎はビックリし、友子の電脳は予期せぬ提案に安息とメンテナンスへの自然な効果を予感した。


「ネットで、検索してたら、この店が目に飛び込んできたの!」


 で、隣接するA市のペットショップに一郎の車で急行することになった。


 車に乗り込むとき、お隣の中野のオッサンと目が合ったが、自然な挨拶ができた。中野のオッサン……いや、中野さんも、元高校教師らしい落ち着きを取り戻してくれたようだ。




「この子、この子がいい!」




 まるで、吸い寄せられるように店の奥のゲージに向かった。


 友子は義体なので、人にしろ動物にしろ、その性格や特徴などが一発で分かる。ペットショップに入ったとたんに、無意識に電脳を犬の識別に特化させてサーチを試みたが、二秒後には理屈抜きで奥の子に惹かれてしまった!


 それは生後40日の柴犬であった。電脳をなだめるようにDNAまで鑑別し、その可愛さ、かしこさ、健康、自分や家族との相性など、撫で回すように何度も繰り返しトレースした。けして電脳の鑑別で一番になるわけではないが、理屈抜きで、この子がいいと友子のスピリットが叫ぶ。


 パタパタパタ!


 この子にも、その気持ちは伝わるようで、尻尾を千切れんばかりに振っている。


「よし、物事はインスピレーション。春奈、こいつでいいか?」


 一郎も、ルージュの色相を決めた時同様、直感のようだ。


「う~ん、賢そうね。犬ぐらい賢いのにしとこうか」


「なんだか、それじゃ、あたしたちがバカみたいじゃない」


「ハハ、こいつに見習って、おれ達も少し賢くなろう!」


 そう言いながら、一郎は子犬の説明書を熟読。春奈は値段と、ここ一年に子犬にかかる費用を計算していた。


 ゲージとキャリーもいっしょに買ったころには、犬の名前も決まった。




 帰り道は、少し遠回りだが穏やかな郊外の道を選んだ。




「ハナ、もうじきお家でちゅよ~」


 後部座席では、ケージ越しではあるが春奈が付けたばかりの名前で子犬とじゃれている。


「あ、あのお店、ペット持ち込み可だよ!」


 開発から逃れた林の一画にコーヒーショップが見えた。その名も「ケンネル」。


 店に入ると、きれいなオネーサンがオーダーを取りに来た。ちゃんとペット用の飲み物もある。


「まあ、お宅の子になったばかりなんですね。じゃ、子犬用のミルクをサービスさせてもらいますね!」


 その人がジュンであることは入店と同時に分かった。友子は瞬間で自分の分身を作り、自分はランダムに思い浮かんだNPCに擬態して、化粧室から現れ、窓ぎわの滝川がいる喫煙席に着いた。


「おまたせ」


「どうやら、また一苦労の様子だね」


「うん、一昨日、第五世代の義体に襲われた。友だちが助けてくれたけど、危ないところだった」


「あの義体はミーム会心の第五世代。まだ名前もないプロトタイプだけど、いきなりの実戦投入。君が勝てる確率は1%もなかった。紀香くんの機転で助かったんだね」


「もうクタクタ……家では平気にしてるけど」


「春奈さんにはお見通しみたいだね」


「うん、油断のならない義妹……でも、頼りになるお母さん」


「みたいだね……家族が増えたんだね、賢そうな柴犬だ」


「うん、電脳総動員してサーチしたんだけど……」


「結局は直感で決めたような気がするんだろ?」


「あはは、滝さん、お見通しだぁ(^_^;)」


「来週には、また攻勢に出てくるだろう」


「ハ~……(*´Д`)」


 友子がため息をつくと、雑種だけれど、毛並みのいい中型犬がやってきた。


「俺の相棒、トモちゃんのため息にも反応するようにしてある。ポチ、それ渡して」


「アウ~ン」


 ポチが、アゴの下に隠していたものを渡してくれた。


「首輪?」


「ああ、それを付けておけばハナちゃんはワープできる。トモちゃんの思念だけに反応してね。いずれ、役に立つときがくると思う。それから……君には、これをあげよう……」


 いきなり電脳にメモリーが飛び込んできた。反射的に電脳はウィルスと認識して拒否した。


「大丈夫だよ。俺と仲間の戦いのメモリーだ。第四世代の我々だけど、経験値は第五世代には負けない、きっとなんかの役に立つ」


「ありがとうございます」


 そのメモリーを受け入れると、ザワっと全身に粟粒がたった。


「スゴイ戦いを経験されてきたんですね……」


「具体的な戦闘のメモリーは再現できないようにしてある……十六歳の君には、凄惨すぎるからね。あ、タバコ切らしちゃった。ごめん、向かいのタバコ屋で買ってきてくれないかな」


「いいわよ」




 道路を渡ると、すぐ後ろにマイクロバスが止まった。




「かなこぉ、どこ行ってたのさ!」


「へ……」


 そのとき、友子は初めて自分が売り出し中のアイドルグループ『ももタロ』のメンバーの一人に擬態していることに気づいた。


――本物は、体調不良で、ボクが保護している。悪いけど半日代わってあげて――


――滝川さんって『ももタロ』のファンだったんですか!?――


 返事はなかったが、半日ももタロをやる決心をした。一郎と春奈が、友子の分身とハナを車に乗せて道路に出てくるのが目の前に見えた。


 嵌められた(-_-;)。


 友子は擬態のまま頬を引きつらせ、当然のごとくケンネルはただの林の一角に戻っていた……。




☆彡 主な登場人物


鈴木 友子        30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女

鈴木 一郎        友子の弟で父親

鈴木 春奈        一郎の妻

鈴木  栞        未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘

白井 紀香        2年B組 演劇部部長 友子の宿敵

大佛  聡        クラスの委員長

王  梨香        クラスメート

長峰 純子        クラスメート

麻子           クラスメート

妙子           クラスメート 演劇部

水島 昭二        談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル

滝川 修         城南大の学生を名乗る退役義体兵士

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