第二話 変態はYAMAHAオフロード塾で宙を飛ぶ
私のご主人様は初心者ライダーでございます。
「うわっぶほッ!」
えッ!?
ぶわっぷ!
このご主人様、コケて私をぶん投げやがってくれやがりました!
ご主人様の下手っぴ!
尾てい骨打ったじゃないですか!
いった!
いったい!
あぁ!?
凹んでます!
凹んでますよ!
人間なら救急車レベルですよ!?
うぇ!? あぁ!
私のドッグタグもベコベコ!
これが無いとどこの誰か証明出来ないんですよ!?
ちゃんと見える状態じゃないと警察にナンパされてしまいます!
私はそんな軽い女ではないのですよ!
コカすならせめて外しておいて下さいよ!?
最低な冒頭でお分かりの通り、ご主人様のDVに悩むセロー250(DG11J)です!
こんにちは!
皆さんちゃんと愛車とヨロシクしてますか!?
放置してると愛想尽かされてプレゼント(※バッテリー等)しないとデートしてくれなくなりますから注意しましょう!
その点は私のご主人様は豆なので不満はないのですがまだまだ下手っぴなのが問題ですね。
今日はスポーツランドSUGOという場所で私の実家であるYAMAHA主催のオフロード初心者塾にご主人様と参加中です。
ちなみにオフロードバイクとは舗装されていない道路とか整地されていない土や砂などの上を走るジャンルのバイクです。
公道も勿論走れますけどオンロードバイクはオフロードではまず進めません。私達オフロードはその辺り、得意なんですよ!
さて。
この手の講習会としては内容は控えめですがお値段が良心的で初心者オフローダーの方々に基礎を教えてくださるとても有意義な催しです。
「いってぇ!」
スポーツランドSUGOではキッズコースという四十m×四十m程の渦巻きのような一本道でカーブや初心者向けには丁度良い起伏が有るコースです。
が、前日の大雨のためコンディションはドロドロ。
「こんなん滑るだろぉ……ぃっっ……絶対むち打ちになってる」
いえ、他の方もコカしてはいらっしゃいますが顔面から着地してるのはご主人様だけです。
つまり
下手っぴです下手っぴ!
今日、このような状況になった経緯をご説明しましょう。
ファッションセンターで偶然セロー225姉さんとお会いした時に愚痴ってました。
私のご主人様のアレ……下手っぴで……テクが……もっと、こう……
【あんたねぇ……あんたのご主人様ってまだ一年目でしょ? あんただって実質一年生なんだから、もうちょっと暖かい目で見守ってあげなさいよ】
う……で、でも、その……
【しょうがないじゃない、脱童貞したばかりの坊やなんだから。
それにね、私たちはどんな場所でも、どんな生き方でも出来る、言わばエリートなのよ? (※個人の感想です)
どっしり構えて、ちゃんとご主人を支えてあげなきゃ。女で魅せて導いてあげなさいな】
う……た……確かに……で、ですが、私だってお外でもっと気持ちよくなりたいんですもん……
【はぁ……逆にこうは思わない? 初心者ライダーで、保健体育講座の堅物共(※2)以外ではあんたが初めての女なのよ?
逆に、あんまり扱いに慣れていたら嫌じゃない?
どこの女に教え込まれたのって嫌な気分にならない?】
た、確かに! それは嫌です!
【だからね、あんたが教えてあげるのよ。男ってのをちゃんと育てられるのが良い女の条件よ?】
そうですね……解りました……私、頑張ります!
【ふふ。その意気よ。ちょうど私の主人があんたの男にYAMAHAのオフロード塾勧めてるみたいだから良い機会じゃない?】
あれ? お知り合いでしたっけ?
【いえ、私たちって同じお店出身だけどご主人様同士は初対面な筈よ】
え、なんでまた。うちのご主人様、割と人見知りですよ?
【ウチの主人、私たちの仲間の主人にはウザいくらいフレンドリーなのよね。
まぁ悪い人じゃないからあんたの主人には良い出会いじゃないかしら。
それにオフローダー同士、縁が有るもんなのよ。あとね、バイク乗りは私たちとデートしてる時以外は基本孤独だからね。チャンスに貪欲よ】
(※人に拠ります)
なるほどー。
225姉さんのご主人さんもYAEH!(※3)とかするんですか?
【まぁね。調子に乗ってスペシウム光線(※4)とかやっちゃう馬鹿よ? 相手の人は苦笑いかポカーンとしてるわ。そんな馬鹿なところが可愛いっちゃー可愛いんだけどね】
あはは。惚気ますねぇ。
【あんたのご主人はまだ下手くそみたいだからあんたと手を繋いだまま会釈くらいにしておいた方が良いわよ】
あー……でも調子に乗っちゃう人だから、いつかそれでコケると思います……
【が、頑張ってね?】
はい……
という経緯がありまして、本日初心者塾に参加することになったのです。
まぁだからこういうのに参加するという姿勢は偉いと思いますが、一緒にコカされる私の身にもなって下さい!
「午前は余裕だったのに……」
まぁオフロード塾と言っても初心者向けですからね。午前はスラローム(蛇行)や空気椅子(立ち乗り)の正しいフォームとか、基礎練習ですから初心者でもついてこれるでしょうとも。
「あっついし……汗でデロデロだぁ……」
そもそもこの夏の暑い中、呼吸がしやすいオフロード用メットではなくフルフェイス、メッシュではないライダージャケット、手足は申し訳程度の安い薄くてプロテクターって、オフロード舐めてんですか? と私は小一時間問いつめたいところです。
安価なプロテクター自体は装着も手軽で公道走る分では否定しませんけど、コケることがある程度前提のオフロードでは厳しいですって……足の爪割って巻き爪に苦しみたいんですかね? ぶっ飛んだ変態です。
「くそ、何度やっても泥に足取られてコケちまう……パワーが足りないのか?」
は?
「WR250とかならイケるのか?」
はぁ!? なんですと!?
「WRだと31馬力だもんなぁ……俺のセローの1,5倍も有れば」
何言って下さってやがるんですかこのご主人様!
違うでしょ!?
確かに私より遙かにパワフルですけど、WR250ちゃんになんて乗ったら下手っぴなご主人様なんてコーナーで足取られて上からメリーゴーランドされてピザ生地みたいにペッタンコにされてしまいますよ!
そもそもオフロードで大事なのは速度や馬力じゃないんですよ!?
「くぅッだが、俺は負けない!」
だが、という言葉に引っかかりますが……その心意気や良しです!
流石私のご主人様です!
行きましょう!
「おらぁあああ!」
お?
おおお!
良いですよ!?
そうです!
コースの状況を良く観察してライン取り(※5)!
私の靴とドロドロの地面の接地角度、重心に注意です!
アクセル開くとこと絞るところをしっかり区別するアクセル・クラッチワークが大事なのです!
そう!
オーガハーフクラッチテクニック(※6)です!
「おらああああ! おお!? 出来た! あは、あはははははは! おんもしれぇえええええ!」
ご主人様とその後、何回もコケつつ練習を続けました。
私もご主人様も全身ドロドロになりましたが、普段のツーリングとも違う共に目標に向かうというのは楽しくて、とても気持ちが良いものでした。
そして帰り道。
「……なかなか上手くなったんじゃないか?」
まぁ、褒めてあげても良いですかね。あくまで初心者としては、ですが。
「才能有るんじゃね? 俺」
まぁ?
何度も挑戦するのも一つの才能かもしれませんね。
私も多少は、ほんの少しは、1ミクロンくらいは期待してあげないこともないですかね?
そもそも情の深い私はそうそう見捨てたりはしませんけどね? ふふふ。
「次はレンタルしてWR乗ろうかな?」
は?
はぁ!?
「うーん。やっぱあの馬力は一度経験しなきゃな!」
わ、私というものがありながら、目の前で浮気宣言、ですか……
「うん、そうしよ♪ やっぱあのパワーは魅力だわ!」
プチッブチブチブチブチブチッ
「うわ!? 何!? なんだ!? うぇ!? なんで!? おい! 動けよ!」
…………
浮気者なんて知りませんッ!
「……どうですか?」
「あー……拗ねてるねぇ、こりゃあ」
店長さん、そりゃあそうですよ!
「え? どういうことです?」
言われなきゃ解らないんですね、このご主人様は……はぁ……
「お客さん、なんか怒らせるようなことした?」
そうです! 非道いんですよ! このご主人様!
「いや、コカしたりはしたっすけど。ほら、例のオフロード塾で」
な!?
そ、そんな事!
そんな事で怒ったりしませんよ!
頑張ってる人に頑張った上での失敗で怒る訳ないじゃないですか!
私の気持ち、本当に解ってませんね!
本当に、もう!
もう!
「まぁ、そんな初心者のオフロードコースでそうそう壊れたりしないはずなんだけどね。今回はジェネレーター逝ってるわ」
ちょっと目の前がチカチカするくらい頭に血が上っちゃいましたけどね……
仕方ないじゃないですか……
だって……
だってぇ……
「ジェネレーター?」
「発電機だよ。お客さん、なんか悪いことしてこいつプッツンさせたんじゃない?」
そうです!
流石店長さん!
このご主人様、本当にひどいんですよ!?
目の前で浮気宣言するんですから外道ですよ!
「……ぇえー……ぇえぇえ?」
「冗談冗談。まぁまだ買ってもらって間もないからタダで出来ないかやってみるよ。
なんかごめんね?
ちゃんと整備はしたんだけど」
冗談じゃありませんよ全く!
ちょっとしばいて差し上げて下さい、このご主人様を!
あんなに一緒にコケて、それでも一途にご主人様に尽くした私に向かって、あんな……ひどいですよぉ…………
「いえ……自分、結構コカしてますし……バイクってある程度、そういうもんだって解ってますから……有り難う御座います。お願いします」
「いやぁ、すまんね。なるべく早く直すから」
「お願いします……あ……あの」
「はい?」
「あの、俺……動かなくなる直前、WRに乗ってみようって言ったから、拗ねたのかなって」
……なんだ
解ってたんじゃないですか……
もう……
でも、ひどいですょぅ
私の目の前で、他の子と、なんて…………
「あはは、冗談だよ冗談! まぁ、そう思っちゃうくらい大事にしてくれてると思うと売った方としても嬉しいわ」
あ…………
ま、まぁ…………
………………まぁ?
まぁ? まぁ? まぁ?
店長さんの言う側面も……
無いわけじゃ……ないですかね?
まぁ、うん、好意的に見れば?
ええ……
今日だって、帰り道、ずっと何時間も押して来てくれましたし……
「あの、俺、こいつ乗り始めてから本当に毎日楽しくて、こいつ大事で……」
ぅ……
ぁ……
そ、そんなに、言うなら……
ゅ、ゅるして……
あ、あげなくも……
ない、です……か、ね……
「宜しくお願いします!」
ぅぅ…………
わ、解りました……
解りましたよ!
許してあげます!
「通勤でも無いと困るし、まだローン払い始めたばっかりだし」
……だからなんでご主人様は余計な一言が多いんですかぁ……
そうだけど、そうじゃないでしょう……
そこは今言わなくてもいいでしょう……
でも
まぁ、私も、毎日楽しいですから、今回だけ!
今回だけですからね!?
次はないですからね!
本当ですよ!?
私のことこれまで以上に大事にしてくださいよ!
解りましたね!?
だから……
だから……
早く治してもらって……
また一緒にデート、しましょうね?
私の……大事な、ご主人様
※1 WR250
ヤマハ製。
初心者に平手を食らわせるようなじゃじゃ馬。慣れればそんなところが特に可愛い。
※2 スーフォア
ホンダ製 CB400 super fourのこと。
多くの教習所で採用されている。
癖の少ないバイクで教習車はさらに初心者向けにデチューンされている。
※3 YAEH!
「ヤエー」と読む。日本では誤表記(元々は「YEAH」)から広まった読み方。
他のバイクを見かけると手を振ったりするバイク乗り特有の習性。
※4 スペシウム光線
カップ麺をちゃんと作れない程に堪え性が無い地球外生命体がよく使う殺害方法でここではその特徴的なポーズを言っている。体液を飛ばしている説も。
※5 ライン取り
効率良く走れるように進路を取ること。
※6 オーガハーフクラッチワークス
主人公セロー250が勝手に言い出した技。
直訳すると「鬼のハンクラ」。特に練習シーンに関係ないが主人公が言いたいだけである。ホワイ○ベースのファンと思われる。ユーチューバー兼イベンター(副業はバイク屋という噂が有るが噂の域を出ない)。賛否両論あるようだが作者は好きでよく動画を見る。