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4. 特訓

 初めての討伐作戦は、大成功だったと言っても良いだろう。

 何人か怪我人は出たが、同じ相手に対して騎士団時代に仲間を失っているダルシアにしてみれば、充分すぎる結果だった。

 ただ、個人的に反省する点はあった。

 それは、ダルシアの剣では、魔物に深手を負わせることができなかったことだ。

 魔物の皮膚が硬かったことを差し引いても、ほとんど血も流れないような傷しかつけられなかったのは情けない。

 ダックスやイスティムは致命傷となるような深手を負わせていただけに、余計に自分が不甲斐なかった。

(私の剣は……、軽い)

 ダルシアは、考えに考えた末、自分に最も足りないのは筋力だという結論を出した。

 それは昔から分かり切っていたことではあったが、自分は女だから男より力で劣っていても仕方がないと、目を逸らし続けてきた問題だった。

 力で劣る分は速さと技術で補えばいいと思っていた。騎士団で人を相手にしている分にはそれでもさほど問題はなかったのだ。

 だが、今相手にしようとしているのは、人ではない。このままでは、討伐隊にいる資格はないような気がした。


 隊長のダックスとも相談し、翌日から、ダルシアは身長と同じくらいの長さで幅広の大剣を借りて訓練を受け始めた。

 はっきり言って重い。ただ持ち上げるだけならなんとか姿勢も保てるのだが、長時間持ち続けてさらに振り回すとなると、さすがに腕が下がったり、剣に引っ張られてよろけたりしてしまう。

 ダックスは最初、

「おいおい大丈夫か? やっぱりやめておくか?」

 と、半分面白がり半分案じているような口調で訊いてきたが、ダルシアが、

「今は駄目です。でも、大丈夫になります。必ず」

 と決意を込めて言うと、

「……分かった」

 と何か納得したように頷いた。それ以上は何も言ってこない。

 ダルシア以外にも、剣を槍に持ち替えて訓練を受け始めた者や、弓の特訓を始めた者などが何人かいたのだが、適性がなさそうな人のことはダックスも止めていたから、ダルシアには可能性があると思われたのだろう。少し安心した。

 だがジークには、

「むしろ弱くなってるんじゃないか?」

 と非常に心配された。

 ジークは、討伐隊にいるメンバーの中で、騎士団に入る以前からダルシアが親しくしていた唯一の人間だ。

 ダルシア本来の美しい剣(さば)きをよく知っているだけに、落差の激しさが気になるのだろう。

 分かっていたこととはいえ、あまり心配されるとつい、つられて弱気になりそうになる。

 そんなときは、イスティムの姿を目で探した。

 先の討伐作戦で、イスティムは槍を使い、魔物のガードをかいくぐって深手を負わせていた。

 それに対してダルシアは結局、前脚に浅い傷をつけることしかできなかった。それも、魔物がだいぶ弱ってきてからのことだ。

 その差が、ダルシアには悔しかった。

 イスティムの方には、だからといってダルシアを見下したり馬鹿にしたりする様子はないのだが、それはそれで、全く相手にされていないようで業腹だ。

 次の討伐までにもっと強くなって、イスティムを驚かせてやりたい。

 そう思えば、頑張る気力が湧いてきた。

 普段の訓練に加え、やり過ぎて体を壊さない範囲で筋力トレーニングや走り込みなども自主的に行った結果、気が付けば二の腕が三割ほども太くなり、腹筋の割れ目が深くなっていた。

 きっと母に見せたら大いに嘆くことだろうが、ともあれ、大剣も問題なく振れるようになったところで、ダルシアは剣を短いものに持ち替えた。

 といっても、選んだのは、以前に好んで使っていた細身の剣ではなく、ある程度重さのある幅広のものだ。

 特訓の成果で、それでも充分に鋭く振れるようになっていた。

 剣の重さが増えた分、振り下ろす剣の威力は上がった。

 途中で二度、討伐作戦に出たが、一度は補給部隊へ振り分けられたものの、直近の作戦では再び前衛を任されるようにもなれた。

 一緒に前衛に出たイスティムには、

「前の流れるような動きも好きだったけど、そういう力強いのもいいな」

 と言われた。あまりにも無邪気にまっすぐ褒めるので、照れてしまう。

 イスティムの方は、作戦の度に活躍し、上級隊員に遜色ない実力の持ち主として周囲から認められるようになっていた。

 彼に追いつきたくて特訓したのに、さらに置いて行かれたような気もしていたから、そう言ってもらえてダルシアは心底ホッとした。

「これで皆の役に立てるようになったかしら」

 とダルシアが言うと、イスティムはきょとんとした。

「ダルシアは最初から役に立ってたじゃないか。君が素早い動きで魔物の気を引いてくれたから、俺や他の奴が有効な一撃を入れられたんだ」

 イスティムには、別段ダルシアを励まそうなどという意図はないようだった。

 思ったことをそのまま言っただけのようで、それがかえってダルシアには嬉しかった。

 イスティムは、ダルシアのことを相手にしていなかったのではない。

 最初から、ダルシアのことを認めてくれていたのだ。


 イスティムは、自分から色々な話題を振ってくるわけではなかったが、訊けば何でも真面目に答えてくれた。

 食堂で、休憩室で……、ダルシアはイスティムを見かける度に近づいて話しかけ、少しずつ彼のことを知った。

 リューカという村の出身であること。

 討伐隊に入ったのは、魔物に棲み家を奪われたと思われる森の動物達が村の畑を荒らすことが増えてきたためだということ。

 好きな料理は芋と野菜と燻製肉のスープだということ。

「じゃあ、今度作ってあげましょうか?」

 試しにそう言ってみたら、

「本当か!?」

 と予想以上に嬉しそうな顔をされた。

 ダルシアは慌てて母に頼み込み、料理を教わった。実はそれまで、包丁すら満足に握ったことがなかったのだ。

 イスティムにあんな顔をされてしまったら、今更できないとは言いづらい。

 だが幸いなことに、料理のセンスはあったらしい。

「剣なんか振り回してばかりいるから心配していたけれど、ちゃんと女の子らしいこともできるんじゃないの」

 などと言いながらも、母は張り切って色々なコツを教えてくれ、ダルシアが初めて作ったスープを美味しいと褒めてくれた。

 ちなみにダルシアの父は、武勲により一代限りの貴族となっているが、母の作る料理が好きだからと言って、家では料理人を雇っていない。

 母が庶民的な料理をよく知っていて良かったと、ダルシアは心から思った。

 後日イスティムの隊舎に押しかけ、約束通りにスープを作ると、彼は嬉しそうに「美味しい」と繰り返しながら食べてくれた。

 気合いが入りすぎてつい多めに作ってしまったのだが、二人で食べたら一食であっさりなくなってしまった。

 空になった鍋を見てイスティムが非常に悲しそうな顔をしたので、ダルシアは思わず、

「また作りに来るわよ」

 と言ってしまった。

 その途端、イスティムの表情が輝く。

(ああ……、しまった)

 なんとなく、ダルシアはまた負けたような気持ちになった。

 今の表情を見て、幸せだと思ってしまった。もう一度――いや何度でも、笑顔を見たいと。

 その理由を考え、いつの間にか彼のことを好きになっていた自分に、気付いてしまった。

(なんだか悔しいな。私だけが、イスティムのことを気にしてる。彼はただ料理につられただけで、私がまた来ることを喜んだわけじゃないって分かってるのに……)

 それでも、彼の笑顔を見られたことが、こんなにも嬉しい。

(私が彼を好きになったのと同じくらい、彼が私のことを好きになってくれればいいのに……)

 だが、ダルシアがもし笑顔を見せたとして、イスティムが今の自分と同じように喜んでくれるとは、とても思えなかった。

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