3. 討伐作戦
討伐隊は初の作戦行動日を迎えた。
敵は、全長五メートルはある、火を吐く巨大爬虫類のような魔物だ。
後脚で立ち上がることができ、刃物を通しにくい硬い皮膚と、石をも砕く丈夫な爪を持っている。
ダルシアは騎士団時代に、同じ相手に仲間を何人か焼き殺された上、仕留め損ねて逃げられていた。
苦い経験ではあったが、その時に分かったこともいくつかある。
その情報を元に、今日は作戦を練ってきていた。
「A隊、B隊が配置に着きました」
部下からの報告を聞いて一つ頷き、ダックスはC隊に合図を出した。
「よし、C隊行け!」
今回の作戦にあたって、ダックスは部隊を四つに分けた。
C隊は弓兵を主とし、前方から魔物の気を引く役割だ。
この魔物は方向転換が遅く、特に火を吐いている最中に後ろを向くということはできない様子だった。
だから今回の作戦は大雑把に言えば、前方でC隊が魔物を挑発して引きつけ、あるいはあえて火を吐かせ、その隙を突いてA隊とB隊が交互に後ろから攻撃する、というものだ。
C隊分隊長になったゴルレバが、炎が届かない距離を見極め、弓兵の立ち位置を細かく指示する。
C隊の役目は陽動だから、近づきすぎて負傷者を多く出すようではいけないが、離れすぎて魔物から無視されてもいけない。難しい役目だ。
だが、魔物の間近にまで近づくA隊とB隊には、より大きな生命の危険が伴う。
負傷した隊員は、補給や救護を行うD隊の位置まで下がることになっている。
ダルシアはB隊に振り分けられ、号令がかかるのを待っていた。
騎士団時代にも経験したこととはいえ、やはり多少は緊張する。
ダルシアは緊張感をコントロールして適度な集中力に変えられるので、ガチガチに硬くなるということもないが、初めて大型の魔物を間近に見る者はどうだろう……そんなことを考えながら、同じくB隊になったイスティムの顔を横目で窺ったが、彼には少しも気負った様子はなかった。
先にA隊に突撃の号令がかかった時、
「あなたは怖くないの?」
小声でそう訊いてみた。
「ん? 何が? 魔物が?」
「え? ええ……」
何が、などと聞き返されるとは思っていなかったので、ダルシアは面食らった。
「んー……、何というか、その発想はなかったな。獲物を前にしたらさ、どうやって倒そうかってことしか考えないから、俺は」
「…………」
ダルシアは、感心するのを通り越して呆れる思いだった。
立ち上がっても三メートルは超える巨体を持ち、一蹴りで家の壁を壊し、吐き出す炎で人間を焼き殺すあの化け物を、怖いと思う発想がないとは……豪胆なのか無神経なのか分からない。
だが、
「ダルシアは怖いのか?」
そう改めて訊かれてみると――、
「怖くなくは、ないけれど……。でも、そうね、あの魔物自体が怖いというよりは、あの魔物に仲間が傷つけられることが怖い、のかしら」
確かにダルシアも、イスティムと同じように、あの魔物をどうやって倒そうかということばかり考えていたのだった。
あの魔物の能力や危険性は、倒すにあたって注意する点としてしっかりと頭に入ってはいるが、自分が傷つくかもしれないとか死ぬかもしれないという恐怖は、不思議とどこかへ行ってしまっている。
集中するというのは、案外そういうことなのかもしれない……。
ダルシアがそんなことを考えていると、イスティムはふっと笑った。
「優しいんだな、ダルシアは」
「えっ」
ダルシアは絶句した。
さっき言ったことに対する感想らしいが、こんな時にそんな恥ずかしいことを言うとは!
せっかくの集中が乱れそうになり、ダルシアは慌てて深呼吸しなければならなかった。
B隊にも突撃の号令がかかった。
ダルシアは素早く飛び出し、一気に魔物との距離を詰めた。
ギュァァァ……と叫びながら横薙ぎに振り回される魔物の尻尾を跳び上がって避けつつ、尻尾の付け根から背中へ向かって駆け上がる。
魔物の皮膚は硬い鱗状になっていて、特に背中側は刃物が通りにくい。
ダルシアの力では傷をつけるのは難しいが、目指すのは鱗の硬さとは関係なく狙える急所――目だ。
三歩で魔物の首近くまで駆け、そのまま魔物の右目へまっすぐに剣を突き込もうとする。
だが、さすがに目を狙われれば魔物からもダルシアが見える。
ダルシアの剣は、魔物が大きく頭を振ったため狙いを逸れ、頭部の皮膚に当たって弾かれた。
同時に魔物の右手が、ダルシアの身体を払いのけようと動く。
当然それは予想できていたので、ダルシアは振り回される魔物の腕に足をかけ、魔物自身の力を利用して大きく跳んだ。
空中で姿勢を整えてうまく着地し、そのまま魔物から距離を取る。
そうしてダルシアが魔物の注意を引きつけている間に、他のB隊メンバーが魔物の脚や腹に一斉に攻撃を仕掛けた。
イスティムの槍が、魔物の左脚の付け根に突き刺さる。
魔物がひときわ大きな悲鳴を上げた。
イスティムはすかさず槍を抜いて下がる。
それに合わせて、B隊全員が魔物から大きく距離を取った。
魔物が方向転換して怒りの炎を吐いた時には、近くには誰も残っていなかった。
同時に、魔物が背を向けた方角から、C隊が立て続けに矢を放つ。
討伐隊で正式採用されている矢は、通常のものと比べて太く、うまく当たれば魔物の硬い皮膚にも刺さる。
その分、弓を引くのは大変なのだが、訓練の成果か、彼らの動きからその苦労は感じられない。
狙いも正確で、魔物は悲鳴を上げながら再び方向転換し、C隊へ向かっていく……。
その後も作戦は順調に進んだ。
魔物は炎を吐く直前の瞬間、足の指にぐっと力が入り、顎の角度が数度高くなる。
騎士団から伝わるその情報に基づき、C隊分隊長のゴルレバはそのタイミングを見極めつつ、C隊の動きを指示していた。
A隊B隊も当然その情報は知っていたが、予備動作が目に入っても、近づきすぎていれば避けきれないため、炎の来ない後ろから慎重に攻めていた。
そうして魔物が弱るまで、何度も何度も、少しずつ傷を負わせては離れるということを繰り返す。
途中、イスティムは、炎を吐く寸前の魔物の両後脚の間に入り込んで、腹に深手を負わせた。
それを見たダックス隊長は、叫んで暴れる魔物に素早く近づき、その尻尾を真ん中あたりから大剣で切り落とした。
後脚で立ち上がる際、尻尾でもバランスを取っていた魔物は、前へ倒れて四つん這いになる。
それ以降、魔物の死角がさらに増え、脚で攻撃してくる範囲が格段に狭くなった。
……そうして、討伐隊は作戦通り、魔物を倒すことに成功した。
皆が喜びに沸く中、イスティムは複雑そうな表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
気になってダルシアが訊ねると、彼は肩をすくめた。
「分かってたことだけど、これ、食べないんだよな。可哀相に」
そう言って、イスティムは魔物の死体に祈りを捧げる仕草をした。
「可哀相?」
ダルシアは眉を寄せた。
おそらく、イスティムは今まで狩りで獲った動物は全て食べてきたのだろう。
だから、食べるためでなく生き物を殺すというのが落ち着かないのだ。
(でも魔物まで憐れむとか……私よりよっぽど優しいじゃない……)
ダルシアは、呆れ半分、感心半分といった気持ちだった。
彼のその優しさは、個人的には嫌いではない。
だが、討伐隊は魔物を倒すために結成されたのだ。
討伐隊で活動する上で、その優しさはきっと邪魔にしかならないだろう。
この先、彼が魔物に情けをかけて、殺すのを躊躇うようなことがなければいい、とダルシアは思った。