28・きかんしえん・2
RE・友子パラドクス
28『きかんしえん・2』
「ええ……期末試験も近いことだし、きょ、今日は自習にします!」
驚いたことに、柚木先生の方から切り出した。
麻衣、妙子、亮介、結衣、そして友子の五人は肩すかし。他のみんなは驚いた。
柚木先生は、テストの前日だって自習にしたことがない。それが、唐突に自習だなんて、クラスのみんなは、喜ぶ前にとまどった。
なんというか、良い意味で納得がいかないのだ、ノッキー先生らしくない。
「ごめん、正直に言う。放課後出さなきゃならないレポートが、まだ書けてないの。だから先生に時間をちょうだい!」
やっと歓声が上がり、みんなは大人しく自習(格好だけだど)の体制に入った。
ノッキー先生は、パソコンを前に無言で唸る。友子は先生の心を覗いた。
「机間支援」という言葉に引っかかっていた。
なるほど、これが「きかんしえん」か、と友子は分かった。普通に聞いたら「気管支炎」にしか聞こえない。
ノッキー先生は、三年目研修で都教委の研修を受けていて、その研修が明日の午後に迫っていて、それに出すレポートで悩んでいた。で、そのテーマが「机間指導」なのだ。
え、机間支援じゃなくて机間指導?
よく覗いてみると、他にも「机間観察」「机間巡視」というのもある。
四つとも、授業中に教師が生徒の机の列に入って指導したり様子を見ることを指す業界用語で、この同じことが時代と共に『机間巡視⇒机間観察⇒机間支援⇒机間指導』と変化したもののようだ。
友子は、先生の心の中にダイブしてみた。
――なに、そんなに悩んでるんですか?――
――言葉がインチキだからよ。中身は同じことなのに言葉ばっかりいじって、いい加減なのよ。机間支援てのに一番現れてる。誰が聞いても気管支炎でしょ――
――ですね。『先生、なにウロウロしてるんですか?』『キカンシエンよ』『え、大丈夫ですか!?』になりますね――
――でしょ――
――でも、いまは机間指導なんでしょ?――
――うん、一見まともなんだけど、言葉あそびという点では同じで胡散臭く感じてしまう――
――そうなんですか?――
――看護師って言い方があるじゃない――
――ああ、ナースのことですね――
――これって、性別が分からないでしょ――
――そうですね、昔は看護婦でしたね――
そうだ、小説とかで「看護婦さんがやさしく脈をみた」は「女性看護師さんがやさしく脈をみた」になって、躓いた表現になってしまう。
――でしょ、うちのお母さんは看護婦だったんだけどね、途中で看護師に変わったけど「仕事のきつさは全然変わらない」って、呼び方変わっても、夜勤明けはいつもしんどそうだった。どうせしんどいんだったら「看護婦さん」とした親しみ込めて呼ばれた方がよかったって――
そうだ、わたしも最初に殺された時、ずっと傍にいてくれたのは婦警さんだった。意識が無くなるまで手を握ってくれて「婦警さん、ありがとう……」て言ったら「うんうん、だいじょうぶだからね」って優しく微笑んでくれた。あれを「女性警官さん、ありがとう……」では言葉が硬くて雰囲気が壊れる。
――ああ……――
――でも、今は机間指導なんでしょ?――
――もっともらしいんだけど、言葉遊びという点では同じ。言葉ばかりいじっても仕方ないなんて書けないでしょ――
――そうか……――
――試験中や授業中に机の間を歩くのは、教室の秩序を守るためであり、授業が分からない子や、ノッて無い子にカツを入れるためなの。それを言葉だけいじって、さも指導の最先端いってますって立前がねえ――
――てか、心が拒否してますね……え、その指導主事って、ノッキー先生の恩師なんだ!――
――うん、すごく授業の下手くそな先生。授業中、生徒の目も見ないで勝手に進んでいっちゃうし、机間指導はもちろん、教壇から降りることもしない。質問にもろくに答えない。授業は、いつも遅刻してくるし、早く終わっちゃうし、中身は四十分ちょっとしかなかったわ――
――そんな人が指導主事になれるんですか?――
――学歴と毛並みがよかったからね――
――え……?――
――帝都大出身で、家は、三代続いた都議会議員――
――M党の花高議員ですね。わたしが、なんとかします。そんなレポートろくに目も通さないんだから、テキトーでいいんですよ、テキトーで――
――これでも、イッパシの教師なのよ、いいかげんなことはできないわ――
――そういうノッキー先生好きだけど、こんなとこで突っ張っても、時間と気力の無駄遣い。さっさとやっちゃおう――
友子は、教師の指導法のサイトを開き、ノッキー先生の心に響くキーワードを見つけ、先生の前頭葉にインストールした。
「あ……できちゃった!」
ノッキー先生が声を上げた。
「えー、なんでだろう。頭の中グチャグチャだったのに、自然に書けちゃった……」
よかったよかった(^_^;)
この話には後日談がある。
指導主事に飽き足らなくなった花高は、父が参議院選挙に出ることをうけ、都議会議員選挙に出ることになった。親子ともに自信満々だったが、議員として……というより、人としてどこか欠けることのある親子は、そろって落選した。
「政治家は、看板でなるもんじゃない。これで分かったろう!」
初代のお祖父ちゃんから説教された親子は、祖父の命令で、ハローワークに行って仕事を探したのだった……。
☆彡 主な登場人物
鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
鈴木 一郎 友子の弟で父親
鈴木 春奈 一郎の妻
白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
大佛 聡 クラスの委員長
王 梨香 クラスメート
長峰 純子 クラスメート
麻子 クラスメート
妙子 クラスメート 演劇部
水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格




