2.ちいさな二人
一年ぶりです。お久しぶりです。
仕事が忙しく、次の最新もいつになるか分かりません。
気長に待っていただけると嬉しいです。
柊要人と佐久間透。
桜ヶ丘高校生徒であり、大切な友人である二人。
その二人が、この世界から消失した。
「はぁ?!」
言葉にならない叫びを上げてしまう。
よく見ると、まるっきり誰もいなくなったわけではない。
先ほどまで柊と佐久間がいた席にはぶかぶかの桜ヶ丘高校の制服に身を包んだ小さな女の子と男の子がいた。
「ぇ……あ、あの、誰……?」
戸惑いながら佐藤が小さな子供に問いかける。
「ぶかぶか~っ」
目が合うと、袖をブラブラ揺らしながら黒髪の女の子が声を上げる。
「僕も、ぶかぶかする……」
もう一方、こげ茶色の髪をした男の子はそう言うと、自分で自分の袖を捲り始める。
ついでに隣にいる自分より小さな女の子の袖も捲ってあげている。
「この子は……一体?」
「かなめ!」
女の子が自分のことを言われていると思ったのだろう、もう一度形のいい唇で声を上げる。
「わたしのおなまえ、かなめだよ!」
「かなめ? ……柊?」
「うん、ひーらぎ!」
「じゃあ、君の名前は?」
「佐久間、透」
現状を再確認する。
この子たちが言っていることが正しくて、尚且つホオズキが関わっているのであれば。
結論からすると、柊要人と佐久間透は時の流れに逆らい子供に戻ったのではないか、という推測で今のところは丸く納まった。
突如現れたこの女の子と男の子は、それぞれ柊と佐久間を子供っぽくした姿に瓜二つだった。
加えてこの二人が出現したのは、つい先ほどまで高校一年生の柊と佐久間が座っていた場所。
宮本が瞬時に二人のズボンがずり落ちないようにと応急措置をとり、ぶかぶかの制服に包まれたその二人を隣同士の椅子に座り直させる。
「じゃあ、もう一回、お名前と年を教えて下さい。まずは女の子から」
「はーい、ひいらぎかなめ! ごさい!」
今や短くなっている髪が肩元まである五歳の柊。
切れ長の瞳が、幼さ故に丸みを帯びていてまるでお人形みたいだ。
ごさい、と片手を前に出し自分の歳を表現する仕草も愛らしい。
「じゃあ、はい。男の子も」
「佐久間透。八歳」
そして、今では考えられない佐久間の明るい声。
難聴により補聴器を付けているのは相変わらずだ。
高校生となった佐久間はイヤホンに似たポケット型を使用しているが、この頃は耳かけ型を使っているようだ。
佐久間が過去の話をしてくれた際、小学四年の時に母親に“もう会えない”と言われてから人を信じられなくなったと言っていた。
八歳ということは小学三年生だろうか。これからこの子にそんな未来があるのだと思うと胸が痛む。
「わたしたちのことは……知ってるの?」
八歳の佐久間の前に膝立ちした佐藤が自分の名を問う。
「知ってるよ、佐藤さんでしょ」
「かほおねーちゃん!」
佐藤香穂。この名前を知ることになるのはこの子たちの年齢から十年近く経ってから。
五歳の柊と八歳の佐久間が知るわけがない。
「じゃあ、俺は?」
続いて自分を指差し二人の答えを待つ。
「海上さん」
「みかみおにーちゃん!」
自分の斜め前。丁度五歳の柊の目の前に座る宮本を指差す。
「こっちの人は?」
「宮本さん」
「あゆむおねーちゃん!」
佐藤に続いて海上千、宮本歩夢の名前も即答で言い当てた。
「じゃあ、わたしからもう少しだけ質問」
「わたしたちは二人にとっての……なに?」
「え? みんなは、みんなでしょう?」
「おねーちゃんはおねーちゃんで、おにーちゃんはおにーちゃんだよ!」
「そっか……。昨日したこと覚えている?」
「え、うーん。昨日は学校行って友達とサッカーして……ぼんやりしてあんまり思い出せないや」
「かなめはね、ほいくえんでともだちとあそんだ~」
「そっかそっか。じゃあトランプ貸してあげるから、ちょっと二人で遊んでてくれるかな?」
「うん! あっちで遊ぼうか、要人ちゃん」
「うん!」
二人は宮本の渡したトランプで仲良く遊び始める。
「改めて話を聞くと……んー、て感じだなぁ」
「肉体的じゃなく、精神的にも幼くなった感じだな」
「でも、わたしたちのことは知ってたよ?」
柊と佐久間は、肉体的にも精神的にも幼児退行してしまっている。
周囲の人間の存在や状況はある程度解釈しているが、“なぜここにいるのか”という根本的な質問には首を傾げた。
また、逆行して戻った当時の記憶も曖昧ではあるがいくらか保持しているらしい。
普通では絶対にあり得ない時間退行という今の現状。
俺たちが普通だったのであれば、すぐにでもこの子たちを職員室に連れて行きいなくなった柊と佐久間を探しに行くだろう。
けれど今、俺たちは普通の行動を取ってはいない。
それは普通ではない世界を既に知っているから。
「この子たちは……本当になんなんだろう」
「細胞が幼児化? 記憶も精神も……でも、今の記憶も少しはあるってことは完全な五歳の要人と八歳の佐久間君じゃないってこと……?」
「じゃあ、元の柊と佐久間は?」
やっぱり問題点はそこへいく。
元の、高校生である柊と佐久間はどこへ行ってしまった?
この子たちの代わりに五歳・八歳の頃へ……?
大問題になってしまうだろう。
「でもこれがホオズキの言うゲームなら」
「わたしたちもいずれは、こうなってしまう……とか」
宮本の一言に佐藤の顔が少し引きつるのが目で見えた。
「そういえば、今日、」
廊下で、俺は。ホオズキに……。
――――約束は覚えているかい?
ホオズキ? 本当に、ホオズキだった?
凍り付く雰囲気、間違いないだろう。
でも背を向けていた所為もあってか、どこかホオズキとは違った気もして……。
約束とは、どういうものだったのだろうか。
思い出せない。頭に靄がかかったように、思い出せない。
「どうしたの、千君」
「いや、なんでも……ない」
結局頭がごちゃごちゃしてしまい、宮本から視線を逸らしてしまった。
せめてこの靄が取れるまでは、判断を保留にしておこう。
「人格入れ替わりより、未来予知より厄介かもしれないね。目に見えて分かる変化は、他の人から隠すの大変そうだ」
「もう、外に出られなくなる……とか?」
外はすっかり暗くなっていた。
冬の日は沈むのが早い。そろそろ帰らないといけない時間だろう。
「元に……戻るよね? 高校生の二人に、戻れなくなるとかはないよね?」
「さすがにないと思う。それは」
「もうすぐ五時、か」
五時。それは、三人で話し合った時に唯一希望として見出した時刻だ。
携帯で時計を確認し、続いて黒板の文字に目をやる。
十四時~十七時。
もしかしたら、このゲームが行われるのは十四時から十七時の間なのではないか。
タイミングよく誰が書いたのか分からないまま現れた黒板の文字。
そして十四時にこのゲームは開幕した。
「五時になったよ」
佐藤の一言が五時を知らせる。
その言葉から少し間が空いた後。
「ぅぐ……」「ぅう……」
トランプで遊んでいた五歳の柊と八歳の佐久間が苦しげな声を上げ身体を押さえ始めた。
更に次の瞬間。
そこには、元に戻った柊要人と佐久間透がいた。