1.今年最後の
不可解な体験を、今現在目の前で目撃している。
そう思いながら、俺・海上千、宮本歩夢、佐藤香穂はお互いを見合った。
「あれ?」
「ここどこ~?」
鍵部屋に響く二つの子供の声。
「はーい! じゃあお名前言ってみようか!」
宮本が目線を合わせるためにしゃがんで、明るく子供に話しかける。
「さくまとおる! 八歳!」
「ひいらぎ、かなめ。ごさい」
そう。この二人は、正真正銘柊要人と佐久間透だ。
正確には幼い頃の二人、だ。
どうしてこうなったかというと、始まりは十二月中盤、桜ヶ丘高校終業式にまで遡る。
***
人格入れ替わりがあった。未来予知があった。
信じられない体験をした一年が終わろうとしている。
ホオズキと初めて対峙したのは約五ヶ月前。それから起こった出来事があまりにも強烈で今年の前半に関する記憶が早くも薄れている。
受験、合格発表、そして入学式。人生としてのビッグイベントだったはずなのに。
今でも思う。ホオズキと出会っていなければ俺はどうなっていたのだろうか。
あの奇妙な夢を見ることも、四人に出会うこともなく。もっと言えば中学から変わることなく、俺なりの“普通”の人生を送っていただろう。
どうすれば、俺の“普通”を失わずにいられたのだろう。
桜ヶ丘高校に入学しなければ。
夢を見たから、という浅はかな理由で嗅ぎ回らなければ。
四人と、出会わなければ。
そうすれば、俺は人並みの普通を失わずにいられたかもしれない。
けれど、自分は桜ヶ丘高校に入り、宮本から声をかけられ鍵部屋へ行き、四人と出会ったことを少しも後悔はしていない。
少なくとも、海上千はそう思っている。
長い長い終業式の話の後、各クラスでホームルームが行われる。
教卓に立つ担任の平山先生。ウェーブのかかった茶髪と赤縁眼鏡。
薄ピンクの服とクリーム色のカーディガンが茶髪とよく似合っている。
「じゃあ、休みだからってグウタラしないでちゃんと宿題もやってね。犯罪なんてのは起こさないでね、A fun holiday♡」
楽しい休日を、か。
英語を担当しているからか、妙に発音が上手い。
委員長の号令と共に一年三組の生徒が解散する。
「じゃあ海上! また新学期にな。宿題忘れたって見せてやんねーぞ」
「その言葉、橋本にそっくりそのまま返すよ。また新学期」
先ほどまで「校長の話もなげーしホームルームもなげー」とうなだれていたのに号令が終わった瞬間から元気百倍だ。水を与えられた芽のようだとしみじみ思う。
手を振りながら橋本賢治が勢いよく教室から出て行く。
続いて平山先生の声が聞こえたのできっと廊下を走るな、とでも怒られたのだろう。
俺も帰ろうか。それとも、鍵部屋に寄ろうか。
夏休みと比べてしまうと日数が明らか短い冬休み。厄介な宿題なんて早く終わらせてしまおう。
異常なゲームに付き合わされて、なんでもない日常がどんなに幸福なものなのか。
もう実感している…………その時だ。
『約束は覚えているかい?』
「――――っ」
血の気が引く。
普通の学校、普通の渡り廊下。
普通ではない気配を感じた。
この感じを、自分は知っている。
違うと思いたい。ここは、まだ日常の一ページだ。
鍵部屋は確かに、奴が用意した舞台ではある。
でも、まだここは異空間に侵されていないエリアだ。
周囲のざわめきが、遥か遠くにあるように聞こえる。
逃れることはできない。
自分の運命から、逃げてはならない。
それと向き合わなければ、ならない。
生唾を飲み込み、ゆっくりと振り返る……が。
『ああ、後ろは振り向かないで答えて』
振り返る前に待ったがかかった。
大人しく声に背を取られたまま話す。
『もう一度聞くよ。約束は、覚えている?』
「……やく、そく?」
『なんだ忘れたの? まぁいい。準備はしてあるから……鍵部屋に』
なんの、準備……?
あの部屋になにをした?
「せ~ん、君!」
肩をポンと叩かれた感覚に緊張感が吹き飛ばされ、後ろを振り返る。
「宮本、今ここに誰かいなかったか?」
「へ? 誰もいなかったし、わたしは今来たところだけど」
「そう、か」
ホオズキ。人格入れ替わり、未来予知と続けて二つのゲームを仕掛けた張本人。
また宮本に取り付いたのだろうか。
でもホオズキならば、背を向けて話す必要はないだろう。
なにか大きなことが起こりそうな予感が心を渦巻く。
「それより、鍵部屋! 行こう?」
「あ……うん。行こうか」
***
俺と宮本が鍵部屋に着く頃には既に柊、佐藤、佐久間が来ていた。
三人は黒板に注目する形で椅子に座っている。
端に座っていた柊が俺と宮本が入って来たのに気が付くと宮本に声をかける。
「おーい、歩夢。これ書いたの、お前か?」
「なにかするの?」
柊に続いて佐藤が、柊の脇からひょっこり顔を出して質問する。
「黒板?」
柊が指差す黒板には“宮本歩夢・柊要人・佐藤香穂・佐久間透”の名前が書かれていた。
「千君だけ抜けてるね? なんで?」
「歩夢じゃないのか……」
「ここに来てみたら書いてあったの。みんな書いた覚えがないっていうんだぁ」
未だに柊の後ろから離れようとしない佐藤が教えてくれた。
「じゃあ、いったい誰が……?」
「それが分かんねえから二人が来たら聞いてみよーってなったんだよ」
その佐藤の向かい側、頬杖をついている佐久間がこちらを見て呟く。
「ふぅん……。このミステリーについて、どう思いますか現場の佐藤さん」
「うーん、事件性が高いですねぇ……」
佐久間の言葉を軽く流して宮本は佐藤とお喋りを始める。
刑事ドラマの見過ぎだろう。そして宮本、お前も現場にいるだろう。
ツッコミどころ満載の刑事になりきっている宮本と佐藤を尻目に、険しい表情をしている柊に近付く。
「みんな違うってなると……誰かがここに入って来たのか? なんのために……?」
柊は柊でこのミステリー染みたメッセージを解こうと必死だ。
ボソボソと声を発しているのは声に出して今の状況をはっきりさせるためなのだろう。
「悪戯じゃないか? 名前だけだし、まあ俺のはないから知ってる名前を書いただけ……とか」
隣の柊が目の丸くし、不思議そうに俺の顔を見上げる。
そして一言。
「名前だけじゃないぞ」
と教えてくれた。
今度は逆に俺の方が目を丸くして黒板を再度見直す。
名前の下に白いチョークで書かれた文字。
“十四時~十七時”。
「なんだ、この時間……」
「さあ?」
「考えても仕方ない! 十四時になればなにか分かるかもだしそれまで座ってよ」
「お前考えてなかったろ……」
宮本の言葉に大人しく椅子に座る。
「もうすぐクリスマスだよ、サンタさんにお願いごとしたかい?」
「急にくるな」
「だって冬休みだよ、冬休みで思い付くもの! クリスマスケーキ! お餅! お雑煮!」
「全部食べ物じゃねーかよっ」
「美味しい物多いもんね~、寒いから家に閉じ籠っちゃうし」
冬休みの始まりに胸が高まり、自然と話が弾む。
俺も時計を気にしつつ、話に加わる。
暫く談笑し、再び時計を覗くとまもなく十四時。
一体なにが起ころうとしているのか――。
「んっ……!」
突然の呻き。
それを上げたであろう柊が机に伏せる。
「要人っ?」
「な……なんか体が熱く……」
急激に柊の顔色が変わっていく。
「大丈夫か?」
声をかけるも、答えを返さない。
「ぅ……ぁ、俺も熱っ……」
隣の佐久間もかすれた声を出す。苦しそうに爪で机を引っかく。
「どうしたの二人共ッ!」
十四時から十七時。黒板の文字。
十四時とはなにかの始まりの合図で。
そう思った瞬間、“柊要人”と“佐久間透”がこの世界から消失した。