59『友子の夏休み グータラ編・2』
RE・友子パラドクス
59『友子の夏休み グータラ編・2』
宿題なんか、あっと言う間にやっつけられる友子だが、あえてグータラやってみることにした。
さすがに英数理の三教科は、グータラといっても電脳が反応してしまい、並の高校生の百倍くらいの早さで終わってしまった。
問題は読書感想文である。
課題図書は、よくもまあ、これだけ傾向性の強い本を選んだなというショ-モナイ本のオンパレードであった。
野間宏『真空地帯』 小林多喜二『蟹工船』 大岡昇平『レイテ戦記』 徳永直『太陽のない街』と、プロレタリア文学が続いた後、石坂洋次郎『青い山脈』 太宰治『斜陽』『人間失格』 なんとか今風なもので、井上ひさし『父と暮らせば』である。
書こうと思えば、市民派をいまだに自認してはばからない国語の小林先生を感涙にムセバせるぐらいのチョウチン感想文などいくらでも書けるのだが、それでは面白くない。
友子自身、小林という先生を好きになれなかった。沖縄戦の生き残りである理事長先生のことを「沖縄県人の犠牲の上で生き残った人も居るには居ますがね」と間接的に揶揄する。
友子は知っていた。
理事長先生は、自決を決めてはばからない村長を殴り倒して手榴弾を箱ごと取り上げ、白旗を用意させ、英語で「There are a lot of civilians, please help them!(民間人が大勢いる、彼らを助けてやってくれ!)」と叫び、自分たち兵隊はガマの裏口から陽動のために駆け出したのだ。
八人で駆け出した分隊は岩陰まで駆け抜けたときには四人に減っていた。そして、最上級者の曹長は肩に貫通銃創を負っていた。伍長の理事長は、ここまでだと観念した。
理事長は、取り巻く米兵たちに降伏を申し出た。
曹長は拳銃を出した……仲間は伍長が撃たれると思った。曹長は自決しようとしたのである。戦死した小隊長から小隊を預かり、それも最後には、自分を含めて四人にまで減ってしまった。その責任をとろうとしたのである。負傷した曹長の拳銃は他の仲間が取り上げ、四人は無事に捕虜になった。
それでも、理事長は、どこかで贖罪の意識があった。
数十名の民間人は助けたが、他に大勢の罪もない県民が命を落とし、自分たちは助かった。
もし、あの時、曹長も戦死して、自分が最上級者になっていたら……曹長と同じことをしていたのではないかと。だから、自分が九十の歳を越えて生きていることに申し訳なさがあり、死ぬまで乃木坂学院の理事長を務めようと決心している。
だから、くちばしの黄色い小林のような先生が市民派を気取り、どのような本を課題図書にあげても一言も言わず、ただニコニコしている。それを思うと友子はムナクソが悪くなり、電脳内に資料を集積し、戦前の蟹工船に関わる資料を全て集めた。
結果は予想していたが、蟹工船に関わる資料の多くが、その力仕事に見合うだけの賃金を払っていたことの証明になった。たしかに多喜二が書いたような事例も存在したが、多喜二が小説の中で書いたような反乱が起こった例はなかった。
友子の『蟹工船』の読書感想はA4で百枚を超えた。
改めて蟹工船を読み返すと、そこには搾取と被搾取の価値観しかなく、仕事への「やり甲斐」というような日本人の働くことの観念が抜け落ちていることに思い至った。友子は勢い余って小林先生の公的私的な記録まで調べてしまった。
「え、小林先生って、『資本論』でさえ剰余価値説(ほんの入り口)までしか読んでないんだ……」
先生の愛読書、岩波文庫の『資本論』は、外側こそくたびれていたが、32ページ以降は真っ新だった。辛うじて「可」のついた卒論も第二部・資本の流通過程はおろか第一部・第六篇の労賃、第七編の資本の蓄積過程を読んだ形跡もない。
「なに真面目に宿題なんかやってんのよ。うわあ、信じらんない。百枚もあるじゃん!」
気がつくと、紀香が人がましくお客さんとしてリビングのソファーに座っている。
「グータラで夏休みを過ごそうと思ったら、こうなっちゃったのよ」
友子は紀香の電脳にリンクしないで、アナログ言語で喋ったので、一時間ほど二人は言い合いし、時に爆笑し、リビングで聞いている父一郎と、母である春奈は喜んだ。
「友子も、やれば年頃の女子高生らしくできるんじゃないか」
「そうね、ちょっと理屈っぽいけど……」
う……(-_-;)
もっとグータラに徹しなければと、心に誓う友子であった。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士




