45『友子のマッタリ渇望症・1』
RE・友子パラドクス
45『友子のマッタリ渇望症・1』
それは、ごくささいな、しかし、友子には思いもかけない事件から始まった。
「あ……」
ボタ
声が出たときには、アイスクリームはカップを離れ、丸ごと座ったスカートの上に落ちてしまった。
「「きゃ(,,ºΔº,,*)!」」
同席の紀香と麻子が声を上げる。
麻子は突然のアクシデントに驚いて、紀香は義体では絶対起りえない事態に声が出た。
「……どうしたの、なんかの伏線?」
「伏線?」
「それが合図で、またどこかのスパイ退治が始まるとかぁ……( ≖ᴗ≖)」
「もう、茶化さないでよ」
ニヤニヤ笑う紀香を尻目に、友子はティッシュでスカートを拭いた。
「それとも、なんか事件の兆し? それともぉ……」
紀香は、しつこかった。
まあ、無理もない。義体である友子が、学校の食堂でアイスクリ-ムをベッチャリとスカートに落とすような人間的な失敗をやるはずがなく、あるとすれば、紀香が嬉しそうに予想した意味や原因があるはずであった。
「ほんとにボンヤリしてたのよ……」
「本気で言ってんの?」
くり返すようだが、友子のようなハイスペックな義体は、意図しない限り、人間的な失敗はしない。向かいの席で、友子のささやかな不幸を見ている麻衣のコーラが、あと0.5度傾けるとこぼれることや、上空の積乱雲が発達して3分後には大雨になることも、それが15分で止むことなど、常に数兆の情報を観測、管理していた。その友子が自分の手に持ったアイスクリームをスカートの上に落としてしまうことなどあり得ないことなのだ。
「……いま、とても新鮮な気分なの」
「なに、それ?」
「完全なボンヤリなんて、義体になる前の人間だったころ以来三十年ぶりよ」
そのとき、二人の後ろを、食べ終わった食器をトレーに載せて女子と男子が通っていく。男子は女子に気があって、少し注意力が散漫になっていた。
紀香は、二センチ背をかがめてトレーを避けた。義体なら当たり前の予防行動だ。
ガチャン!
牧歌的な音がして、男子のトレーが友子の頭に当たり、飲み残したラーメンのスープが友子の制服にかかってしまった。
「あ、ごめん(;゜Д゜)!」
「ごめんなさい(-_-;)。なにボサっとしてんのよ、拭いて……ああ、あんたじゃセクハラになっちゃう」
女子が、ピンクのハンカチに水を含ませて叩くようにしてシミをとってくれる。
「あ、ありがとう。わたしもボンヤリしてたから」
「いいえ、こいつがドンクサイから。少しファブリーズしとくわね」
親切な子だった。男子に謝らせて、やっと行った。
「いまのなに? ここらへんの情報解析したけど、あの男子があの女の子にフラれることぐらいしか分からなかった。あの男子、このあと帰り道でコクルつもりだよ。なんか、わたしには分からない意味があるの?」
「義体になってからのわたしって、人や組織のためだけに働いてきたように思うの……なんだかね……」
「そういうの、アンニュイとかメランコリックって言うんだろうけど……友子、ひょっとしてアレの前兆じゃない?」
ここは、本気でボケテおいた。
「アレが来るのは、まだ十日ほどある。そんなに重い方じゃないし」
この部分は、麻子に聞こえるように言った。長い会話なので麻子が興味を持ち始めたのだ。で、この部分を聞いた麻子は、鼻からコーラを吹き出して咳き込んだ。
「バージョンアップじゃないの?」
「分からない。悪いけど、今日は一人で帰るわ」
ザアアアアア
それが、合図だったかのように大粒の雨が降ってきた……そして15分きっちりで止んだ。
「じゃ……」
「友子……」
「うん?」
「せめて、そのアイスクリームとラーメンの汚れは電子分解すれば。犬が付いてくるかもよ」
「ありがとう。でも、このままでいい……」
その先で思いがけない出会いがあるとは、友子にも紀香にも分からなかった……。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル




