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2. イスティム

 勝ち抜き戦だったため、第一試合で負けてしまったダルシアは、その後ひたすら他の隊員の試合を観戦することになった。

 第一試合で勝ち残った一般隊員はイスティムだけだったことが、ダルシアをさらに落ち込ませた。

 だが、第二試合でもイスティムは勝った。

 ダルシアのときとは違い、幾度か打ち合って、ずっと押されているように見えたのに、気付くと勝利していた。

 ダルシアとしては、負けたのが自分だけではなくなってホッとするような、不甲斐ない仲間に腹が立つような、複雑な気持ちだった。


 第二試合が全て終わったところで昼休憩となった。

 食堂へ移動する途中で、ジーク・シュタウヘンに声をかけられた。父親同士が仲が良いため、幼い頃から一緒に剣の訓練を受けた親友だ。

「ダルシアが一回戦で負けるなんて、意外だったな」

 軽い調子でジークが言った。

 彼に悪意がないのは分かっているが、ダルシアはちょっと傷つく。

「慰めに来たの? それとも嘲笑いに?」

「いや、どっちでもなくて、対戦相手の分析を聞こうかと思ってさ。俺、次はあいつと当たるから」

「そういえばそうだったわね」

 ダルシアは少しホッとした。

 ジークは、ダルシアの力を疑ってはいない。むしろ力を認めているからこそ、そのダルシアに勝った相手を警戒してこんな質問をするのだ。

「……でも、分からないわ。あっという間に負けてしまったから。見てたんでしょう?」

「ああ。見ていてもよく分からなかったから訊いてる。油断してたのか?」

「してなかったとは言わないわ。でも、まるっきり警戒していなかったわけじゃない。……そうね、予想外のところから攻撃が来る感じはしたわ。特定の剣術の『型』を習っていない人みたいだから、先入観があると対応できないのかも」

「なるほど。……なんとなく分かった。ビラードにも訊いてみる」

 ジークは、二回戦でイスティムに負けた男の名を口にすると離れていった。

 食堂へ着き、一人で食べていると、

「ここ、座ってもいいか?」

 と声をかけられた。

 顔を上げると、イスティムが立っていた。彼はダルシアの隣の席を示している。

 こんな風に彼が話しかけてきたのは、これが初めてのことだ。

「……どうぞ」

 一瞬躊躇った後、結局ダルシアは頷いた。正直に言うと、今一番顔を合わせたくない人物だったが、ここで拒否するのも大人げない。

「ありがとう」

 イスティムはなぜか妙に嬉しそうな顔で、ダルシアの隣に座った。にこにこしながら話しかけてくる。

「実は前から、あなたと話してみたいと思っていたんだ」

「どうして?」

 反射的に訊いてしまってから気付いた。きっと女の隊員が珍しいからだ。特に上級隊員の女は、ダルシア一人しかいない。

 だがイスティムは、意外なことを言った。

「訓練の様子、時々見せてもらってて。凄くきれいな動きをするなと思ってた。まるで教本に載っていそうな……」

 褒められているのは分かったが、ダルシアはカチンと来た。

「型どおりのつまらない動きだって言いたいんでしょう」

「え!? い、いや、そんなことは」

「決まりきった動きしかしないから、読みやすくて倒しやすかったでしょう!?」

 思わず大きな声を出してしまった。

 周囲の何人かが、こちらを振り返る。

「いや、だから……。俺は、そんな風には思っていない」

 イスティムは普通の大きさの声で答えたが、明らかにうろたえていた。おそらくは、今にも泣きだしそうなダルシアの表情に。

 それを見て、ふと頭が冷えた。

「……分かってる。ごめん。……ただの八つ当たり」

 ダルシアは俯いた。

 昔から、「型が美しい」「お手本のようだ」とよく褒められ、いい気になっていた自分を恥じていた。魔物との戦いは、試合ではないのだ。いくら美しくても、勝たなくては意味がない。

「私はダルシア。今まであなた達一般隊員のことを侮っていて申し訳なかったわ」

 気を取り直して謝ると、

「いや。当然だと思うよ。俺はイスティム。これからよろしく」

 イスティムは一旦立ち上がり、にかっと開けっぴろげな笑顔で手を差し出してきた。

「こちらこそ。でも、次は負けないわよ」

 ダルシアも彼に合わせて立ち、不敵に笑ってみせながら、その手を握った。


 改めて座り直した後、一緒にごはんを食べながら、話をすることになった。

「……ダルシアの動きをきれいだと思ったのは、単に教本のとおりだったからだけじゃなくて、なんていうか……、その奥に、積み重ねられた訓練の年月が見える感じがしたからなんだ」

 イスティムはそう言った。

 普段からよく喋るというタイプではないのだろう、口調はややたどたどしかったが、真剣だった。

「それは俺にはないものだから、ずっと憧れてたんだ。手合わせできることになって嬉しかったけど、真剣に打ち合ったら多分勝てないだろうとも思った。もし俺が勝てるとしたら、ダルシアがまだ油断してる最初の隙を突くしかないだろうと思ってたよ」

「そんなことはないでしょう。あなたの剣はパワーがあるし、今までに出会ったことのない……、不思議な動きだったわ。さっきのビラードもそうだったけど、長く打ち合ってもやりづらいんじゃないかしら」

「それは今までダルシアが、正統派な人間としか訓練してこなかったから、そう感じるんじゃないか? まだ慣れてないだけで……。そもそも俺達が実際に相手にしたい魔物は、剣術の型なんて知らないから、どちらがやりにくいとかいうこともないと思うよ」

 やや自嘲気味に話すダルシアに、イスティムは熱心にそう語った。

 ――もしかして、励ましてくれているのだろうか。

 優しい。

 ダルシアは、ふっと笑みを漏らした。

「……ねえ、イスティムは、今まで剣術とかは習っていなかったの?」

「全然。ああ、でも、狩りの師匠ならいるよ。家は農家なんだけど、畑が広すぎて家族だけではどうせ手が回らないんで、俺の分も含めてほぼ全部人に貸して、俺は猟師になったんだ。その方が俺の性には合っていたし、おかげで畑を荒らす害獣が一時いなくなったから、家族には感謝されたよ」

「へえ……。狩りってどんな風?」

「気配を消して獲物に近づき、奴らの警戒心が薄れる一瞬に一撃で仕留める」

 そう言った時だけイスティムの瞳に鋭い光が浮かび、ダルシアはドキリとした。

「……それ、剣で?」

「いや、槍が多かったな。あと獲物によっては棍棒とか弓矢とか。大物は何人かで組んで追い詰めることも結構ある。ただ、俺は飛び道具は割と苦手だな」

「なるほど……。じゃあ、どうして討伐隊では槍を使わないの?」

 大型の魔物を相手にする場合は、槍など長さのある武器の方が有利になることが多い。

 そのため戦闘経験のない一般隊員の多くは、使用する武器を決める際、教官の勧めに従って槍を選択していた。

「いや、実際の作戦のときは槍を使おうと思ってるよ。槍なら自分のがあるし。でも俺、槍を持つと獲物を仕留めることしか考えられなくなるというか……、仲間に怪我をさせちゃいそうでさ。一度ちゃんとした剣術を習ってみたかったってのもあって、最初に剣を選んだんだ」

「そうなの? 剣だとあんなに正確な寸止めができるのに、槍だと無理ってこと?」

「意識してればできるのかもしれないけど、無意識だとつい癖で刺しちゃいそうな気がする……」

「癖、って」

 ダルシアは苦笑した。

 イスティムは、思っていたほど器用な人間ではないのかもしれない。

 だが、彼は続けてこうも言った。

「でも、おかげで最近は剣にも慣れてきたよ。人間サイズの相手なら、今はむしろ剣の方がいいかもしれない」

 余裕を感じさせる発言だった。

 ダルシアは少しムッとした。

 彼の次の相手はジークだ。

 ダルシアにとってジークは、幼い頃から共に剣の稽古を受け、競い合ったライバルなのだ。そう簡単に負けるとは思いたくなかった。

「あ、そう。じゃあ、頑張って」

 ややつっけんどんにそう言い残し、席を立った。


 だが、イスティムは三回戦で、ジークと互角に渡り合った。

 序盤はジークが速い動きで優勢に見えたが、お互い相手に決定的な隙を見せなかった。

(何やってるのよ、ジーク……!)

 ダルシアはハラハラしながら試合を見守ったが、ジークの動きが普段よりも悪いわけではない。イスティムの力を認めるしかなかった。

 長い試合になり、だんだんと、ジークの動きに疲れが見えてきた。

 ジークの方が、体格でやや劣っているということもあるだろう。

 それに、直接剣を受けたダルシアには分かるが、イスティムの剣は重い。一撃に込められている力が強いのだ。

 かつて体格が同じくらいの相手と試合をした時よりも、何割か重いと感じた。

 あれを受け続けていれば、疲れも溜まるだろう。元々、ジークはダルシアと同じ、速さと技術で相手をかき回し、短く勝負を決めるタイプだ。

(あ……!)

 ついにジークが、イスティムの剣を受けきれず、ほんの一瞬、体勢を崩した。

 次の瞬間には、イスティムの剣がジークの喉元に突きつけられていた。

 勝負が決まった直後、ダルシアは思わず止めてしまっていた息を大きく吐き……、

「「ああ……」」

 周囲で他の隊員達が同じような反応をするのを聞いた。


 結局、イスティムは次の四回戦で負けた。

 優勝したのはその試合の対戦相手だったダックスで、彼が作戦の指揮官、そして当面の隊長と決まった。

 最初の討伐作戦はほぼ上級隊員のみで行うことになったが、一般隊員からもイスティム他三人が参加することになった。

 ちなみにイスティム以外の一般隊員二人は、夕飯後に行われた弓矢の試合でかなり良い成績をあげていた。

 一般隊員の作戦への参加に異を唱える者は、隊内に一人もいなかった。


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